151話 コウの過去 14



 ここに来て、自分の知らない文化に触れた。日本では考えられない、“茶髪が迫害される”というものだ。


 だからこそ、功の思いは変わらなかった。

 突然やってきた知らぬ場所の考えに合わせろ、と言うのはとても難しいもの。


 しかし、彼の彼女への思いが変わらなかったのは、その虐げられる存在に、自分は助けられたと言う事実があったからだ。


「……君ならば、そう言ってくれると、信じておったぞ」


 総一郎は安心したかのような笑顔で言うと、功の頭を撫でた。


「功君が来てまだ数日じゃが、それでもはっきりと分かるほど、美音の表情は明るくなった。以前は、無理に作ったような笑顔ばかりでのう」

「……そうだったんですか」

「そうじゃ。しかし、名乗りの時、食事の時、昨夜君とわしのことを語っておった時も、とても楽しそうじゃった」

「み……見てたんですか……」

「ほっほ、微笑ましかったのう」


 羞恥心を感じた。しかし、それと同時に1つのことに気がついた。


 昨日の夜。彼女が『ここのこと』と言いつつも『総一郎のこと』しか語らなかった理由。

 おそらく、彼女はあの家から外に出たことがないのだろう。


 当然な話だ。忌み嫌われた存在が、悠々と外など出歩けるはずもない。今日、功の誘いを断り家に残ったのも、それが原因だろう。


「……と、まぁ……わしが君を孤児院ではなく、家に置くのは美音のためじゃ。すまんのう、美音のことばかり話してしまった。もちろん君の身も案じてはおるよ」

「……はい、大丈夫です」


 しあし、これだけ話した事により、新たな疑問が生まれてしまった。 

 それは、なぜ忌み嫌われている存在を、彼は保護しているのか。と言う事だ。


「……総一郎さんは、どうなんですか?」

「む?」

「総一郎さんは、なんで美音ちゃんを家に置いているんですか? その……ダメと言う訳ではではないんですが、なぜ彼女を?」

「……ふむ……語っても良いが、子供に聞かせても良いのかのう……」

「大丈夫です。聞かせてください」


 功の中身は17歳の青年だ。たとえ精神的にきつい話だとしても、ある程度ならば耐えられるだろう。


「……分かった」


 総一郎はそう呟き、少し功から離れてから語り出した。


「あれは……わしがまだ、妖怪を狩る事に躍起になっていた頃じゃのう。まだ若く、経験も何もかもが未熟じゃった」

「……」

「そんな時、怪憑きの話が舞い込んできてなぁ。当時のわしは、周りの意見となんら変わらぬ考えを持っていた。物珍しさにそれを見に行ったのじゃよ」


 2人の居る浮島に風が吹く。それは、不穏な雰囲気を醸し出した。


「そこでは、大人の怪憑きが縛られておった。しかし、祟りを恐れてか、誰が斬るかで揉めておってな」


 一段と強い風が吹き、功の足元に落ちていた、土が付着し黒く変色した桜が巻き上げられる。


「わしは名乗り出て、其奴を斬った」


 舞い上がった徒桜あだざくらが、再び地へ落ちる。その先にいた総一郎の目が、こちらへ向いた。


「祟りを恐れぬ強者と評されはしたが、わしの手には、妖怪を切り伏せた時とはまったく別の感覚が残った。それが、人を斬った時の感触である事に気がつくまでは、そう時間はかからなかったよ」

「……」

「わしは思ったよ。もしかすると今、“人”を斬ったのかも知れぬとな。侍の中には、人を斬る事になんら躊躇無い者どもがおると聞いておったが、わしは違うと思っていた」

「っ……」

「それからのわしは、怪憑きが妖怪の仔であるとは思わなくなった」


 聞かされた彼の話しには、現実味があり、とてもでは無いが『全く関係の無い話し』とは、片付けられそうには無かった。


「そして、この小さな領地をお上からいただいた頃、美音と出会ってな。その時の目は、わしが斬る直前の怪憑きの男と、同じ目じゃった。わしは、あの子を斬り伏せるフリをして、我が家に匿ったんじゃ」

「……」

「こんなところじゃのう。……すまぬな。やはり、子に聞かせるべき話では無かったか」


 功の元へ歩み寄った総一郎が、表情を伺う。


「……いえ、大丈夫です」

「……そうか? ならば、良いんじゃが……」

「……はい。それより、早く帰りましょう。そろそろ昼食……昼餉です」

「む……そうじゃな。美音が待っとる」


 2人は御神木のある浮島を後にし、帰路を急いだ。来る時との違いといえば、功が総一郎の先を歩いている事だ。


 そんな彼へ、総一郎が話しかける。


「わしはの、功君には美音と仲良くして欲しいのじゃ。あの子も、友達が出来れば寂しくはなくなろう」

「はい。もちろんです」


 功の返事は力強く、どこか決心したかのような雰囲気を感じさせる。その後ろ姿を見て、総一郎は静かに笑い、安堵の表情を向けた。


 功は家へと続く階段を駆け上り、家に着くなり美音の名を呼ぶ。


「ただいま、美音ちゃん! どこだい?」


 すると、彼の左側の縁側から、美音が笑顔で駆け寄ってきた。


「おかえりなさい! どうしたの、何かあったの?」

「いや、特に何も無かったよ。それよりもさ、何かして遊ぶ? なんでも良いよ」

「え!? ほんと!」


 彼の表情を見た美音は首を傾げたが、その言葉にすぐに笑顔になった。そこへ、遅れて総一郎が到着した。


「これこれ2人共。落ち着きなさい」

「あ、おじいちゃんおかえり!」

「ああ、ただいま。……そうじゃな、昼餉の支度が出来たら呼ぶからの。手伝いはいいから、それまで2人で遊んでなさい」


 総一郎が微笑みそう言うと、美音はさらに嬉しそうに笑った。


「うん! そ、それじゃあ功君」

「うん。何をしようか」

「え、えっとね。えっとね……」


 子供2人分の楽しそうな声が聞こえる中、総一郎は食材を用意し、昼餉の支度を始めた。

 いつもよりも包丁を振る手は遅く、その支度が終わったのは、2人が遊び疲れた頃だった。

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