第61話 土曜日午後の二人 (5)
普段滅多に使わない自宅用のインターフォンが鳴り、手の離せない歩の代わりに「はーい」と玄関に向かった花江がやがてぱたぱたと足音をさせて戻ってきた。
「こんばんは、歩」
「こ、こんばんは」
歩を『HANA』に送り届けた後、一度自宅に戻った春海は着替えてきたらしくいつもよりラフな服装と軽めのメイクでキッチンに顔をのぞかせた。
「ご飯お呼ばれに来ちゃった。
これ差し入れのジュースとプリンなんだけど、冷蔵庫借りて良いかしら」
「あ、はい。
ありがとうございます」
タオルで手を拭き、ビニール袋と菓子箱を受け取ってから冷蔵庫にスペースを作る。
「入らなかったら、箱から出して良いわよ」
「えっと……はい、大丈夫です」
箱を潰さないようしまえた事にほっとして立ち上がると、花江が春海の横から顔を出した。
「どうかした? 歩」
「ううん。春海さんから差し入れもらったから冷蔵庫に入れてたの」
「あら、気が利くわね。春海」
「そうでしょう? 誉めて良いのよ~」
「偉い偉い」
軽口を叩きながらリビングに移動した春海がテーブルの料理を見て目を輝かせる。
「うわ!すっごいご馳走じゃない!」
「ふふ。
そう思うなら、たくさん食べてあげて」
「食べる食べる!
良かった~、お腹減らしてきて」
「春海、お酒はどうする?
一応酎ハイとビールならあるけど」
「あ~、どうしよう。
今日は止めとくわ」
「そう」
苦渋の決断をしたような声が、それでも直ぐに明るくなっていそいそとテーブルに向かった。普段は二人で囲むテーブルに今日は春海が加わることで少しだけ座る位置がずれて、目の前の光景が違って見える。
「「いただきます」」
「いただきます」
テーブルには炊き込みご飯、唐揚げ、魚の照り焼き、ごま和え、ピクルス、卵焼き、シーザーサラダ、きんぴらごぼうと統一感のないメニューが並んでおり、春海が早速卵焼きを取った。平皿に切り分けられている卵焼きは店で出す時より少し大きめに作ってあり、嬉しそうに頬張る姿につい視線が吸い寄せられる。
「!」
顔を上げた春海と目が合い、誤魔化すように箸を動かす。一通り料理に箸を伸ばした春海が再び卵焼きに戻ってきたタイミングで花江がさりげなく感想を求めた。
「春海、聞くまでもないと思うけど、味はどう?」
「すっごく美味しい!」
「そう。良かったわね、歩」
「!?」
あっさり真相を暴露した花江に目を白黒させながら慌ててご飯を飲み込むと、目の前では春海が驚いた表情を浮かべていた。
「え、歩が作ったの?」
「はい」
「家での食事は歩が担当なのよ」
「確かに普段の味と少し違うなって思ってたけど……もしかして、これ全部!?
そんな時間あったの?」
「えっと、下拵えだけ先に済ませていたので、帰ってきてから作ったんです」
「はぁ~」
感心したようなため息の後、はっとしたように春海が歩を睨んだ。
「歩!
あんたあの時わざと黙ってたわね!」
春海にリクエストを聞いた時の事に違いなくて、悔しそうなその表情に思わず笑い出してしまった。
「あはは。
だって誰が作るなんて聞かれなかったですから」
「ったく。
この確信犯め」
笑顔で返した春海が食事を再開したことにほっとすると、隣の花江が目を丸くしてこちらを見ているのに気づいた。
「どうしたの、花ちゃん?」
「……え?
あ! 何でもないわ」
そのまま食べ始めた花江を一瞬不思議に思ったものの、再び意識は目の前の春海に移っていった。
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