149話 コウの過去 12



 裕作と尊の2人と話しているうちに、総一郎がやって来て功へ声をかけた。なんでも、木刀を持てる門下生全員と相手をし終わったらしい。今日はこれで帰るそうだ。


「またね功君」

「入門したらよろしくね」

「……うん、またね」


 2人と別れ、総一郎と道場を後にする。総一郎には、何を話しているのかを訊かれた。


「……世間話ですかね」

「そうかそうか。それはこの街を知ることが出来る、大事な話じゃな」

「この街……」


 先程の2人の話を聞いて、1つ思ったことがある。

 総一郎は孤児院を作ったと聞いていた。その孤児院にはあの話から察するに、それなりに人がいると予想できる。


 そして、今の自分は疑う余地のない“孤児”だろう。


 であれば、自分も孤児院に入れられるのか。それ自体に文句を言える立場でも無いし、そもそも文句は無いのだが、少し寂しい気もする。


「……さっきの2人、総一郎さんが建てた孤児院に住んでるって、聞いたんですけど……」

「む、そうじゃな。あの子らは孤児院の子じゃ」

「……そうなると、俺も孤児院に行くことになるんですか?」


 すると、総一郎は少し考える様子を見せてから答えた。


「いや、それは無いのう。功君には是非とも、わしの家に居てもらいたいものじゃ」


 その返答に少し安心するも、新たな疑問も生まれた。

 特別扱い……とまではいかないだろうが、なぜ自分は孤児院ではなく、それを建てた本人の家に住むことになるのか。

 孤児院が、もう人を受け入れられないと言うのであれば、納得できるものの、そう言うわけでもなさそうだ。


「……それは嬉しいですが、なぜですか?」

「ふむ……そうじゃのう……美音みふねのため、と言えばいいのかのう」

「美音ちゃんのため……?」


 それは一体どういうことか。再び疑問を持った時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おや、ご領主様じゃないか。もう稽古は終わったのかい?」


 目を向けると、朝に立ち寄った八百屋が見えた。店番をしていた女性が、元気に手を振っている。


「ちょうど良い。少し見ておってくれ」


 そう言うと、総一郎は何事もなく八百屋の女性へ話しかけた。


「うむ、今日の稽古は軽めにしてのう。まぁ、数十人の相手をしてきたところじゃ」

「はは、まったくご領主様は言うことが違うねぇ。ほら、ご注文の品だよ」

「ほっほ、すまんのう。おや、少し猪肉がいつもより多いが……」

「肉屋がおまけしてくれたんだよ。……ま、全部でこんなもんかね」

「うむ、これでいいかの」

「……ああ、ぴったりだよ」


 女性が大根と猪肉の入った木の箱を渡し、その値段を指で表した。総一郎はその値段通りの支払いを済ます。


「……して、最近は平和なもんじゃのう」

「おや、それは鬼殺しの血が騒いでるのかい?」

「ほっほ、そんなんじゃないわい。ただ、妖怪どもが大人しいのは、おかしいじゃろ?」

「まぁそうだね。でも、平和に暮らせるならそれで良いってもんさ」


 すると、そんな世間話をしていた総一郎が、ちらりと功へ目を向けた。なにか、合図をするかの様に。


「……姿を見ぬと言えば、最近“怪憑き”の噂も聞かんのう」


 美音を思い出させる単語に、反応する功。

 しかし、そんな彼とは真逆に、女性は笑いながら答えた。


「はは、そうだね。もう生まれたその時に、殺されちまってるんじゃないかい? ま、それが世のため人のためってもんさ」

「……ぇ……」


 笑いながら言うその言葉は、本心からのものに聞こえる。それを感じ取った功は、声を上げずに驚愕した。全身からひや汗が吹き出してくる。


「……そうじゃのう。ふむ、そろそろ昼じゃしわしらは帰るか。ほれ、功君」

「……ぁ……」


 総一郎の言葉で、我に帰った。彼が延ばす手を握り、身を寄せる。


「それじゃ、また来るからの」

「ああ、いつでも待ってるよ。功君も、またね」

「……はい。飴、ありがとうございました」

「飴が減って助かったよ。それじゃあね、体に気をつけるんだよ」


 八百屋の女性と別れ、朝に来た道を引き返す。

 しかし、朝の様な見える景色への感動は一切感じない。功の頭の中は、今日のとある話題の会話でいっぱいだった。


 ここで、自分の常識が通用しない事は、なんとなく分かっていた。しかし、彼らの常識……いや、“ここ”での常識が、功に困惑を与える。


 ふと顔を上げると、道の先には長い階段。その階段の先には立派な門が見えた。総一郎の家だ。


「……?」


 しかし、家主である総一郎はそちらへ向かわず、道を曲がって別の方向へ歩き始めた。彼に手を握られている功も、方向を変える。


「あ、あの……」

「ちょっと君に、見てもらいたいものがあるからのう。そこで話そうぞ」


 彼に付いて歩くにつれ、人通りは減っていった。家も少なくなり、草木が増えていく。

 そして右は林、左は小川に挟まれた道へ出た。

 小川の向こうには田が広がり、稲の若葉が風になびいて、いつか見た海の波を彷彿とさせる。


 聞こえるのは、自然の織りなす心落ち着く音と、背後から微かに聞こえる街の賑やかな音だけ。そんな街の音は、次第に小さくなってゆく。


「……ん?」


 草木に阻まれた林の中に、古びた鳥居を見つけた。その鳥居からは石階段が林の奥へ続いている。

 ただ、遠目からでも分かるほど、石階段にはヒビが入っていた。鳥居からも分かる通り、かなり古い物のようだ。


「また手入れに来ないとのう……」


 そんな総一郎の呟きが聞こえたが、彼は歩みを止める事なく進んでいった。

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