第47 暴走のフラン
「間違いなく2人はユウカ君と暮らしている。 これは確定と言っても良い。 人間ではない何かが、ここに居る。 ユウカ君のマンションの位置は――――。 最近はエリィ-と呼ばれる、少女を見ないが、桜華舞と言う女性も一枚かんでいると見える 」
生徒がほとんど下校した令嬢学園の一室。 一人の男が何やら話している。 誰と話しているのか、彼はユウカ達の情報を報告していた。 話が終わると荷物をまとめて部屋を出た。
「錘凪先生、お疲れ様です」
学園内に残っていた生徒が錘凪に声をかけてきた。 生徒も身支度を終わらせた格好だったので、丁度帰るところだったのだろう。
「はい。 お疲れ様。 気を付けて帰るんだよ」
「はーい、 先生こんな時間まで残ってるの?」
「先生は、こう見えても結構忙しいんだよ。 やらないといけない事が山ほどあるからね」
錘凪は笑顔で生徒にそう言うと、生徒は帰って行った。 一瞬どっきりした錘凪だが、話の内容までは聞かれていないだろうと、何もない顔で学校を出て行った。
「恋人って何よ……」
「だからそう言う事だ。 私とユウカはすでに愛し合っている仲だと言っているのだ。 誰のものでもなく、私のものだ」
舞はユウカの方を睨んだ。 ユウカは目で、そんな事は一度もないと訴えていた。
「あのね、ちょっとおかしいんじゃないの? ユウカもそんな事知らないっていっているし」
エリィ-は残念そうな顔をした。
「あぁ、そこは私も傷ついている。 痛いほどにな。 だがいずれユウカは思い出してくれる。 私はそう信じているのだ。 だから私はユウカが思い出してくれるまで、ちゃんとユウカの傍で待つ」
「勝手に話が脱線していってるけど、とにかくユウカはあなたのものじゃないから」
エリィ-は余裕そうな顔で舞にかみついた。
「なんだ? やはりお前もそう言う事か? なら、それだけはどうしたって譲ることはできんぞ。
それともまたやるか?」
自分は別にユウカの事をそういう風には思っていないのに、その勝手な決めつけと、ユウカが物のように言われているのに腹が立ち、舞はエリィ-の挑発に食いかかった。
「聞いてれば勝手な事ばっかり。 いいわ、上等よ。 やってやろうじゃない」
舞の手はいつの間に持ち出したのか、刀にかかっていた。
「あれだけ無様に負けて、まだ私に挑もうとする辺り、よほどのバカのようだな」
「あんたねいい加減にしなさいよ。 たとえエリィ-でも許さないわよ。 一体何様のつもりなのよ」
舞の怒りはもう限界だ。 好きな異性を目の前に取り合いになると、どこの自然界でもやはり争いは始まってしまう。 これは生き物の宿命なのかもしれない。 動物界でも、昆虫界でも、強者だけがそうして子孫を残してきた。 どれだけ助け合いをしてきた生き物でも、群れをなし、仲間を尊重する、知性の持ち主でも、この場だけは、選ばれるのは一人だけなのである。
「何様も何も、我はエレーナ。 エレーナ・ブラッド・バットだぞ。 我が名に免じて今回だけは水に流してやっても良いが、どうする?」
「だからいい加減にしなさいよ。 王女様気どりかなんだか知らないけど、ちょっと強くなったからって調子乗ってると、痛い目見るんだから」
舞は問答無用で刀を勢いよく抜いた。やる気は満々だ。
「音声の認証を確認。 コード・プロテクト――――作動。 システムを構築――――。 末梢神経下の接続解除 状態を固定。 アナフィラクスレコードにリンク、 ――――ヒドゥンドゥ・ドアをアンロック。 シークレットコードの発動を許認。――――解析完了」
急にフランの目の色が青に変ると、 まるでロボットがする暗唱のように、表情を固定しぶつぶつと話し出した。 解析完了の言葉と同時に、まるで電源が落ちたようにフランはうつむいて動かなくなった。
――再起動―― 真っ暗だったフランの頭の中に再起動と言う文字が光る。
フランの体の中では色々な事が起こった。 まるで拍車のかかった蒸気機関車の歯車のように、細胞内のパーツが激しく動き出す。
「――――システムオールクリーン。遮断部位の再接続。 全部位の稼働を確認 空間認識正常、 体内外気圧を一定 対象物を認識。 対象目標 コード・イレイザ 発動 」
その頃黒い大きな車が3台、ユウカのマンションを目指して、走っていた。
ユウカは2人を止める事で必死だった。 エリィ-の腕の中で抱かれているユウカは、舞の剣先が自分に向けられている様に感じた。 こんな喧嘩は止めなければならない。 こんな事で傷つけあってほしく無かった。 この二人がぶつかれば、確実に他の部屋の人にも迷惑がかかるだろうし、何より、また零錠が来る羽目になったらと想像するだけで恐ろしい。
エリィ-は羽を広げ、舞は刀を構えてお互い威嚇態勢。 何かの合図が鳴ればすぐにでも合戦は始まりそうだった。
「お前ら、ちょっと冷静になれ。 こんな狭い所で止めろ。 話せばわかり合えるだろ」
ユウカは何としても、穏便に止めたかった。
「ユウカ、これは話してどうこうの問題ではない」
「そうね、話しても、会話にもならないんだから、どうしようもないわ」
舞もエリィ-も話し合いをする気は微塵もない。それでもユウカは必死に止めた。 部屋を壊される訳にはいかない。
その時、エリィ-がユウカを残し、思いっきり吹っ飛ばされた。
「へ?」
ユウカも舞もエリィ-自身も何が起こったのかわからなかった。すごい勢いで壁に激突して砂埃をあげていた。
舞たちの前には成長した姿のフランが立っていた。
「フ、……フラン?」
「な、何だよこれ、お前まで成長してんのか」
二人の成長した姿。 見た目からするとフランは中学生ぐらいと言ったところだろうか、エリィ-よりは小さかったし、幼くも見えた。 だがあの小さなフランではない。 それに体つきが強そうだ。
いきなりフランがエリィ-を殴り飛ばしたので、何か気の触ることがあったのだろうかと2人は唖然とした表情で現状を飲み込めないでいた。
エリィ-は壁に挟まった体を引っこ抜いて出てくる。
「ゴホッ、」
エリィ-は血をこぼす。 それを見て、ユウカ達はフランに怒った異変に気付く。 フランは本気で殴ってる。 エリィ-が結構なダメージを負ったのは、一目でわかる。
フランは、エリィ-が抜け出すと、一気にエリィ-に向かって距離を詰め、また壁に殴りつけた。
「フ、フラン! 止めなさい」
「お、おいどうしたんだよ」
二人は大慌てでフランを止めに入る。
「ほぉう、 私にここまで食らわせるとは、やるじゃないか」
フランはエリィ-の飛ばした赤い球のようなものを交すともう一発エリィ-にぶち込んだ。 エリィ-の体にすごい衝撃が走ったのが二人にもわかる。
なんせ鉄のドアを破壊するほどのフランが、成長して更に本気で殴っているのだから、考えただけでも悍ましい。 それでも、血を吐くだけで留まっているエリィ-も強靭すぎると言っても過言ではない。 ユウカ達の入る隙の無いような戦いだった。
「ちょっと、フランどうしちゃったのよ?」
抑えに生える舞をフランは突き飛ばし、エリィーを、蹴り飛ばす。 容赦など微塵もない。 殺す気だ。
「止めろ」
ユウカは前に立ちはだかったが、その速い瞬発力を持って簡単に抜かれて行った。一瞬で追いつくこともできない。
エリィーが体を起こす暇もなく、地面に叩きつけらてる。
「やめろ、エリィーが死んでしまう」
「フラン止めて!」
必死になって止める二人をものともしない。 今度は2人の間をフランが抜けていく。
「心外だな、ユウカ。 私はそんなに弱くはない。 この程度死ぬものではないぞ」
エリィーは自分の口の血をぬぐいながら、立ち上がる。 笑っている。
「どうやらあやつ、理性を失っているようだな。 少し手加減してという訳にはいかなさそうだ」
「エ、エリィー。 もうやめろ。 これ以上は人目にもつく」
部屋の中はめちゃくちゃだった。壁にも亀裂が入り、コンクリートも割れてはがれている。 流石の立派なマンションだけあって、防音性と機密性は優れているにはしても、部屋の荒れようはすさまじい。
「たしかに。 障壁を張ろう。 これで大丈夫だ。 お前らは離れていろ。どうやらあれの標的は私だけのようだからな」
「エリィーはまた赤い球を打ち込み、フランを拭き飛ばした」
障壁についてユウカは伺ったが、エリィーはそれどころでない。 飛び掛かるってくるフランを払う事で忙しい。 蚊帳の外の2人はただ見ていることしかできなかった。
さっきまで押されていたかと思ったエリィーだったが、血は流せど、表情には全く余裕が伺える。対してフランも、まだまだ機敏に動いているが、最初よりもボロボロになっている。
「……その人たちから離れて」
エリィーの後ろには舞とユウカがいた。 フランとが飛び掛かり、それを交わすことで、配置が入れ替わる。
「何で? フラン急にどうしちゃったの?」
「舞、私の後ろにいて。 あいつは危ない。 世界に仇なす敵。 抹消しなければいけない」
「え?」
ユウカにはその光景が信じられなかった。 フランまでもが、あの時と同じように、エリィーを殺そうとしていると言うのだろうか? しかも急に。
でも彼女は本気だ。 間違いなく。あの、力の入った拳も、成長した姿も、エリィーだけを見るあの真直ぐな瞳も。 人が変わったように、フランはエリィ-を襲いだした。 ウィルスか何か、そう言ったものが彼女たちを変貌させているのだろうか? この惑星の何かが彼女らの理性を狂わせているのだろうか。
「フランどういう事? これはあんまりにもやり過ぎよ」
「あれは、ここで抹消しなければ、世界が滅びる。 生かしておいてはいけない極悪な生物。
皆の敵」
「なぁ、フランお前何言ってんだ? エリィーだぞ。お前と一緒に遊んでた、あのエリィーがそんな事するやつか? そんなはずないだろ?」
ユウカは信じたくなどない。 そう思えない。 あのエリィーが。
「違う。あれは、私達の国をめちゃくちゃにした。 沢山の者の命を奪ってきた。 すべてのものが憎しみを抱き続ける元凶」
「ほう。 お前は奴らの……。 と言うこうとはあいつらに送られて来た者だったという事か。 フラン――――。なるほどな、 だからフランか。 と言いうことはこの場所もすでにてが伸びているという事か。 まぁ、いい。 どちらにせよ、もっと情報を知る必要があるか」
エリィーは自分の爪を噛みながら、何かを悩み始めた。 急に顔色が変わったように、深刻な表情していた。
「すまないが、ここで私は失礼させてもらおう」
「逃がさない」
フランはエリィ-に飛び掛かろうとしたが、急に強い圧力が三人を襲おう。
「お前にはもっとすさまじい圧をかけてやろう」
フランはさらに押しつぶされた。
「ま、ま……まってく、れぇ、 エリィ-……」
ユウカは何とか手を伸ばそうとするが上がらない。 エリィ-は切なそうな顔をしながら、雨の降る外へと羽ばたいていった。
少しづつ圧が和らいでいく。
「アイツを追う」
「待ちなさい」
飛び出そうとするフランを舞が止める。
「放してください。 あれを殺さなければならない」
「きゃあ」
舞は部屋の隅に飛ばされた。ユウカはフランの腹部を抑えて止める。
「どういう事か説明してくれ」
こんな事をしている場合ではないと、必死にユウカを引きはがそうとするフランの前に、抜刀した舞が立ちはだかった。
「いい加減にしなさい。 これ以上しようってんなら、私があなたの前に立つわ」
フランは何かを思い詰めたように止まる。 その先には小さく消えていくエリィ-を見つめていた。
「目標の消失を確認。 プロテクトを執行。 全機能の停止。 コード・イレイザの停止」
フランは沈黙したよに、動かなくなってしまった。
「な、なにがどうなってるんだ……」
「わ、わからない。 彼女らにも何かあるのよきっと」
なんて言っているうちに、フランからだから湯気が上がる。
「熱っちぃ!」
ユウカはあまりの熱さに、腹部から手を離した。 どんどんと成長したからだが縮んでいき、元のフランへと戻って、いった。 まったく動く気配はなくぐったりとしていた。
「おい、何なんだよ……」
ユウカと舞はあたりを見渡す。荒れた部屋に、家具がめちゃくちゃ。 おまけに壁にも亀裂が入っている。 どれだけこのマンションが頑丈にできているのか理解はできた。お隣の部屋まで貫通する事もなく止まっている。 流石零錠のマンションではあるが、それでもこの損壊は酷い。
零錠の呆れる様な怪しむ姿を想像しただけで、身震いがするユウカ。
「あぁーもう。なんなんだよぉ! 」
ユウカは叫ばずにいられなかった。だって部屋はまたいつにも増してめちゃくちゃなのだから。
「これ、どうする……」
舞もこれは酷いとただ立ち竦む。
「また怒られるよ」
ユウカはそれよりもフランが無事かどうか心配したが、フランは深い眠りについていた。
「フランは無事みたい。 良かった」
舞はフランの寝顔を見て、安心した。と同時に、ユウカに気を使いながら聞いてみた。
「と、とりあえず、部屋片づける……?」
そうだな。とユウカはうなずき舞といっしょに瓦礫を集める。瓦礫や破片は燃えないゴミとして、分別しないといけないので、玄関の近くに、ごみ袋を置いた。
そうこうして、捨てないといけない物を廊下側に固めていった。
玄関の扉が激しく開く。 外のごみステーションにゴミを一度持って行った為、鍵は閉めていなかった。
黒服の男たちが家に入ってくる。 誰かもわからない謎の男たち。 スーツ姿からして政府の人間。
「ユウカと言う名の男はいるか?」
俺ですが、とユウカは名乗り出る。 黒服の男たちは部屋を見た瞬間なんだこの部屋はと思った。
奥の部屋がなんだか騒がしく見えたからだ。 ゴミ袋の量など、引っ越しでもしようとしてるのだろうか。 もしそうなら逃げる気だったと踏んだ。
「君一人かい?」
その質問の意図するところがなんとなくわかった。
「はい。そうですが。
「1人ではないよね。 ここにかくまっている子がいるね?」
「な、何の事ですか?」
役人がどうして? なぜバレたのかわからなかった。 だけど、ここで折れたら連れていかれる。生憎とエリィ-はいなかったので、良かったが、フランはまだ眠ったままだ。 舞に隠せと伝えられれば良いいが、舞を呼んで余計に事を荒立てる事になっても危険な為1人で対処する事にした。
「隠しても無駄だ。 もうバレている。 悪いが上がらせてもらう」
「ちょっと待ってください。 俺しかいないので。 大体勝手に上がるとか不法侵入ですよ」
ユウカは力づくでも、上げさせようとはしない。 体を張って彼らの進行を阻止した。
一番前に立ちゴツイ男の癇に障ったのか、後ろの仲間にユウカを押さえつける様に命令して無理矢理部屋に挙がってきた。
「おいやめろ、入るな。 俺しかいない、放せお前ら。 何勝手に……」
舞がゆっくりと扉を開けて出てきた。
「やっぱりいるじゃねぇか」
舞は黙って立っていた。まるで何か覚悟を決めたように。
「お嬢! 御上がお待ちです。 わしらときてもらいやす」
スーツの男たちは舞の前で頭を下げて、お願いしていた。
「やっぱりアンタらが来た訳ね」
男は頭を下げたまま語り続けた。
「へぇ。 あしらと来て頂きます。
もし抵抗される場合は、申し訳ありませんが力づくでも連れて行かせてもらいます」
「行かないわ。 早く帰って。 あの人にも伝えておいて。 これ以上されたら私も……」
「御上はもう下で待っておいでです」
舞の表情が蒼白した。
「そ、そう…… 」
男は一向に頭を上げようとはしない。
「お嬢。 これ以上はこの家の主にも迷惑がかかることになります」
舞はぐっと力を入れた。
「分かったわ。 ここの人には手を出さないで。 約束よ」
「へぇ 」
男はようやく頭を上げると、ユウカを解放させ、後ろにいた男たちに声をかけた。
「お嬢をお連れしろ!」
「へい」
舞は黒い男たちに囲われて連行された。
すれ違いざま。舞はユウカに、
「……あと、よろしく」
そう言って出て行ってしまった。 とても悲しそうな表情をしていた。
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