月の谷間にて (1)
襲ってくる気なら、そのまま来られたはずだ。だが、やがて日が落ちることを感得したのか、彼は残る生身の獲物へ急に興味をなくしたかのように、そのままツイと
九死に一生を得たウルラたち崖上の生き残りは、集合した敵の群れが一斉に視界の外に飛び去ると、無言のまま、四散したリリアの遺体から、彼女が所持していた
水はぬるんでおり、
ウルラは、ゆらゆらと水の浮力に我が身をまかせ、月を見上げながら考えていた。おかしなものだ。あれだけ信頼し、あれだけ愛したリリアが死ぬところを、あたしは目の前で見たのに・・・彼女があたしを眺める、どこかはにかんだような、悲惨な死の直前の、あの美しい顔を見たのに。
あたしは、全くかなしみを、覚えていない。
あのときは、しかたがない。あの忌まわしい虫が、回転翼を高速で廻しながら、空中で震えつつ、まだこちらを
だから、リリアの死をかなしんでいる暇なんてない。だが、こうして命をつなぎ、ぼりぼりと
なのに・・・あたしは。
ぜんぜん、かなしくない。
そんなことより、自分が助かったことがうれしい。理由はわからないけれど、奴がそのまま飛び去って行ったことがうれしい。一息つけたことがうれしい。また一夜の、ほんの一夜の命をつなげたことがうれしい。
ウルラは、そんな自分が信じられなかった。あえて言うなら、かなしくない自分が悲しかった。悲しかったけれど、しかし、それ以上にホッとしていた。リリアを愛していたけれど、自分が助かったことは、きっと、リリアが死ぬこと以上に大事なことだったのだ。
リリア、ごめん。
ウルラは、月に向かってつぶやいた。あの冴えないくすんだ月が、リリアのわけはないけれど。でも今は、月は美しくないほうがいい。リリアは綺麗でないほうがいい。
だって、あたしは、リリアが死んだのに、ぜんぜんかなしくなんてないんだから!
不意に、涙が溢れてきた。最初は目尻にじんわりとだったが、そのうち、とめどなく流れてきて、止まらなくなった。水は
ウルラの眼には、その小さな小さな波頭が、リリアからの別れのあいさつであるような気がした。自分で自分の身体を
きっと、リリアはまだこの近くにいる。人が死ねばどうなるのか、誰もあたしに教えてくれなかったけれど、たぶん、リリアはまだ近くにいる。そして、あたしに何かを言おうとしている。あたしはそれが、かつて信頼し合い、愛し合ったあたしに対する、たぶんあいさつなのだと思う。
そう思おう・・・きっと、そうだ。
リリアは、行ってしまった。永遠に、あたしの前から去ってしまった。
ウルラの身体の奥底からとめどもなく流れ出てきた涙が、そのまま褐色の頬をつたい、肩と乳房にすべり落ち、そしてせせらぎの中に
せせらぎって、いいな。
ウルラは思った。だって、いくら泣いても、いくら震えても、あたしはずっと、あの月から自分の涙を隠しておけるのだから。
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