第12話 3-1
親が考えなしだったせいでこれまでの人生、少々嫌な目に遭うこともあった。これからもあるだろう。基本的に名前は変えられないのだから。
僕の名前は
ね? 親が考えなしのあほでしょ。
一応言っとくと、男。ま、女に生まれていたとしても、“しゅがあ”はないと思う。
“しゅがあ”と付けるにしたって、何でこの漢字三つにしたんだろう。“あるじ”と“われ”と“われ”って、何だか凄く自分大好き人間に見えるんじゃないかな?
そんな名前を付けられたものだから、珍名さんと知り合っても、さほど驚かない。ああ君も親のエゴの犠牲になったんだねと、心の中でそっと呟くのみだ。中にはいわゆるキラキラネームを気に入っている人もいるんだろうけど。
僕の名前を最終的に決めたのは母親だったらしいが、父親も特に反対はしなかった。だったら気の合う夫婦のはずなんだけど、実は結婚して一年保たずに別れている。僕は父親と二人で暮らすようになった。でも母親と会うのを別に禁じられた訳でもなく、また父の再婚相手も母の再婚相手――何と佐藤姓だった――も特に気にするキャラクターじゃなかったので、僕が物心つく頃には、父親とも母親とも公平に接してもらって、思い出も積み重なっていた。
で、中学を卒業したときに、母親から言われたんだ。おまえには弟がいるんだと。
それまで秘密にしていたのにも驚きだが、さらに驚かされたのは、僕とその弟は同学年だという事実。え、何で同い年の弟がいるんだ? 僕を産んですぐに浮気して子作りに励んだのかと思ったら、そうじゃなかった。
僕は四月生まれで、弟は翌年の三月生まれ。僕を産んでから離婚するまでの間にあった、短いラブラブ(死語?)期間に二人目の子供を宿していたって訳。
弟が生まれる前に離婚した母は、僕を手放す形になったのが結構堪えたらしい。そしてさみしさのあまり、とんでもないことをする。
「自分の名前も佐藤主我吾です」
初対面の挨拶の際、僕の自己紹介に続いて弟は言ったものだ。それはいいんだ。名前に付いて、本人は何の責任も負わない。僕自身、よく分かっている。ただ、連れ添って来ていた母親が何故だかいたずらげで得意満面な顔をしていたのには、ちょっとむかついた。
同じ両親を持つ子供だからか、僕と弟は気が合った。好んでやるゲームのジャンル、好きな色や食べ物といった傾向が被っていて、話がすぐに通じた。加えて弟は僕を兄として立ててくれたし、僕はそんな弟をかわいがったつもりだ。
気は合ったけれども、顔立ちはそっくりと言うほどではなかった。言われてみれば似てるね程度で、それがよかったのかもしれない。瓜二つだったら、きっと強烈なライバル心が芽生えていたんじゃないかと思う。
他に差があるとしたら……弟はビデオゲームの類は強いけれども実際に道具を手で扱うトランプやオセロとなるとスリーランクぐらい力が落ちるようだ。特にギャンブル系は弱くて、ジャンケンも含めたら僕の方が九割くらい勝ってるんじゃないかな。まさかこれも弟が兄に対して気を遣ってるんじゃあないよね。
当面の困り事は、お互いをどう呼ぶかだった。弟が僕を「兄さん」と呼ぶのはまだしも、僕が弟を「弟よ」と呼ぶのはおかしいし、「主我吾」と下の名前で呼ぶのも、自分と同じ名前なんだから変だ。結局、話し合って僕は弟を「シュウ」と呼び、弟は僕を「ガーくん」と呼ぶことに決めた。それぞれ実際に友達から付けられたことのあるあだ名、ニックネームだったからさほど違和感はなかった。
僕とシュウは月に少なくとも二、三度会って遊ぶ仲になっていた。たいていは外で会ったが、たまにそれぞれの家で会うことも。高校生なのに兄弟でこんなに仲がいいのは珍しいと言われたが、当事者たる僕達は当たり前だと思っていた。あるいは十五年もの間存在すら知らなかった分、空白を埋める作業として仲よくしたかったのかもしれない。
とはいえお互い、それぞれの高校生活があるから、月に四度会うのは希で、五度となると滅多になかった。
そうして迎えた二年生の六月。すでに四回会っているのに、今度の日曜日に会えないかなとシュウから連絡があったのは、金曜のことだった。
「僕は別にかまわないけど、何かあったのか? えらく急だし」
「うん、ちょっと面白そうな物を手に入れたから。ガーくんと一緒に試してみたいなと思って」
「面白い物って何だよ」
「面白いかどうかはまだ分からないよ。面白そうなって言ったんだ」
「どっちでもいいから、どんな物か教えてくれよ」
「それは会ったときに話す。今言っても冗談と思われそうだから」
と、お預けを食らってから二日後の日曜、僕は逸る気持ちを抑えて駅ビルに向かった。時刻はは正午前、昼食を摂るためにファーストフードの店を待ち合わせ場所にした。もちろん、僕ら二人きりだ。
「ごめん、遅れた」
弟は約束よりも五分余り遅く来た。
「謝る必要ない。人身事故があったとか、アナウンスで言ってたからスマホで確認した」
「こっちからも掛けたんだけどね。他の乗客も一斉にスマホを使ったせいかな、つながらなかった」
とりあえず店に入り、メニューを決めて――ともに同じ税込み七百円のセットにした――受け取ると、窓際の二人テーブルに収まる。駅に近いだけあって、店内は昼前から混んでいてざわざわしている。
「もうちょっと落ち着いた店の方がいいんじゃないの? このあと移動するか」
「いや。このくらい騒がしい方がいい。聞かれる心配がない」
聞かれたらまずいような話なのか。きっと驚いた表情をしたであろう僕とは対照的に、弟は秘密を打ち明けるのが嬉しくてたまらない、そんな感じで迷彩柄のウェストポーチをテーブルに置き、いそいそと開けた。中から出て来たのは一枚のカード。UNOのスキップによく似ていたが、裏面に文字がびっしり書いてあるところを見ると別物のようだ。
「何だよそれ」
「急がない。とりあえず食べながら、これを手に入れたいきさつを話すよ。今週、いや今日は日曜だから先週の火曜になるのか」
そういう切り出し方をして弟が語ったところによると、あるおばあさんからこのカードをもらったという。
続く
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