千羽鶴

一俵七分五厘

千羽鶴

 千羽鶴を作った。が、しかし生憎僕は几帳面な人間ではないので、実際のところは二百羽程度だ。調べてみたら千羽とはたくさんという意味らしいのでこれでも効果はあるだろう。それに、もっとも肝心なのは想いである。

 渡す相手は星野さんという高校からの女友達で、現在町の西にある立前病院に入院している。病状のことは何度聞いても教えてくれないので諦めた。潔いのがいい男というものだ、多分。

 千羽鶴を抱えて自転車を漕ぐ訳には行かないので、何やらニヤニヤしている母親に車で送迎してもらう。お見舞いに行き始めてからもう二年になるというのに、未だに異性のお見舞いに行くことをこうして煽ってくるのである。しかし僕はもう周囲にひやかされて赤面する高校生ではない。どころかあと二ヶ月で夢の二十歳である。実家暮らしではあるが、なんというかこう、解放感のようなものを感じる。

「そういうわけだ、ニヤニヤすんな」

「はいはい」

 母はそうあしらうと、少し厳しい口調に変えて言った。

「で、自動車免許はいつ取れるのよ。何回落ちるの?」

「…………次回は、必ず」

 ……少し赤面したかもしれない。




「ほれ見ろ、この努力と想いの塊を」

「わあ千羽鶴。意外と小さい」

「うるさい、千羽も作る余裕が無いんだ」

「どうせ五分の一くらいで妥協したんでしょ」

「千羽鶴の千羽とはたくさんという意味だから、何も間違っちゃいないぞ」

「そもそもなんで鶴なの?」

「調べてないが、まあ鶴は縁起のいいものだし」

「ふーん」

 五階の個室、あらゆる物が白い。

 星野さんは相変わらず腕に点滴を刺したまま、ベッドの縁に座ってこちらを見ている。その恐ろしく白い肌は病室に馴染んでしまっているようで、少し気に入らない。

 意外と重いこの塊を持っているのも辛くなってきたのでどこかに飾りたいのだが、どこにすべきか。掛けられるよう紐は持ってきている。

「窓際がいいな」

 星野さんがそう言うので、窓際にある棚の一番上から垂らすことにした。棚の壁に沿う形になるので不格好だが、まあいい。色合いにこだわって並べられた鶴がよく映える。

「うーん、なんかもっと縦に長い方が綺麗な気がする」

「こんな風に置くことを想定してなかったんだ。その意見は良くわかるが」

 僕は現在大学で絵画を専攻していて、星野さんも本当ならプロダクトデザインを専攻しているところだ。今は趣味で絵を書いたり、パソコンでデザインをしているとの事だが。

 人を描くのが得意な僕と、物を描くのが得意な星野さんは、高校一年生の時に意気投合してから、共に芸術系の職業へ就くことを目標としていた。

 それが、持病というやつのせいで、星野さんだけ邪魔をされているのだ。病気は無作為に人を苦しめる。何故星野さんが選ばれたのか、何度恨んだことか。

「なんで暗い顔してんのー」

「なんでもない」

 本人もきっと恨んでいるのだろうが、星野さんはそういう素振りは見せない。いつも嬉しそうに、優しく微笑んでいる。

 僕はいつも通りベッドの廊下側に置かれた一人用ソファに腰かけた。

 母親が買い物を終えて迎えに来るまで、約一時間ほど。いつもより少し短い。

 僕が黙りこくっていると、星野さんが口を開く。

「この前言ってたさ、課題の絵は描けたの?」

「いや……」

 無邪気な顔をして痛いところを突いてくる。先週出た課題なのだが、先日アイデアを求めて連絡したのである。

「はーあ、提出する前に見たかったのに」

 そんなことを言われてしまうと、非常に申し訳なくなる。急いで描いてできたら持ってくる、というのも不可能ではないが……。

「そもそも結局題材は何にしたの?」

「あー、それは」

「私だろ、おい」

「なんでわかるんだよ」

 星野さんは口を尖らせてブーブーと言っている。アニメやらではよく見るが実際にしているのを見たことがあるのははこの人だけである。

「なんで言ってくんないのさー。モデルぐらいこなすってば」

「いや、だってなんか恥ずかしいだろ。それにそのまま写実的に描くわけじゃないし」

「私はねえ、一回君に描いてもらいたいのですよ」

 ううむ、この人は本当に弱いところを突いてくる。逆らえないではないか。まあ、僕も星野さんのことは描いてみたいが。

 僕がいつも逆らえなくなって顔を逸らすと、星野さんは楽しそうに笑うのである。そのやり取りが楽しくて、もっと身近にいてくれたらと思う。

「大学は楽しいですか」

「何度聞くんだ。もう二年生だぞ」

 華の一年間を終え、すっかり生活に慣れたのに課題は増えた。教授、許せん。

 しかし、友人との会話やサークルの会合に参加しているとき、どこかすっきりしない感覚になるのも確かである。

「何かが足りないというか、満足しきれないんだ」

 そう、欠けているのである。

「君がいないと」

 思わず口に出てしまった。本日二回目の赤面が訪れる。逸れる眼を抑えて星野さんの方を見ると、嬉しそうに笑っていた。僥倖というものである。

 ほんの少しの静寂の後、星野さんは視線を僕から外し、窓の方を向いた。風が吹いて、千羽鶴が少し揺れる。

「これが全部飛んだら、凄く綺麗だろうね」

 そう言う星野さんの顔は見えない。

「飛んじゃったら、効果が無くなっちゃうかもしれないだろ。治るまで飾っておくもんだ」

 僕がそう言うと、星野さんはこちらを向いてニコッと笑った。

 いつかその笑顔を、もっと華やかな場所を背景に、絵に描きたいと思った。

 千羽鶴の横で静かに揺れるカーテンを彼女は眺めて、僕の心は揺れた。

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