第178話 侯爵からの打診

 タウロは数日ぶりに現在の宿泊先であるヴァンダイン侯爵の屋敷に戻る事にした。

 この数日はカレー屋店舗の側に宿を取って、開店までの間お店に通っていたのだ。

 いつもの通り、屋敷の前の衛兵に挨拶して、中に通して貰う。


「数日見なかったけど、どうしたんだい?」


 衛兵とは顔馴染みなので、親しくなっていた。

 あちらもエアリスがいない時はタウロに気軽に口を聞いてくれた。


「ちょっと仕事先の側で寝泊まりしてました」


「その歳で、仕事で数日空けるとか大変だな。あ、そういや、エアリスお嬢様が探してたからすぐ行った方がいいかもしれないよ」


「ありがとうございます。早速、会ってみます」


 衛兵にお礼を言うと屋敷に向かう。


 門から屋敷の玄関までの距離が遠いのでそこそこ歩くのだが、帰ってくるタウロを窓から発見したのか玄関に到着するとその前にエアリスが立っていた。


「お帰りなさいタウロ」


「ただいま、エアリス」


 見たところ数日留守にした事は、怒ってはいない様だ。

『気配察知』にも不穏な空気は察知できない。


「お父様から改めて話があるんだって」


「?」


 ダンジョンからの生還後、助ける事になった経緯や、エアリスとは冒険者チームの仲間である事など、一通り話しているので、話の内容が想像できなかった。


 もしかして、そろそろ家を出てけとでも言われるのかな?


 タウロはヴァンダイン侯爵の人柄上、あまり有り得なさそうな可能性についても考えてみたが、とにかく会ってみればわかる事だ。

 エアリスに案内されるまま、ヴァンダイン侯爵のいる執務室に行く事になった。


「タウロ君、座ってくれたまえ」


 書類に目を通していたヴァンダイン侯爵は、手を止めるとタウロに席を勧めた。


 タウロは素直に従うと席に着く。


「今日は、君の今後について話を聞きたくて来て貰った」


 え?やっぱり家を出てけってことかな?


「と言いますと?」


 タウロは、ヴァンダイン侯爵の次の言葉を促した。


「君はこれからも冒険者を続けるつもりかな?」


「はい、そのつもりです。僕としては冒険者になる事で生活できる様になりましたし、向いてると思ってますので。それに今、拠点にしているダンサスの村も気に入ってます」


「……そうか。君の考えに反するかもしれないが、1つ提案がある」


「提案……ですか?」


「とある伯爵家には世継の子供がいなくて、養子を迎えて家の存続を検討してるそうなのだが、その家に養子に入る気はないかな?」


 うん?何か話がとんでもない方向に……。


「えっと、それは僕が貴族になるという事ですか?」


「養子に入れば、そういうことになるな」


 ……予想のはるか上をきた……。


 タウロは内心かなり動揺した。


 自分が貴族になるという選択肢は、完全になかったのだ。


「……こう言っては何ですが、僕は平民、それも農家の出です。通常、貴族の養子は他の貴族の三男や四男など血筋がはっきりしているところから取るものだと聞いています。僕では、その伯爵家の名に泥を塗るだけだと思います」


 タウロは当然の事を言った。


「君がそう思うのも最もだ。だが、先方は君の事をよく知っていてな。私は君が活躍した時期すでに失踪していたから知らなかったのだが、貴族の間では有名人らしいじゃないか。宰相閣下にリバーシというゲームで勝ったとか」


 あ、あの時の関係者か……。


 タウロは内心苦笑いした。


「それはただのゲームです。僕に一日の長があっただけなので、あの時の勝利には大した意味はありません」


 これはタウロの正直な感想だった。

 今、勝負したら負ける可能性は十分ある。


「謙虚だな。ますます、私としては君を先方に勧めたい。そこですぐに答えを出せとは言わない、ゆっくり考えて欲しい」


 タウロとしては、今の生活と貴族の生活を天秤に掛ける事自体がかけ離れ過ぎてて比べようがなかった。


 はっきり断ろうかと口を開きかけると、ヴァンダイン侯爵が言葉を続けた。


「それと、エアリスがもう少し、冒険者をやりたいと聞かないのだ。だからその間、エアリスを頼みたい。エアリスが納得して戻る気になったらその時、君の答えを聞かせて欲しい」


 それは一年か二年か考える猶予を与えてくれるという事だった。


 それにしても、エアリスがまだ冒険者を続けたいと思っている事に驚いた。


 父親が生還した以上、貴族社会に安心して戻れると思っていたので、タウロは一段落したら別れを告げてダンサスの村に戻る事も検討していたのだ。


 そうなると、チーム『黒金の翼』は、まだ続けられる様だ。

 お陰でシンやルメヤへの説明は不要になった様なので少しホッとするタウロであった。

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