第63話 HANAの昼下がり (1)

 郁恵から連絡があったのは春海と夕食を共にした日の夜で、中間試験で学校が早く終わる水曜日に友人と二人で『HANA』に来るらしい。打ち上げ以後連絡は時折取っていたものの、ようやく約束を果たせそうで安心する。



「いらっしゃいませ」

「こんにちは」


 普段店内では見慣れない制服姿が恐る恐るというようにドアベルの音を鳴らし、いち早く出迎えた歩に郁恵が明るく笑う。


「お久しぶりです、歩さん!

 あれ? 何だかすっごく雰囲気変わってる!」

「えっと、髪切ったからかな」

「本当だ、可愛い~!」

「ははは……とりあえず、テーブル席にどうぞ」


 一応郁恵より年上のはずなのに、まるで子供を誉めるような賛辞に困りなからも案内するとカウンターで花江が笑っていた。



「こんにちは~」

「いらっしゃいませ」


 すっかり馴染んだ明るい声を出迎えると、どうやら今日は春海が一人らしい。


「こんにちは。

今日はお一人ですか?」

「そう。

 皆都合が悪くて今日は久しぶりの一人」

「そうなんですね」


 お昼のピークは過ぎているものの、店内のテーブル席には三人の女性客が談笑しながら料理を待っている。調理に取りかかる前に郁恵たちの注文を受けようと、お冷やのグラスを持ってきた歩が隣り合って座っている二人に目を丸くした。


「ええと……向い合わせじゃなくて良いの?」

「はい。この方がゆっくり話せるんです。「ねぇ~」」

「そうなんだ……」


 タイミングを揃えたかのように顔を合わせて返事をする二人に戸惑いながら注文を受け、カウンターに戻る。ふと、郁恵達を見ると顔を寄せて何かささやきあう度くすくす笑い合っており、まるで恋人同士のような雰囲気に呆気にとられた。


「ねぇ、花ちゃん」


 伝票をマグネットで挟みながら小さな声で呼び掛けると、調理中の花江が視線だけで答える。


「……女子高生って、ああいう事するのが普通なの?」


 歩の視線の先にある背中合わせで座る二人組を見た花江が目を細める。


「あれくらい珍しくはないわよ。

 ねえ、春海?」


「えっ!? そうなの!?」


 思わずあげた声が郁恵達に気づかれないかと慌てて小声になると、歩のやり取りが聞こえていたらしい春海が笑いながら同意する。


「私の頃もあんな感じの女の子はいたし、男の子だってハグしたりじゃれ合ったりしてたわよ。なんだか若いわよねぇ」

「そ、そうなんですね」

「歩もつい最近まで女子高生やってたんでしょう? クラスでもそういうのってなかった?」

「!」


「歩。これ出来たわよ。

 1番テーブルに持って行ってね」

「は、はい」


 言葉に詰まった歩の会話をさりげなく遮ってくれた花江に感謝しつつ盛り付けられた煮込みハンバーグを三人分運んだ後、改めて郁恵たちのテーブルに向かうと待ちわびた表情の二人の前に並べる。


「お待たせしました」

「きゃ~! 歩さん! 歩さん!

 写真撮って良いですか?」

「あ、うん」


 いそいそと取り出したスマホを料理にかざし、次に顔を並べてツーショットを撮る。そんな二人の勢いにたじろぎながら、少しだけその仲の良さを羨ましく思った。




「これ、来てくれたお礼。

 ごめんね、折角来てもらったのに相手出来なくて」

「ありがとうございます!

全然良いですよ。お仕事中なの分かってますし」


 三人組の客が会計を済ませ、春海と郁恵達だけになった頃を見計らって歩が作ったガトーショコラとカフェオレを運んでいくと二人とも大喜びで受け取ってくれた。リアクションは大きいものの騒ぐわけでもなく純粋に食事を楽しんでいる姿は、見ていて素直に嬉しい。春海がいるもののようやく一段落ついた店内にほっとしながら、トレイを片手に郁恵に話しかける。


「郁恵ちゃん達の高校ってこの近く?」

「はい、中央高校です」

「ごめん。

私、出身がここじゃなくて……」

「そうなんですか? 北市の中央町にあるんです」

「うわ! 結構遠いんだね。バス通学?」

「はい」

「毎日大変じゃない?」

「まあ、最初は大変だったけど、もう慣れましたから……」


 郁恵が友人と顔を合わせて照れたように笑う、その言葉とは裏腹に学校生活を充実している様な表情が印象的だった。


 ◇


「ご馳走様でした~!

 また来ますね!」

「こちらこそ、ありがとうございました。

 気をつけて帰ってね」

「はーい」


 丁寧な挨拶に思わず笑いながら頭を下げながら、たまにはこんな可愛いお客様が来てくれるのも悪くないと思う。


「料理、気に入ってくれた?」

「は、はい! 凄く美味しかったです!」

「それなら良かったわ。また来てね」

「ありがとうございます」


 珍しく後ろから花江が声をかけ送り出してくれると、急に緊張したように言葉が改まるのがおかしい。手を振って出ていった郁恵達を見送ると穏やかな空を眺める。


 ランチタイムは残り五分で終了だ。残っている客は春海が一人だが少し早めに切り上げても良いだろうと『CLOSE』のプレートを掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る