第十四話 抗えない”それ"

「うぶ……相変わらず見ててキツいんだよな。」


三つ目の獣がキャスパドールに捕食される様を見て、烏丸は吐き戻しそうになる。


「クルルルァンッ!」


頭を天に向けゴキゲンな鳴き声を響かせる奴。若干半目開きになったその眼球が俺たちを捉えるまで、そう長く時間は掛からなかった。


ゴロゴロとこちらの様子を伺いながら、頭を下げ腰を揺らし、狩猟態勢に入った。


「おい、武藤……マジで大丈夫なんだろうな!?」


だが揺れているのは体だけではない。キャスパドールの後脚は赤く光りはじめる。


エネルギーが集まって熱放射が始まり、空気まで揺れだしたのだ。


そして空気が揺れたその瞬間、音を置き去りにしてその怪猫は勢い良く、なんて言葉がチープに聞こえる程の速度と、周囲の枝を全て折る程度の威力を持ち合わせて突進してきた。


「速いなお前……本当にッ!」


怪猫が動いた瞬間、俺はいつのまにか持って来ていた素パンを頭上へ放り投げ、

怪猫の意識をそれに誘導した。


猫は動くものに誘導される。その習性を利用した俺は、奴を上空へ導くことに成功した。


だが見事に素パンをキャッチした怪猫の最終地点ゴールは変わらない。


獣を貪るような奴がこんな一個のパン程度で奴は満足するわけがない。


どっちにしろ俺に向かうのだ。


パンを咥え宙を舞い、体制を変え俺に向かって一気に落ちていく怪猫。


それを見越して俺はを取り出す。最早数センチまで近づいていた怪猫の前へ。


そしてその本命を一気に、俺を喰らうため勢い良く開けた口に全力でぶん投げた。


「これでも喰らえよクソ猫がァッッッ!」


ぶん投げたそれは怪猫の口内に叩き込まれ、反射的にそれを咀嚼する。


するとその瞬間、3m程の大きさを誇る怪猫の体躯が一瞬でドゴンと倒れてしまったのだ。


森に響き渡っていた喉を鳴らす音が、その轟音を最後にピタリと止んだ。


あるのは静寂。ただそれだけ。


「ホフマンさん首輪!」


反響する烏丸の絶叫と同時に、ホフマンは“鎮静首輪”を手際良く、その黒々とした毛を巻き込む事なく取り付ける。相当手慣れているようだ。


「……よし。あっという間だったな」


「ムトー、だっけか。お前あいつに何食わせたんだ? 毒じゃあないようだが…」


「ホフマンさんがいつも飲んでる奴と、魚、魚の出汁、砂糖。これだけです。」


そう言うと俺はホフマンがいつも飲んでいるあの緑色の液体が、もはやほんの数mlしか入っていない瓶を取り出した。


「あっお前それ俺のッ!全然無ぇじゃねーか!?」


この液体が酒と同じような酩酊作用があるのか、そして今心地好さそうに眠っていやがるこのクソ猫に効くかどうかは完全に博打だったが、なんとか当たったようだった。


「ま……これで最初の“冒険”の依頼は成功だよ。」


「夕刻になったら偉いさんがそれを回収しにくる。最後までお前らだけで責任持って渡してくれよ。」


「ホフマンさんはどうするんですか?」


「………俺が、手柄を取ったわけじゃない。お前らに偉いさんのこと説明したら、その辺で休んどくよ」


妙に歯切れ悪く答えた彼に俺は不思議に思ったが、俺はこれから来るその“偉いさん”の方で頭がいっぱいだった。


———

「ほほう!やっぱり猫はいいねぇパパ!息してるだけで可愛い!」


THE ドラ息子の様相で現れた彼の名はストルク・アックス。


このヴェルメリオ朝にわずかに存在する上級朝民、支朝の一人であるユウジン・アックスの一人息子である。


どうやら護衛も付けず父と二人でやってきたようで、怪猫であるキャスパドールをまるで大きなぬいぐるみでも見るような目で眺めていた。


(……で、チャンスってなんだよ)


烏丸が小声で話しかける。


(まだ分からんのか。貴族にお近づきになれるんだぞ? 偉い人の味方作って、この国を大手振って歩けるようにするんだよ。幸いこいつらはまだ俺たちが逃亡犯はおろか、転移者であることすら知らないからな。)


(まあ、いきなり味方にはなってくれる訳無いし、まずは取っ掛かりを作る第一歩って奴だな)


「どうか……しましたか?」


「あッいや何も、どうぞご覧ください。いい猫でしょう。強者の毛並みがまた美しいんですよこれが!」


流石にいつまでもコソコソ喋るわけにもいかない。俺はでまかせでセールストークのような何かを喋ってしまう。


売るわけでもない、ただ渡すだけだというのに……。


頭の回転の悪さをつくづく恨む。

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