77話 ワイバーン討伐作戦 5



「……血痕はこの先に続いています」


 ブラッドベアーの血痕を辿り、しばらく歩いたところで大きな洞窟にたどり着いた。


 10メートルくらいのワイバーンでも、余裕で入れそうな洞窟だ。

 中からは血生臭い臭いが漂ってくる。おそらく捕まった生き物のものだろう。


「……でも、リーダー。明かりはどうするんですか? 松明なんて持ってきていません」


 俺達は最低限の装備しか持ってきていないから、松明どころか食料すら持っていないのだ。

 だが、俺にとっては明かりの確保など問題にすらならない。


「任せてください」


 右手の平を上にし、念じると小さな光の玉が手の上に出現した。その光の玉はふよふよと浮いたまま辺りを照らしている。


「カイト様……それは?」

「光魔法です。これを使って洞窟を進みましょう」


 俺が先頭に立ち、洞窟の中へと侵入した。

 光の玉をいくつか作り俺達の周りに配置して奥へと進む。

 洞窟の中はジメジメしていて、所々ぬかるんでいて歩きづらい。


 キノコが生えているのだが、それが足元を照らすように妖々しくぼんやりと光を放っている。


 なんとも不気味なところだ。


「……おかしい」


 後ろからそう聞こえた。振り向くと、イシュベルさんが顎に手を当て何やら考えている。

 その彼にクルツさんが話しかける。


「何がおかしいんだ? イシュベル」

「考えてみてください。ここはワイバーンの巣窟なんですよね? 何故、1匹もワイバーンがいないんでしょうか?」

「ふむ……」


 確かに。ここに来てからというもの、最初のワイバーンの影を最後に、姿どころか気配すら感じない。


 ……彼のいう通り、確かにおかしい。

 だけど……。


「確かに気になりますけど、無事にいられるのは良い事です」

「……その通りですね」


 これでその場は落ち着いたが、妙な胸騒ぎを覚えた。

 ここはワイバーンの貯蔵庫の可能性が高い。


 奴らは知能が高いと聞いていたから、見張りとまではいかずともこの中に1匹2匹いても、おかしくないと思っていたんだけどな……。


 ワイバーンがいないという事以外にも、おかしい点はある。ここに来た時から気になっていた。


「……」


 自分の足元へ目をやる。湿っていて、ドロドロだ。

 ここが本当に貯蔵庫ならば、まず環境がおかしい。こんな所に餌を貯めるものだろうか?

 たとえ知能が無い生物でも、本能的に避けると思う。


 それに、所々にあったぬかるんだ地面にも違和感を覚える。

 足跡がないからだ。今通ってきた俺達の足跡はついたのに、ワイバーンの足跡が1つもないだなんて普通におかしいだろう。


 いくら広い洞窟と言っても、飛んで進むなんて考えずらいし……。


 そう考えた時だった。

 何処からかすすり泣く声が聞こえてきたのだ。


「リーダー! 聞こえますか?」

「ああ、聞こえてるぞ……この先だ、急ごう」


 その声が聞こえる方へ足早に進んでいく。


「なんだ、ここは……?」


たどり着いたのは広い空間だった。

 洞窟の入り口で嗅いだ血生臭い臭いの元であろう肉片や、獣の骨が散乱している。


 道中で見た光るキノコが大量に生えており、その空間の中を照らしていた。


 しかし、そこにワイバーンの姿は無い。

 いたのはすすり泣く1人の少女と、血を流して倒れている男性だった。


「生存者です!」

「応急処置だ! 急げ!」


 その2人の元へ全員で駆けつけた。

 少女はこちらに気づき、びくりと反応したがすぐに寄りすがってきた。


「お願い! パパを助けて!」

「ええ、大丈夫よ。任せて」


 シアンさんへ駆け寄った少女を見て、ポルアさんが突然声を上げた。


「もしかして、シルちゃん!?」

「あ! ポルア姉ちゃん!」

「知り合いか?」

「は、はい。親戚の娘なんです」


 奇跡の再会だ。

 少女をポルアさんとシアンさんに任せ、残りの全員で男性を囲んだ。


「腹部からの出血が酷いです。それに……腕が……」


 男性は脈があるものの、腹部に大きな傷があり、左腕の肘から先が無くなっていた。

 かなり危険な状態だ。


「まずいな……手持ちの道具では……」

「じゃあ、僕に任せてください」


 一歩前に出て治癒魔法を使った。瞬く間に傷が治っていく。


「……しばらくすれば、眼を覚ますと思います」


 みんなが驚いているのは重々承知だ。だがもう今更、気にしても仕方がない。


「あの、リーダー。少しいいですか?」


 少女を任せていたシアンさんがこちらに話しかけてきた。


「あの少女にここに来た時の事を尋ねてみたんですか……その、状況がかなり変なんです」

「変……? 分かった。あの子をここに連れてきてくれ」

「分かりました」


 2人が少女を連れてくると、彼女は真っ先に男性にすがりついた。


「パパは!? 大丈夫!?」

「……大丈夫だよ。ちゃんと傷もふさがったからね」


 クルツさんが俺をチラ見しながら答えた。


「パパが助かって良かったね。……それでね、あなたにお願いがあるの」


 少女の肩に手を置いて、シアンさんが優しい口調で話しかける。


「あなたとパパがここに来た時の事、この人達にも教えてもらえないかしら?」

「……うん、分かった」


 肉片の少ない場所まで移動して少女を座らせる。そして、彼女は語り始めた。


「ここにはおっきい鳥みたいなのに連れてこられたの……村のみんなも、一緒に連れてこられてたよ……」


 鳥……ワイバーンのことだね。やはり、この少女はワイバーンに襲われた村の人間で間違い無いようだ。


「それで……みんな同じ洞窟の中に閉じ込められて……でも、みんなおっきい鳥みたいなのに連れていかれて……パパと私だけ残ったの」


それってつまり……。


「……なるほど、と言うことはやはり、ここが連れ去られた人達が集められた貯蔵庫であっているみたいだな」


すると、クルツさんの発言を少女はすぐに否定した。


「ううん、違うよ。村のみんながいたのはここじゃないよ」

「……え?」


 ここじゃ無い? どういう事?


「私とパパはね。さっきここに連れてこられたの。今まで見てきた中で1番おっきい鳥に」


 彼女の証言からすれば、貯蔵庫から連れていかれた人達は確実に喰われているだろう。

 しかし、彼女と父親は怪我をしているものの生きている。

 そして、ここにはキノコと肉片以外なにもいないのだ。何故彼女達はここに連れてこられたんだ?


「そしたらね。すぐにおっきい熊がここに連れてこられたの……パパは……その熊から私をかばってあんな怪我して……鳥がすぐにどこかに連れて行っちゃったけど……」

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