164話 コウの過去 27


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「お主はこの場を頼む! 片付いたら街周辺に警戒を続けてくれ!」

「あいよ、任せな!」


 低い姿勢を保ち走りさる。それは、音をも置き去りにするほど速かった。




 ー 同時刻、森の中。


『……と言うのが、私の偉業です』

「そ、そうなんですか……」


 華奈の話す過去話に、功は素直に驚いた。


 華奈の“偉業”を簡単に要約すると、このようになる。

 神木として成長し、力をつけた華奈は、倭国中の木霊を指揮し、長い間環境を安定させる事に尽力していた。


 すると、ある日それを“神”が高く評価した。

 “神”の提案により、華奈は『土地神』へ昇格。更にその膨大な力を4分割して4人の土地神を創り出した。

 現在はその4人の土地神達が、東西南北に分かれてそれぞれの地域の環境を管理している。


『あなたと初めて会った時に“木霊のお殿様”と言ったのは、あくまで比喩表現です。まぁ、厳密に言えば少し違うかも知れませんが』

「……あの、質問いいですか?」


 “偉業”について少しの間考えていた功は、そのまま目線を変えずに話しかけた。


『ええ、いいですよ? なんでしょうか』

「話の中に出てきた神様って……どんな神様なんですか?」


 “神”が実在するということが、突然分かった。

 それと同時に、1つの期待とも不安とも取れる疑問がうまれる。


『……あのお方は、“倭国神様”です。この世界の中にこの陸を創り、国や文化を築かれました』

「倭国神様……それが名前の全てですか?」

『はい。倭国神様、です』


 聞いたこともない名前だ。

 日本の神で言えば、〜ノミコトと言う名前をよく聞く。日本に限定しなければ、ゼウスやポセイドンなどもあるが……。


 倭国の神だから倭国神とは、かなりストレートな名前だ。しかし、御神木の木霊が言っているのだから、間違いはないのだろう。

 いや、この際名前は大した問題ではない。重要なのは先程抱いた疑問。


 自分の転生に、その神が関わっているのではないのだろうか。


「あの……」


 しかし、そのことを聞こうとしたその瞬間、風に乗って轟音が聞こえてきた。

 それも、じぶんが歩いてきた方向……つまり、街の方角から。


「え……今のって……」

『……』


 なんとも言えぬ胸騒ぎ。それに背を押されるように、急いで帰らなければ、と言う言葉が頭に浮かぶ。


「……すいません、華奈さん。俺、帰ります」

『……あ、あの! ちょっと待ってください!』


 しかし、帰ろうとそう言った途端、彼女の様子が変わり呼び止められた。


「なんですか?」 

『……もう少し、お話ししませんか? よろしければ、その4人のこともお話ししますよ』

「……」


 この時、功は華奈に対して2度目の不信感を抱いた。

 誰がどう見ても、彼女は自分のことを引き止めようとしている。どうやら、街へ帰って欲しくないようだ。


「華奈さん……なにか隠してませんか?」

『……』


 表情どころか顔も体もない光の球の華奈。しかし、彼女からは動揺している様子が伝わってきた。

 それに加え、今日突然呼び出されたこと。街の方角から聞こえた轟音。


 それらから推測できるのは、街で何かが起きていると言うことだ。


「教えてください。街でなにか起きてるんですか?」

『……ふぅ……』


 問い詰めると、華奈は小さくため息をつき、呟くように続けた。


『あれから、嘘が下手くそになりましたねぇ……』

「嘘……?」

『すみません。私が貴方を急に呼び出したのは、街から貴方を遠ざけるためです』

「……え……!?」


 その言葉で、街で何か起きているのではないか、と言う疑問は確信となった。それも、かなり悪い事が起きていると予想できる。


「……街でなにが起きているんですか?」

『今、あの街は妖怪に襲撃されています』

「え!?」


 あまりにすんなりとした返答に、思わず声を上げる。それと同時に、その内容に対して強い衝撃を受けた。

 反射的に街へ向かおうと向きを変えるが、再び華奈に呼び止められる。


『功さん、どこへいかれるのです?』

「……もちろん街へです」

『それはダメですよ』


 返答をするとほぼ同時に否定される。


『よく考えてみてください。貴方が妖怪に襲撃されている街へ向かったとして、何かできますか? 妖怪と戦えますか?』

「……っ……」


 足がピタリと止まる。動かそうにも、全く動かない。

 なんとか足を動かそうと言う意思に反して、脳裏はこの世界に来たばかりの時のことが浮かんだ。


 それは、河童に襲われた記憶。無意識のうちに、恐怖心で心拍数が上がる。 


『酷な言い方ですが、仮に貴方が街へ帰っても何もできませんよ。むしろ、貴方を守るために余計な人手が裂かれるかもしれません』

「……っ」


 悔しいが、彼女の言う通りだった。

 仮に妖怪の襲撃を受ける街に戻ったとしても、自分が死ぬか、もしくは自分を守るために誰か死ぬかもしれない。


 感情に任せて策もなしに街へ向かっても、メリットがなにもない事は十分に理解できた。


「……あれ……」


 だが、それとは別に1つの疑問が浮かぶ。

 それは、華奈はこの事を以前から知っていたのではないか、と言う疑問。


「華奈さん……」

『……なんですか?』

「華奈さんは、今日起きる事を知っていたんじゃないですか?」


 彼女は森で起きている事を、他の木霊から聞いて把握できると言っていた。

 ならば、妖怪の襲撃を事前に知る事ができたのではないか?


「どうなんですか……?」

『……ええ、貴方の言う通り、私は妖怪達かれらが彼らの郷さとから踏み出したその時から、それを把握していました。日にちにして10日ほど前ですね』

「……」


 それを聞いて唾を飲む。冷や汗が頬を伝って落ちた。


「そ……それなら、事前に俺に知らせてくれれば……」


 今の街がどのような状況かは分からない。事前に対策ができているのか……。

 いや、今日の昼間に感じた変化が妖怪の襲撃に関係しているのならば、全く対策できていないという事はないだろう。

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