第17話 ホストが病んでいるらしい。
春が終わりに近づいている。もう初夏と言ってもいいのだろうか。暦はよくわからないが、太陽が嫌に輝いているこの頃、俺はというと激務に追われていた。
ちょうどスバルが泊まりに来た直後から仕事が忙しくなって、あれ以降ろくに会えていない。それが俺はまあまあ不満なのだ。とは言っても、断じて寂しいとかではないが。
「どうしてここ、デザインこのままで行っちゃったんだ?先方からは変える指示が出てたよな?」
「はい、あの……資料をきちんと確認したつもりが、見落としてしまってたみたいなんです。本当にすみません」
俺の目の前では今、社員の女の子が恐縮そうに俯いている。別に責めたいわけではないのだが、仕事において他人になにかを指導するというのは非常に難しい。俺はわりと早めに出世してしまったこともあり、年上の部下なんかも少しはいるから、こういう場面になると社会人って大変だなといつも実感する。この子は年下の部下だから幾分話しやすいので、気が楽ではあった。
「いや、怒ってるわけじゃないんだ。次、どうしたら同じことを防げるか、あとで一緒に振り返ろうと思ってるから心配しなくて大丈夫。とりあえず今は原因を確認したかっただけだからさ、あんまり落ち込みすぎるんじゃないぞ」
「相川さん、ほんとに、ほんとに、申し訳ないです……」
「なんでそんなに謝るんだよ」
「だって、先方に謝罪するのって相川さんじゃないですか。ミスしたのは私なのに……しかもこの忙しい時期に迷惑かけちゃって……」
つついたら泣き出してしまいそうな勢いだ。深く反省しているのが態度で充分伝わってくる。
「そんなこと気にしなくていいんだよ。部下が失敗したときに謝るのが俺の仕事なんだから。次に活かせばオールオッケーだ」
だから早く仕事に戻りな、と促すと、頭を下げてやっと去って行った。
よしよし、煙草でも吸いに行って残りの仕事を片付けるか、と思ったところで、入れ替わるように背後から声をかけられた。
「相川さんって若いのに、すごくいい上司ですよね」
振り返ると、一ヶ月前から一緒に仕事をしている月島さんがそこに立っている。年は俺の二つ下で、大学を出てすぐに南支社に入社した若者だ。後輩のさわやかなボーイ山口をしのぐほどのさわやかっぷりで、この会社に来てから女子の視線を独占しまくっている。
「いやあ、どこが。お恥ずかしいですよ、変な説教してるとこ見られて」
「本音ですよ。正直、南には相川さんみたいなチーフっていなかったんで、すごいなあっていつも思ってます」
「褒めても昼飯くらいしか出ないっすけどね」
「やったあ。ラーメン連れてってくださいよ」
月島さんが人懐っこい笑みを浮かべて小さくガッツポーズし、俺は笑った。忙しくはあるが、最近の仕事の楽しさは異常だ。ここが頑張りどころだと思っている。
スバルは相変わらず日に何度か連絡をよこす。なるべく返すようにはしているが、電話をする暇がないので声を聞けていないのが気がかりだった。
あいつはどんな毎日を過ごしているだろう。
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