善戦

 結果で言えば、交渉は決裂だ。そんな事は言われるまでも無く、迫り来る赤鬼の姿を見れば誰にでも分かる話だよな。

 話し合いさえ全くされていないんだから、物別れも何もあったもんじゃあない訳だ。


「カミーラ……ッ! カミーラ=真宮寺ぃっ!」


 そして決定的だったのは、赤鬼の叫んだこの言葉だった。

 この赤鬼の目的は、もはや間違える訳もなく……カミーラだっ!

 そしてカミーラを求めると言う事は、その後ろには……!


「散れっ!」


 もっとも、今この場でその事を深く思案している余裕なんて無い!

 俺が短くそう叫ぶと、マリーシェ、サリシュ、カミーラは一気に四方へと飛び距離を置く! 勿論、俺もだが!

 迫りくる鬼は……まずはマリーシェに狙いを定めたみたいだ。


「こ……このっ!」


 マリーシェに肉薄する赤鬼が、振り上げていた巨大な金棒を一気に振り下ろした!

 さすがにそれを受け止める事は出来ないと察した彼女は、何とか飛び退き躱す事に成功する!

 あんなバカでかい金棒だってのに、なんて速度で振り回すんだ! 俺から見ても、マリーシェが躱せたのは本当に紙一重だと言って良いくらいだった!

 ……でも!


「何て馬鹿力だよ!」


 俺は赤鬼の攻撃跡を見て、思わずそう毒づいていた。

 何故ならば振り下ろされた金棒はマリーシェを捉える事が出来なかったが、そのまま床に直撃し、その部分に大きな穴を作っていたからだ。

 一般の家庭ならば床も木造で金棒ならばすぐに穴も空くんだろうが、ここは元貴族邸で床も石造り。しかも、見たところ強固で知られる大理石なんじゃないか!?

 それをいともあっさりと砕くなんて、これを馬鹿力と言わずになんて言うってんだよ。

 俺だけじゃあない。他の3人も、鬼の攻撃痕に顔を蒼褪めさせている。

 あんなのを1撃でも食らえば、ハッキリ言ってただじゃあ済まないどころか……即死だ。


 間違いない……。こいつはLv25……いや、Lv30に届くかも知れない。俺は見立てで、赤鬼の実力をそう判断していた。


 ただしそれは、俺たちのレベルとはちょっと違う。

 Lv30だと言えるが、実際は随分と偏っているかもな。

 攻撃力は申し分なく、それだけを見ればLv30を上回るかも知れない。それに伴って、恐らくは体力も相当な物だろう。

 そして、「式鬼」を作り出す事の出来る知能と魔法力。これらは、ハッキリ言って今の俺たちでは太刀打ち出来ない程に高い能力だ。

 でも、敏捷性に関してはその限りじゃあない。

 さっきの先制攻撃も、マリーシェは辛くも躱す事に成功している。今の彼女は装備やアイテムの影響で、Lv20近くには引き上げられているだろう。

 もしもLv30の人族が相手だったら、それだけ強化していても今のマリーシェなら刃が立たなかった筈だ。

 それでも彼女は、赤鬼の攻撃を辛うじて避けられた。つまり敏捷性に関して言えば、今の彼女でも渡り合える程度だとも言えるって事だ。

 それらを加味すれば、Lv30ぐらいの強さじゃあないかと考えたんだ。まぁもっとも、それでも強敵なのには変わりがない訳なんだが。

 でもだからこそ、今の俺たちでもこいつと戦い様があるって事だ!


「マリーシェ、深追いするなっ! カミーラッ! サリシュッ!」


 俺は牽制目的で赤鬼に攻撃を仕掛けながら、3人にそう指示を出した!

 俺のレベルじゃあ、赤鬼に決定的な攻撃なんて与えられない。

 それでも俺が攻撃する事で、マリーシェに向けられている圧力を分散させる事が出来る筈だ。

 そして思惑通り、背後から肉薄する俺に気付いたのか、赤鬼がマリーシェに見切りをつけて俺の方へと身体を向ける!

 それと同時に、手にしていた金棒を横なぎに振るって来た! 丁度、身体の回転を利用して振り回すみたいな攻撃だ!


「うわっとぉっ!」


 攻撃態勢に入っていたけど、俺はその場で何もない空に剣を振るって攻撃動作を解除し、そのまま側方へと転げて回避した!

 傍から見れば意味のない攻撃を振るう無様な姿に見えただろうが、一度攻撃姿勢に入ってしまっていてはそれを放たない限り他の行動は取り難い。

 今の俺じゃあまともに相対したら、恐らく1分と持たないだろうからな。格好悪くても何でも、とにかく少しでも生き長らえる事を考えるのが先決だ!


「しぃっ!」


 そしてそんな俺の行動は、鬼の隙を誘う事になったんだ!

 左回転で俺に向き直り右手に持っていた金棒を振るった鬼の右側面は、今や死角となり隙だらけになっている。

 それを見越したのか、一気に赤鬼へと接敵したカミーラが一撃を放った! ……んだけど!


「……ちぃっ!」


 さすがに基本能力で俺たちを大きく上回っているだけはあって、その剣撃は赤鬼の身に着けている倭鎧、その肩当……大袖の部分で受けて凌がれたんだ!

 カミーラの持つ倭刀「閃」は中々の業物だ。そして、彼女の攻撃も決して生半可なものじゃあない。

 それでもその攻撃を受け切るなんて、あの赤鬼が身に着けている鎧もそれなりに強固なものって事か。こりゃあ、ますます倒すのが難しくなってきたなぁ……。


「……雷光よ。……この手に集いて、我が敵を貫き滅せよ」


 当たり前とでも言おうか、カミーラの一撃で勝敗が決するなんてこの場の誰も考えていなかった。……当のカミーラ本人さえもな。

 攻撃が赤鬼に当たらなかったと認識した彼女は、その場に留まらずに再び大きく間合いを取った! 

 格上相手に、足を止めて剣を交えるなんてのは下策だ。それを、カミーラは良く分かっている。

 明らかに上回っていると考えられる俊敏さで、彼女は赤鬼に対していた。そしてその様子を、サリシュも良く把握していたみたいだ。


「……雷槍トルエノ・ハルバッ!」


 満を持して、彼女が攻撃魔法を放った!

 カミーラが退いた瞬間で! 赤鬼の意識がまだ彼女の方へと向いているこのタイミングにだ!

 これまた赤鬼からは死角となった方角からの攻撃! これはもう、言う事は無い。

 それにサリシュの使った魔法「雷槍」は、今の彼女のレベルより高位のものだ。本来なら使うのも難しい筈なんだが、能力が底上げされている今の彼女ならば唱えきるのも可能だった。

 しかし、サリシュはよく魔法の勉強をしているな。普段は、そんな素振りなんて全く見せないんだけどなぁ。いきなり普段は使えない様な魔法を、魔法書を見る事も無くそらんじれるなんて大したもんだよ。

 この魔法は、特に威力と貫通性に優れている! 攻撃速度も申し分ないし、こりゃあ直撃だ!

 ……って考えていたんだけど。


「グガアアァッ!」


「マジかよっ!?」


 赤鬼はそのまま左掌を飛来する魔法へと向け、何と素手で「雷槍」を受け止めたんだ!

 でも、この魔法はただ対象を射抜いて殺傷するだけじゃあない!


「グムムゥゥッ!」


 受け止めたと同時に、雷槍を形作っていた電流が一気に放電される。さすがにこれは、受け止め切る事は出来ないだろう!?


「……ゴフゥ」


「……とんでもないなぁ」


 でも赤鬼は、なんとその攻撃さえ耐えきったんだ! 

 口から黒煙を吐きながらも、その姿に著しいダメージを負った様には見えない! ったく、どんだけ頑丈なんだよ!


「それならっ!」


 それでもその電撃で、奴は一時的に動きを止めてしまった。それを見越して、俺とマリーシェは殆ど同時に斬り掛かったんだ!

 まだ動けない赤鬼は、そんな俺たちの斬撃をモロに食らった! ……んだが!


「くぅっ!」


「か……かてぇ!」


 俺たちの剣は、奴の肉体を余り深く斬り割く事が出来なかった!

 確かに俺とマリーシェの剣は、赤鬼の鎧が覆っていない部分に達していた。それでも俺たちの斬撃は、奴本来の肉体と言う壁に阻まれて斬り落とすどころか、痛手を負わせる事さえ出来なかったんだ。

 でも、やっぱりその場に長く留まるのは危険だ。俺とマリーシェは、攻撃に固執する事なくその場から飛び退いた。

 未だにさっきまでの動作を取り戻していない赤鬼だけど、もうすでに動き出そうとしている。なんて奴だ!


「た……畳みかけるんだっ!」


 それでも、戦いが始まって早々にこれは絶好の機会だ!

 明らかに格上の敵を相手に、戦闘の主導権を握れているんだからな。この機を逃せば、次に奴を倒せるチャンスがいつ巡って来るのか知れたもんじゃあない。


「せぇいっ!」


「はぁっ!」


「ふうっ!」


 俺とマリーシェ、カミーラはそれぞれの役割を果たしながら、この鬼を囲む様にして攻撃した!

 攻撃の起点は、言うまでも無くカミーラだ。

 そして彼女に赤鬼の攻撃が偏らないよう、俺とマリーシェで牽制を交えて加勢する。

 赤鬼はその場から動く事も出来ず、まるでクルクルとその場で回るみたいにして反撃を試みていたが、そのどれもが上手く行かずに空を切っていた。

 ここまでは……上手く行っている。

 あとは弱った赤鬼に向けて、サリシュも交えて攻撃を加えて決定打を与えるだけだ!

 思わず俺の脳裏に、そんな考えがよぎっていた。それはマリーシェも、恐らくはサリシュも同じだっただろう。


「……っ!? 不味いっ! みんな、退け……っ!?」


 ただ一人、この場で冷静だった……んだろうカミーラがそう声を上げたのと。


「うわぁ―――っ!」


「きゃあっ!」


「くうっ!」


「……アレクッ! マリーシェッ! カミーラッ!」


 俺たち3人が吹き飛ばされたのは、ほとんど同時だった!

 そして、サリシュの悲痛な叫び声が響き渡ったんだ!

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