第113話 変化(2)

 佐伯と別れ、車に乗り込むと歩に連絡を取るべくスマホのマナーモードを解除する。ホーム画面に表示されたメッセージに気がつき画面を開くと送り主は母親からのもので、それだけで忘れていた頭痛の種が舞い戻った気分になった。


「ったく、もう。なんなのよ……」


 気乗りしないながらも『年末に彼氏を連れてくる』とメッセージを送ってからというもの、連日の様に母親から連絡が来る。「仕事が忙しいから」と平日の電話は無視していたのだが、送られてくるメッセージから察するに向こうの我慢はどうやら限界に近いらしい。仕方なく通話をタップすると、2コール過ぎないうちに繋がった。


「もしも……」

『やっと繋がったわね! 何度も電話してってメッセージ入れてたでしょう』


『本当にもう、あんたは昔から』とそのまま説教が始まりそうな気配に軽く苛立ちながら話を続ける。


「母さん、あたし事務所に戻る途中なの。

 用件なら早くお願い」

『あら! 今日、日曜なのに仕事だったの?

 春海の職場って休みがちゃんとあるの? そういえば……』

「ちゃんと代休あるから心配要らないわよ。

 それで?」

『ええと、何だったかしら……あ、そうそう! いえね、あんたの彼氏さん。料理に苦手な物とかアレルギーとかあるか聞きたかったの』

「ちょっと待って!

 あたし、お茶飲んで帰るだけって言ったわよね」

『何言ってるのよ。折角挨拶に来られるのにもてなさない訳にはいかないじゃない』


 電話口から聞こえる母親の浮き足だった口調に不安を感じ、スマホを握り直す。


「母さん、言っておくけど挨拶って結婚するって意味じゃないからね」

『え? 結婚の挨拶じゃないの!?』

「違うわよ」

『何だ、そうなの~』


 やはり勘違いされていたことに頭を抱えつつきっぱり否定すれば、電話の向こうでも落胆した声が返ってくる。それほど娘を結婚させたいのかとげんなりしていると、気を取り直したらしい母親の明るい声が聞こえてきた。


『まあ、とにかく!

 将来の家族になるかもしれない人なんだから、ゆっくりするつもりで帰ってらっしゃい。何だったら一晩泊まっても構わないわよ。

 その方が蓮と航も喜ぶだろうし』

「あ~、その選択肢は無いかな……」


 エネルギーの塊のような二人の甥っ子の顔を思い浮かべながら、思わず顔をしかめる。あの子たちに捕まってしまえば身体を休めるつもりが、気の休まる暇さえないのだから。


 なおもあれこれと話したがる母親に「後でメッセージ送るから」と会話を打ち切ると、スマホをバックに入れてエンジンを掛ける。このまま自宅に戻るつもりだったが素直に帰る気にもなれず、ドライブも兼ねて行き先を決めないまま走り出した。



 流れる街並みを眺めながら、ふと『家族になるかもしれない人』という母親の言葉を思い出した。もし圭人と結婚するのなら家族に圭人が加わることになる訳で、自分たちに圭人が加わった姿を思い浮かべる。

父、母、兄、義姉、甥っ子たち、自分に、そして圭人。


「……」


 兄夫婦は実家のすぐそばに住んでおり、帰省するなら兄と義姉も当然同席するだろう。話好きな母親と穏やかな義姉はともかく、寡黙な父や兄と圭人は上手く打ち解けられるのだろうか。

圭人は二人からどんな印象を受け、そしてどんな印象を与えるのだろう。



 その場を想像しただけで気分はますます重くなり、考えまいとすればするほど思考は深みに嵌まっていく。


「…………帰りたくないなぁ」


 本音の混じった深いため息をついて未来を払拭するように軽く首を振るとスピードを上げた。

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