97話 エルフ問題 3
「本当ですか!?」
「うん。あくまで予想だから、当たってるかは分からないけどね」
彼そう答え、さらに続けた。
「ブラック・ワイバーンのブレスを受けて、“生き残った”とは考えにくい。だから、“生き残った”のではなく、“生き返った”って仮定して考えてみた」
「えぇ!?」
「うん。だいぶぶっ飛んだ仮定だとは自覚してるよ。でも、ブラック・ワイバーンのブレスを受けたのなら、その方がまだ現実的かも知れない」
生き返ったなんて、そんなことあるのかな? それに、生き残るよりも生き返った方が現実的って……。
いや、思い返してみれば、あの威力を受けて生き残る方がおかしいか。
でも、本当にそんなことが?
そんな疑問を浮かべる俺に、彼は話した。
「おそらく君は、ブレスによって1度死んだ……“即死”したんだ。でも、御加護のおかげで生き返った」
「え……」
「『そく、む』に当てはまるように、言葉を考えてみたら、それにぴったりのを思いついた。“即死”を“無かったことにする”。つまり……」
全神経が彼に向き、あたりが静まり返ったかのように感じられる。彼の声が耳に届いた。
「『即死無効』だよ」
……多分、この時の俺は相当間抜けな顔をしていたと思う。そんなぶっ飛んだ単語を聞けば、誰でもそうなると思うけど。
「そ、そくしむこう?」
「即死無効。まぁ、相変わらずかなりぶっ飛んでるのは分かってる。でも、状況的にもそれが当てはまるんじゃないのかな」
「……うーん」
……たしかに、それが1番当てはまる、かなぁ……。生き残った……あのブレスを耐えるほどの防御力が、俺にあるとは思えないし……。
「その御加護をくれたのはテイル様なんだろう? なら、あり得なくはないんじゃないかな」
考えてみれば、テイルは“生命神”だ。この手の加護だったら、彼が扱えてもおかしくはないかも知れない。
「……そうかも知れない……」
「だろう? なんだか、テイル様は君のことをそうそう死なせようとはしていないみたいだね。羨ましいよ」
「そう……ですね。テイルだったら、あり得なくはないのかな……」
おっちょこちょいだけど、彼は何かと俺のことを気遣ってくれている。
この世界では死んでしまうような出来事が多い。これも、その気遣いなのだろう。
「よし、それじゃあ、謎も一応解決したし、今度は王都に来てもらうよ」
「え」
「さっきも言ったけど、ブラック・ワイバーンを倒したっていう報告をしなきゃいけないんだからね。まさか、忘れたのかい?」
あー……そういえば、そんなこと言ってたなぁ……。
「忘れてません……」
「良かった。ライナ達にブラック・ワイバーンの死骸を見せてくれれば、それでいいから」
王都へ向かう馬車一行は、特に何事もなく進んでいった。
ちなみに、あの後すぐにリティアさんを収納部屋から出した。何事もなく出せて、胸を撫で下ろした。内心ではドキドキしてたから……。
「疲れた……」
王都へ行き、ブラック・ワイバーンを倒したと言う報告を済ませた。
ようやく家に着いた時には、すでに日が暮れている。
「大丈夫……?」
リティアさんが、心配そうに声をかけてくる。彼女も無事ここまで来れた。
「はい、大丈夫です……あ、ここが私の家です」
「おっきいね……ミウちゃんってもしかして、偉い人の娘なの?」
「はい。両親は貴族なんです」
「そっそうだったんだ……」
「それじゃあ、家に入りましょう」
「う……うん……」
彼女は返事をしたものの、やはり不安そうだ。
「……大丈夫ですか?」
「あ……うん……ごめんね。やっぱりちょっと怖くて……」
俺は不安がる彼女に近づき、両手を握って笑顔を見せた。
「大丈夫です。私が付いていますから!」
彼女顔に明るさが徐々に戻り、頷いた。
「では、行きましょう」
彼女の手を引き、玄関の扉を開けた。
そこには、ほうきを持ったティカさんの姿が見える。
「その白髪はくはつはカイト様! ご無事だったのですね!」
「はい。ご心配をおかけしました」
ティカさんは安心したのか、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「ああ……ご無事で本当に……はっ! 私としたことが……少々お待ちください。旦那様と奥様をお呼びしてきます」
そう言い残し、彼女は廊下を走っていってしまった。
「ミウちゃん……今の人は?」
「今のはメイド長のティカさんです。今、両親を呼びに行きました」
彼女の走っていった方向に目を向け、続いて天井、壁、置物へと視線を移動させる。
見慣れた景色を眺めながら、改めて生きて帰ってきたことを実感した。
耳をすませばメイドの人達の会話声が聞こえてくる。どれも今までいた山岳では聞こえなかった音だ。
食堂も近いからか、皿を片付ける音や扉を閉める音、こっちに近づいてくる凄まじい足音も……ん?
「カイトォーーーーー!!!」
「わっぷぅ!?」
凄まじい勢いで走ってきたお母さんに抱きしめられた。
「ああ、良かった……本当に良かった……」
彼女はボロボロと涙を流して、俺を抱きすくめる。
「ブラック・ワイバーンが現れたって報告が来て……本当に心配したんだからね……こんなにボロボロになって……無事で良かった……」
彼女の体温を感じる内に、全ての緊張から解放されたかの様に体から力が抜けた。
それと同時に、胸のあたりがじんわりと暖かくなってくる。
「お……お母さん」
彼女の背中をポンポンと叩き、体を離す。
まっすぐ、彼女の目を見て言った。
「ただいま、お母さん」
「お帰り……カイト」
そこに、遅れてお父さんも駆け寄ってく来た。
「カイト! 無事で良かった!」
「お父さん!」
彼もこちらに駆け寄ってきたが、ピタリと足を止めた。
「カイト、その子は?」
彼の視線を追うと、そこにはリティアさんがいる。
いけない、すっかり忘れてた。
「ワイバーンの巣の中で助けたんだけど……」
彼女に近づき、ゆっくりと頭にかぶせていた布を取った。
「あら……珍しい子ね、黒い髪なんて……え……!?」
「っ!? その耳…」
2人とも彼女の正体に気がついた様だ。
「……なぜ、エルフを連れて帰ってきたのか、聞かせてくれるか?」
「うん……」
俺は彼女をワイバーンの巣で助けたこと、なぜ彼女があんなところにいたのかを説明した。
「……そういう事だったのね」
「エルフの忌み子、か……」
2人は考え込む様子を見せている。
「だから……リティアさんをエルフの国に返してあげられるまで、ここにいさせてあげたいの」
「……」
「……」
返事は聞こえない。
まさか、ダメなの……?
すると、リティアさんが不安そうな表情で俺の手を掴んできた。
「ミウちゃん……」
「だ、大丈夫です……信じてください」
再び2人に顔を向ける。だが、まだ結論に至った様な様子は見られない。
「お母さん、お父さん……ダメ……?」
もう1度尋ねると、2人はゆっくりと口を開いた。
「……いえ、ダメじゃないわ」
「そうだな。分かった、その子はこの家で保護しよう」
「……いいの?」
願っていた返答だが、聞き返してしまう。
「もちろんだ。息子が助けた命を親が見放すなんて、あってはならないからな」
その言葉を聞いて安心した。やはり、2人は俺の思っている通りの人だ。
「リティアさん、両親の許可を得ました。安心してください」
そう伝えると、彼女の表情が次第に明るくなっていった。
「あ……ありがとう……!」
彼女はポロポロと涙を流している。それほど不安だったのだろう。
すると、お母さんが近づいて耳打ちをしてきた。
「ねぇ、ずっと気になっていたんだけど、なんで女の子の姿になっているの?」
そうか、そういえば今は“ミウ”の姿だった。……ミフネさんにも言われたな。
「何か理由があるんだろうけれど、その子にはちゃんと本当の姿を見せているの? それとも、ずっとそのまま彼女と接するのかしら?」
……確かに、一緒に暮らすとなると、ずっとこのままの姿でいる訳にはいかないよな。
この際だ、彼女には早めに本当の事を伝えておこう。
「リティアさん、少し話があります」
「え……な、何……?」
「あ……! そ、そんなに心配しないでください」
何か重大な事と勘違いしたのか、リティアさんはまた不安そうな表情になり、慌ててそう伝えた。
「……?」
「その、私……いえ、僕って今女の子に見えますよね?」
「……? う、うん……」
こういうのってどう言えばいいのか分からない……。『実は男です』なんて言ったら、怒られるかも……。
いや、ずっと黙っている方が俺にとっては辛いと思う。ここで言っておこう。
「実は……僕は男なんです。今の女の子の姿は……魔法みたいなもので変えてるんです」
「……え?」
リティアさんは戸惑っている様だ。
突然こんな事を言われてしまったら無理もないだろう。
「え? ……え? 男の子なの?」
「……はい」
「……で、でも……女の子に……見えるよ?」
「それは……リティアさんを少しでも安心させてあげようと思って……男より女の方が少しは良いかなって……そう思って女の子の姿にしたんです」
「そ……そう、なんだ……」
彼女は呟く様に言うと、うつむいてしまった。
「嘘をついててごめんなさい。ただ、一緒に暮らす事を考えて、嘘をついたままではいけないと思って」
「……」
怒っているのだろうか。返事がない。
「……そっか、私に気を使ってくれてたんだね」
「……はい」
「うん……ありがとう。それじゃあ、ミウちゃんは男の子に戻るの? あ、ミウちゃんじゃなくてミウくん?」
「“ミウ”は女の子の時の名前で、本当はカイトって言うんです」
「カイト君……ね、わかった」
良かった……どうやら彼女は怒っていない様だ。
「それでは、元の姿に戻りますね」
身体操作の準備をして、元の姿を思い浮かべる。そして、無事元の“カイト”の姿に戻った。
「リティアさん、これが僕の元の姿……」
俺の言葉を遮る様に、何かがぶつかる様な音がした。
見ると、リティアさんが床に両膝をついている。
「……え!? ど、どうしたんですか!?」
「だ、大丈夫!?」
「何があった!?」
俺に続いてお母さんとお父さんも彼女に駆け寄った。
「ほ、本当に……? 本当に……?」
彼女は俺を見つめたまま、そう繰り返し呟いている。
そして……。
「う……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……」
突然、大粒の涙を流しながら泣き始めてしまった。
「ど、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
「うっ……ひぐっ……」
すると、彼女は涙を流しながらこちらを見て、そのまま俺に抱きついてきた。
「え!? ちょ、どうしたんですか!?」
「ごめんねぇ……ごめ……うあぁぁぁん……」
ど、どう言う事?
彼女の行動の意味がわからず、俺はただ困惑することしか出来なかった。
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