第19話 ホストが病んでいるらしい。


「やっっっ…………とまともな休みですよ!神田さんと山口さんに飲みに誘われたんですけど、相川さんも一緒に行きましょうよ!」



鬼の業務から解放され、ハイになった月島さんが声をかけて来た。目の下にクマはあるものの、やはりイケメンな好青年だと実感する。俺がヨレヨレなのに対し、彼は疲れが滲んでいるもののまだ動きも軽やかだ。コミュ力が高いため、すっかりうちの会社のメンバーにも馴染んで仲良くなっている。いいことだ。



今は納品を終えたばかりの、金曜日の20時過ぎである。今日は絶対にこれ以上残業はしない、と皆で決めて、死ぬ気で最後の山場を越えた。チーム一丸となって仕事を終えた瞬間の達成感はなにものにも代え難く、今後も忙しい日々は続くだろうが、とりあえずひと段落したし息抜きをしようという空気だった。



「行きたいのは山々なんですけど、俺は今日は遠慮しときますわ」



手刀を切りつつ手早く身支度を整えた。山口が、仕事後の一服を誘いに来る前に会社を出なくてはならないため、俺は急いでいるのだ。



「えー、残念です」

「次は絶対。また誘ってください」



約束ですよ!と言う月島さんに頷きながら手を振り、オフィスを出た。






タクシーを降りて時計を確認すると、すでに九時だった。慣れたもので、ためらいもなく目的のビルに入ってエレベーターに乗り込む。壁にもたれたらため息が出た。久々にマジで仕事頑張ったなー。ボーナスマジで期待できるなー。という、充足の吐息だ。



目当ての階に着くと、ひときわ豪勢なドアの前に歩いていき、取手に手をかける。出迎えてくれたのは見たことがないホストと夕陽くんだった。夕陽くんはひとりで突っ立っている俺を見るや、驚いた顔をした。



「あれ?優也さん!」

「夕陽くんひさしぶり。男一人で入れないのはわかってるんだけど、奇跡的に入れてもらえたりしないかと思って来てしまった。ちなみに後ほど哀子も来ます」



哀子という名前に反応したわけでもないだろうが、夕陽くんはいともあっさりと承諾した。



「優也さんは何回も来てくれてるし問題ないと思いますよ。店側には僕から言っておくので、入ってください」

「神か……?本当にありがとう。VIPルームでスバル指名で。哀子が来たら夕陽くんも指名で」

「わあ、なんか逆にすみません……!そのメンバーならもはや外で飲んでもいいくらいなのに」

「事態は急を要するからな。いいんだ。頼みます」



男ひとりで案内される俺は他の客から好奇の目で見られるんじゃないかと思ったが、店に来ている女の子たちに周りを見ている暇はないらしい。隣に座るホストに夢中なのだ。俺はキラキラしたレースのカーテンをくぐり抜け、夕陽くんに促されるまま、VIPルームのふかふかした椅子に腰掛けてスバルを待った。



……こんな場所に一人きりで、かなり居心地が悪い。でも仕方がない。



自分にそう言い聞かせていたら、カーテンが揺れて、ひょっこりとスバルが顔を覗かせた。目が合った瞬間、付き合っているとは思えないほどのウブさでスバルの顔が真っ赤になった。



「おう」

「…………っ!!!!!」



次の瞬間には抱きつかれていた。こいつの特技、瞬間移動である。のしかかると言ってもよかったかもしれない。あまりの勢いに俺はソファに倒れ込んだ。



「オイ、激しい、激しいって」

「優也、なんでいるの!?」

「夕陽くんに聞かなかったのか?」

「なにも。VIPルームで指名ですってしか言われなかった。まさかいると思わなかったから…僕…!」

「あとで哀子も来るけど、先に来たんだよ。仕事やっとひと段落したからさ」

「なんで先に?なんでVIPルーム?」

「それを聞くのか?この状況を見てわからないのか?」

「わ、わか……る」



俺はスバルごと身体を起こし、両腕を背中にまわして抱きしめてみた。枯渇していた何かが潤っていく感覚があった。あー、俺、思ってる以上に今、癒されているのかもしれない。

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