第3話 『奪還計画』




「ああっ! 私の砂糖が……っ!」

 

 山の頂上に消えて行く翼竜の影に手を伸ばすフィーネ。

 砂糖を奪われてしまったことに真っ青な顔になって絶望に埋め尽くされている。

 こんな顔をするのは初日以来だ。これは相当落ち込んでいる。


 今日の彼女は排他的なので少し躊躇うが、項垂れている彼女を放っておくなんてことは、困った時に側にいてあげるという約束を破ることになる。

 というような大義名分を掲げてフィーネに近付く。


「あー……フィーネ。気持ちは分かるけど、そんなに落ち込まなくても大丈夫だって。フィーネくらいのお金持ちならいつでも手に入るだろ」


「…………そういう問題じゃないわよ」


 フィーネは青い瞳を前髪に隠しながら、恨みがましげに呟く。怨恨の対象があの翼竜であることは自明なのだが。


「えっとほら、今日はご馳走も手に入ったんだし、我慢するとかは――」

「――嫌よ、諦めるなんてっ。今から探して来るわ!」


 ばっと走り出そうとしたフィーネの腕を掴む。


「待て、落ち着こうフィーネ。翼竜の居場所を見つける……のは精霊が出来たとしても、このデカい山に登るとしたら大変な労力と準備が必要だろうし、この竜車を放って置く事になる。そんなの護衛として失敗だろ」


「……ふんっ、ばかトオル。私のこと、なーんにも分かっていないくせに」


 フィーネは今まで見た事の無いような、むすっとした形相――それでも可愛いのだが――で俺を睨む。


 元気付けるつもりが、誤って正論をぶつけてしまった。そのせいで恨みの対象が犯人の翼竜から宥めようとした俺にシフトしてしまったようだ。


 だが、彼女は我を忘れているように見えるも、現実を理解しているだろうから、今すぐ飛び出すような真似はしないのだろう。

 ただ――、


「――カイ、マズい。今日のフィーネはめちゃくちゃ機嫌悪い。あんなの初めてだぞ」


「みたいですね。……一つ忘れているようですが、今はまだぼくの砂糖なんですけどね、あれ」


「うるさい。フィーネは自分のだと思っているものがあれば、それはフィーネのだ」


「あ、はい、スミマセン」


 所有権に関してはカイも認めるところにある。まあそんな冗談はさておき、


「フィーネには諦めるように言ったけど、本来ならお前の商品も俺達が守る義務があっただろうし、取り返して来いって言ったら登山してくるぞ?」


「いえいえ、砂糖はおまけのようなものなので、翼竜相手に被害があれだけで済んだと考えていますよ。その上、本来あの砂糖はフィーネリア様にお譲りする予定だったので」


「あー、なら良いんだけど……」


 予想していたより寛容だったカイは「むしろ」と続けて、


「フィーネリア様自身が取り返すことを望んでいるようですし……予定より早く進んでいるので、取り戻す為の時間を設けても大丈夫ですよ」


「そうは言っても、竜車を放置していくなんて危険なこと、カイは許容できないだろ」


「いえ。この辺りは魔物はベルティロだけで相手に出来ると思いますし、ツインバード山には翼竜を恐れて山賊が寄り付かないことで有名なので、少しの間なら大丈夫ですよ」


「うーん……」


 ただでさえ機嫌が悪いフィーネが、大好物を失ってしまってさらに悪化してしまった。ならば取り返したいところではあるが、事情はそうは上手くいかない。

 ただ、雇用主がこう言ってくれているのを踏まえて『保守』と『フィーネ』を天秤に掛けたら、後者に傾いてしまった。


「よし。なら、少しだけ時間をくれ」


「はい、了解です」


 俺は「折角、砂糖を使った料理を考えていたのに……!」やら「どうして魔道具の中に保存しておかなかったのかしら……」と嘆いているフィーネの真正面にかがみ、


「フィーネ、砂糖はもうあの翼竜に全部食われてるかもしれないぞ?」


「……翼竜は金銀財宝や、珍しい物を人から奪っては巣に貯め込む性質があるの。目的は集めることなのよ」


「なるほど、なら実食しているんじゃなくてコレクションしている可能性が高いのか。……人から奪った物を抱え込むとか悪趣味だな」


「だから翼竜は、しばしば討伐対象になるの。私も数年前この山に棲みついていた翼竜を討伐したばかりなのに、もう新しい翼竜がいるようね。……本当に忌々しいわ」


 なんだかんだ丁寧に説明したフィーネは端正な顔を顰める。――こんな顔は、見たくない。


「よし、そうだとしたら作戦を練ろう。出鱈目に突撃するより、策があった方が効率的だ」


「――え? 協力してくれるのかしら? 反対していたわよね?」


「ああ。俺が見たいフィーネは、悲しんでいる顔より笑っている顔だからな」


「――。そ、そう? なら仕方ないわね、手伝わせてあげるっ」


 不意に出た「やっぱり今日テンションおかしくないか……?」という呟きは、囀りの中に消えていった。


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