第16話 最終決戦 2

 ムサシは炎王から剣を引き抜くと、後方に跳躍しトリナとサクラのそばに着地した。


 炎王は額の傷跡から大量の瘴気を噴き上げ、崩れ去るように消滅した。


「なんだ、終わりか?」


 ムサシは拍子抜けした。先日感じた嫌な予感はなんだったのだろうか。


「あれ、何かしら?」


 トリナが空を見上げながら呟いた。


 先程倒した3体の異形の鬼から噴き出た瘴気の煙が空中に留まっていた。普段ならとっくに消え去っている筈である。


 暫く様子を伺っていると、渦を巻いて不気味な巨木に吸い込まれていった。


 瘴気を吸い込んだ巨木は、ドス黒く変色する。


「さあ、始めようか」


 クククと嗤う不気味な声が大気を震わせた。


 巨木の枝がグネグネと蠢き始める。


「うわー…」


 サクラはゲンナリした。かなり気持ち悪い見た目である。


「お前が炎王かよ。やけに呆気ないと思ったよ」


 ムサシは「ふー」と落胆した。


   ***


 ムサシは瞬時に駆け出した。トリナの魔法壁はまだ健在である。一気に炎王に詰め寄って行った。


 ムサシは刀身に再び雷撃を纏う。


「一気に決める!」


 根元に辿り着いたムサシは炎王に剣を突き刺した。しかし表面が予想以上に硬く、剣が浅くしか刺さらなかった。雷撃が炎王の表面を迸っていく。


「ムサシさま、上です!」


 トリナの声が響いた。


 グネグネと蠢いていた木の枝がムサシに狙いを定めたかのように、枝先を一斉にムサシに向けた。


 ムサシは炎王から剣を引き抜くと、その場から退避した。しかし、その枝先はムサシの居場所を捉え続けているように感じた。


「まさか…」


 ムサシは嫌な予感に襲われた。


 同時に、無数の枝先がムサシに振り下ろされた。あまりのスピードに、ムサシは反応が一瞬遅れた。


 ガガガと炎王の攻撃を受け止めたトリナの魔法壁が、呆気なく砕け散った。


 その僅かな時間で、ムサシはなんとか回避に成功する。


 炎王の枝先は、今までムサシがいた場所にドドドと突き刺さっていく。爆煙のような土煙を噴き上げながら、ムサシの目前に巨大なクレーターが出来上がっていた。


 ムサシは動揺を隠しきれない。それから炎王を見上げた。大きく広がる枝先を見て、自分だけを狙っていた訳でないことに気付く。


 ムサシは後ろに振り返った。


 枝先の集中線上にトリナの姿を確認する。


 炎王の攻撃の威力に、トリナの魔法壁は耐え切れない。果たしてトリナの足で、炎王の攻撃を回避することは出来るのだろうか?


 ムサシは顔面蒼白になった。


「トリナー!」


 ムサシは駆け出した。心が凍てつく感覚に襲われる。


 しかし無慈悲にも無数の枝先がトリナに向けて振り下ろされた。


 次の瞬間、何かが煌めいたかと思うと全ての枝先が斬り裂かれ消滅した。


 ムサシには何が起きたのか理解が出来なかった。


「トリナ、無事か?」


「ええ、サクラが守ってくれたの」


「サクラが…」


 ムサシはサクラの方に向き直った。サクラは所在無さげに頬をポリポリと掻いている。


「助かった。恩にきる」


 ムサシは深々と頭を下げた。突然のことに、サクラは面食らった。


「いやいやいや!私の方こそ、何も出来ずにごめんなさい」


 サクラも頭を下げる。


「でもどうして炎王は、私たちの位置が分かったのかしら?」


 トリナは自分の魔法の効果が効いていないことに動揺している。


 その時、クククと炎王の嗤う声が聞こえた。


「言うたであろう。この世界の風も土も我の目や耳である、と」


 確かに風や土には、トリナたちへの敵意など存在しない。それ故に、その相手から姿を隠すことは出来ないということなのだろう。


 しかしトリナは、そんな分析など今まで一度もしたことは無かった。


 そうこうしているうちに、炎王の根元の瘴気が一段と濃くなり、サクラが消滅させた木の枝が再生し始めた。


「おいおい、それは卑怯だろう」


 ムサシは「ちっ!」と舌打ちしながら悪態をついた。


「ムサシさま、見てください!」


 トリナが巨木の根元を指差す。


 まるで融合しているかの様に、巨木の根元に次元の歪みが開いていた。そこから瘴気が溢れ出てくる。


「これじゃキリがない!」


 ムサシは「参ったな」と頭をバリバリと掻いた。


 こちらの位置がバレている以上、迂闊にトリナのそばを離れられない。


 トリナをサクラに任せたとしても、ムサシひとりで炎王を倒すことは不可能に近い。


 三人一丸となって少しずつ攻め込むとして、無尽蔵に近い炎王の本体を消滅させるまで自分たちの体力が保つのか甚だ疑問である。


 この状況を切り抜ける打開策を、ムサシには導きだすことが出来なかった。


   ***


 ライセどの。


 不意に呼ばれて、ライセはキョロキョロした。まるで老人のような声だ。しかし、辺りに何の気配も感じない。


 サクラたちにも、特に反応は見られない。この声は自分にしか聞こえてないらしい。


(誰だ?)


 わしは、この世界を守護していた神木の成れの果てじゃ。今や瘴気に侵された体は、彼奴に奪われてしもうておる。


(神木?)


 ライセは炎王をチラリと見る。あの巨木が、元ご神木ということらしい。


 わしは今や、この世界の摂理から弾かれた存在じゃが、同じような存在であるライセどのにだけ、わしの声を届けることが出来るのじゃ。


 神木の話はこうであった。


 どれ程昔のことになるのか、神木の根元に次元の歪みが突然開いたこと。そこから溢れ出る瘴気に徐々に侵されていったこと。


 とうとう神木の隅々まで瘴気が行き渡り、乗っ取られてしまったこと。


 最後の抵抗として次元の歪みに封印をかけ、この世界に一定濃度以上の瘴気が流れ込まないようにしたこと。


 消滅の寸前に、自身の神通力のほんの一部を木ノ実として神木の天辺に残してきたこと、である。


(木ノ実?)


 ライセは炎王の天辺に目を凝らした。確かに、桃色の小さな実がなっている。


 あの木ノ実を破壊し、わしの神通力を解放してくだされ。ホンの僅かな時間じゃが、彼奴の動きを封じてみせよう。その隙に、どうか彼奴を…


 声が徐々に遠のいていった。


   ***


「どうした、来ぬのか?もっと我を愉しませておくれ」


 炎王がクククと嗤った。


「うるさい!ちょっと待ってろ」


 ムサシが吐き棄てるように応えた。


「よいぞ。待つのも余興の一環である」


 炎王の余裕の声がムサシの神経を逆撫でするが、時間を貰えるのは有り難い状況であった。


「魔法壁の補助は受けられないが、トリナには後方に退いてもらい、俺とサクラで一気に特攻するしかない」


 ムサシの導き出した唯一の作戦に、トリナが異を唱えた。


「嫌です。私も一緒に戦います」


「駄目だ!トリナが狙われたときに対処出来ない。お前を失う恐怖を抱えたまま俺は戦えない」


 ムサシの言葉にサクラは驚いた。自分の知る限り、初めて聞いたムサシの弱音であった。


「それは私も同じです!こんな窮地にあなたを残して、私だけ逃げることなんて出来ない」


 これは平行線だ。


 サクラは助けを求めるようにライセを見た。当のライセはこちらの様子に構いもせず、腕を組んで何かを思案しているようであった。


「ライセ、何か考えがあるの?」

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