第65話 過去のお話
「昔々、とある一組の夫婦のもとに、一人の女の子が産まれました。しかしすぐに夫が死んでしまい、残された母親と娘は二人で生活していかなければなりませんでした。
母親は、自分の両親を頼ることができませんでした。なんせ妊娠がわかった途端、両親の反対を押し切って結婚し家出したのです。夫は孤児院出身だったので身寄りはいません。
それでも母と娘は幸せでした。
貧乏でも幸せでした。
そんな中、その娘は近所の公園で一人の男の子と出会いました。その男の子は誰かを演じることが大好きでした。
女の子はその男の子に救われていました。貧乏が故にいじめられていた彼女は、いつも独りぼっちだったからです。その女の子にとって、その男の子は初めてできた友達であり、それ以上でもありました。
男の子のキラキラした演技を見る日々は、その女の子の楽しみになっていました。そして、その女の子は彼が主人公の小説を書き始めたのです。私の書いた物語を彼に演じてもらいたい。つまり彼を私の自由に動かしたい。なるほど、よく考えるとこのころから奴隷にしたい欲求があったんですね。
しかし、その女の子は男の子と喧嘩をしてしまいます。男の子を傷つけてしまった。そう思ったその女の子はひどく落ち込みました。それもあって、その女の子は初めてお母さんとも喧嘩をしてしまいました。『もっと裕福な家に生まれたかった!』と家を飛び出しました。
その女の子を探している途中で、その子の母親は車に轢かれてしまいました。
女の子は自分のせいだと責めました。すぐにその母親の両親のもとに引き取られました。祖父母はとても裕福で、その女の子はなんでも好きなものを買い与えられ、なんでも好きなことをさせてもらえました。
ですが心は満たされません。なんでもできることより、貧乏だったころの方が彼女にとっては幸せでした。神戸牛のステーキよりもやし炒めなんです。喧嘩して以来会っていない男の子のことも気がかりでした。
そんな彼女に幸運がやってきます。一人暮らしを始めて親友と同じ高校に通ったところ、なんとあのときの男の子と再開することができました。しかし、その男の子はもう演じることをやめていたのです。
私があのとき不用意な言葉で傷つけてしまった。私はもう近づいてはいけない。幸いにも苗字が変わっていたので彼の方は気がついていなかった。彼にトラウマを呼び起こさせるだけだからと、彼女は自分の気持に蓋をします。
そんなとき、彼女に縁談の話がやってきます。おじい様は自分の娘への失敗と後悔から、孫娘には早いうちから正当な結婚相手を与えるべきだと考えたのです。それを聞かされた帆乃様は、悩みに悩みます。どうしても彼を、彼と結婚したいから――」
「もういいよ。わかったから。ってか帆乃様って言っちゃってるからな」
なるほど。苗字が変わっていたから気づかなかったのか。
吉良坂さんが小説を描き始めた理由は俺だったのか。
小さいころにひどいことを言ってしまった宮本さんに謝れていたから、あのとき心が少し楽になったのか。
「これは失敬。……ここまで聞いて、どうお思いですか?」
「どう、って、どうもこうもないよ。ただただ申しわけなかったなって。俺が演技をやめたのは吉良坂さんのせいじゃないから」
「だったらあなたはここに留まるべきではないのではないですか? 伝えたいことが生まれたのではないですか?」
「そんなのもう遅いんだよ。だって俺は彼女の望みを叶えられない。子供を作れない」
「いい加減にしろよ! ケツの穴から指ツッコんでアンアン言わせるぞてめぇ!」
いきなりのことで、俺はなにが起こったのか理解できなかった。
草飼さんが怒鳴った?
なにが起こったのかを理解した後も、ぽかんと草飼さんの怒りで歪んだ顔を見つめるだけ。
「すみません。かなり取り乱しました」
草飼さんは謝罪したものの、口元はまだ歪んだままだ。
「けれどあなたこそ、取り乱すべきなのではありませんか?」
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