第15話 作戦会議

「アニヒレートは現在、王都北の広野を北上中だ。その方角から、北部都市ダンゲルンに向かっていると見て間違いないだろう」


 神様は自分の目の前に映し出したメイン・システムの世界地図を見ながらそう言った。

 北部都市ダンゲルン。

 それはこのゲーム世界の舞台であるバルバーラ大陸の北部に位置する街の名前だ。

 北部は寒い地域で人も少なく、あまり大きな都市がないんだけれど、ダンゲルンはそんな地域の中では最も人口の多い北部最大の都市だった。


 僕は訪れたことはないけれど、もしそんなところにアニヒレートが侵攻したら、王都の二の舞だ。

 いや、ミランダたちのように飛行してアニヒレートの気をらすことが出来なければ、王都以上にひどい被害が出るだろう。

 僕は目の当たりにした王都の被害状況を思い返して思わず顔を強張こわばらせる。

 そんな僕以上に硬い表情をしている人物がテントの外側に立っていた。

 その人物を見て僕は思わず声を上げる。


「ア、アリアナ!」

 

 そう。

 左手に痛々しく包帯を巻いた、氷の魔道拳士アリアナがそこに立っていた。


「も、もう大丈夫なの?」


 僕は心配で思わずそう声をかけたけれど、当のアリアナは戸惑ったような表情を浮かべる。


「あの、あなたは……?」


 あ、そうか。

 僕、アルフリーダのままだった。

 今のこの姿をアリアナはまだ知らないんだ。

 そんな僕の肩をとなりからバシッとミランダが叩く。


「こいつはアルよ」

「……は?」


 唖然あぜんとするアリアナに皆は笑いながら事情を説明した。

 

「ア、アル君なの? 天国の丘ヘヴンズ・ヒルの帰り道に話していたのってこのこと?」

「そうなんだよ。アリアナ。ビックリさせてごめんね」


 アリアナは目を丸くしたまま間近まぢかから僕の姿をマジマジと見つめる。

 うぅ……これ、ヴィクトリアの時も同じことになるんだろうね。

 ミランダはさっき自分も同じようにおどろいていたくせに、面倒くさそうな顔でアリアナに言う。


「突っ立ってないで、座んなさいよ。アリアナ。これ、ヴィクトリアも同じようにおどろくのウザイから、今のうちにあのデカ女に写真でも送っておきなさいよ。アル」

「いや、さっき君もアリアナと同じ顔してたからね」

 

 そんな僕らのやり取りを見て、ようやく僕がアルフレッドだってことが受け入れられたようで、アリアナはソロソロと空いている椅子いすに腰をかけた。

 僕は彼女の容体が気になってもう一度声をかける。


「ケガはどう? アリアナ」

「う、うん。ちょっと痛むけど、ちゃんと治療を受けたから大丈夫。すぐに治るよ」

「よかった。心配してたんだ」

「本当にアル君なんだね。声は女の子だけど、口調はそのままだから、こうしてしゃべってるとアル君だって実感できるよ」

 

 そう言って微笑み合う僕らだけど、ミランダがそんな僕の耳を引っ張って言う。


「ホレッ。なごんでないで話を進めるわよ」

「痛い痛いっ! 痛いよミランダ」


 そんな僕らの様子にアリアナはようやくクスクスと笑ってくれた。

 だけど彼女はすぐに神妙な面持おももちで神様に声をかけたんだ。


「神様。アニヒレートの次の襲撃先はダンゲルンかもしれないって……」

「そうだ……おお、そういえば」


 そう言う神様にアリアナはうなづき、僕に目を向ける。


「私、ダンゲルンの出身なの」

「そ、そうなのか」


 そう言えば北部出身とは聞いてたけれど、具体的な街の名前を聞くのは初めてだな。

 アリアナは元々プレイヤーだったけれど、プレイしてくれていた人がある事情でそれ以上のプレイが出来なくなるから、NPC転身試験を受けてNPCになったという経緯がある。

 そんな彼女のプレイヤー時代からの生まれ故郷が北部都市ダンゲルンで、そこには旧知の知り合いもいるらしい。

 

「神様。アニヒレートの追撃には私が行きます」


 そう言うアリアナはわずかに青ざめた表情をしていた。

 彼女は実力はピカイチだけど気が弱いところがあって、好戦的なミランダやヴィクトリアのようにいさんで戦いに参加する性格ではない。

 それでも口を引き結び、決意を込めた表情を見せるアリアナに、たか姿の神様はその首を二度三度とひねって言う。


「ふむ。実は我々がこれから成すべきミッションは2つある。1つはアニヒレートを追い、ダンゲルンに到達する前に何らかの手段を持ってその歩みを止める。もう1つは東将姫アナリンを追跡して捕縛し、王を救出する。そのため2チームに分けて作戦行動を行おうと思う」

 

 そう言うと神様は首を巡らせてアリアナに目を向ける。


「アリアナはアニヒレート追跡のためのチームαアルファに加わってもらう」

「分かりました」

「アナリン追跡のチームβベータはジェネットが指揮を取れ」

つつしんでお受けいたします」


 ジェネットは立ち上がると胸に手を当ててそう言う。

 一方、椅子いすにふんぞり返っているミランダは身を乗り出して神様に言った。


「私とアルもくま退治組に加えなさい。あのデカぐま、次こそこの手で仕留めてやる」


 くま退治組って……チームαアルファでしょ。

 まあ、ミランダのことだからそう言うと思ったよ。

 ケンカッ早く協調性のカケラもない彼女が、懺悔主党ザンゲストの人たちと一緒に行動して大丈夫か、という心配はあるけれど。

 神様は首をクルッと器用にかたむけてミランダに目をやった。


「ミランダが加勢してくれると助かる。だが、アルフリーダは置いて行け」

「はっ? 何でよ。女になっていようが、アルが私の家来だってことは変わりないんだから、連れて行くに決まってるでしょ。私が行くならアルも行くの。異論は認めないわ」

「アルフリーダは私と一緒にこの王都に残って仕事があるのだ」

「アルは私の家来であって、あんたの部下じゃないのよ」


 いや、正確には君の家来でもないけどね。

 神様相手でもまったくいつも通りの自分をくずさないミランダだけど、神様はたかの目をギョロリと見開いてミランダを見据みすえる。


「ほう。そんなにアルフリーダと一緒にいたいと?」

「なっ……何言ってんのよ」

「よほどこの男のことが大事なのだな。片時も手放したくはないと」

「バッ、馬鹿言ってんじゃないわよ!」

「まあ落ち着けミランダ。王都にいながらにしてアルフリーダがおまえたちと行動を共にできる素晴らしいツールを私は持っている」


 そう言うと神様はピィーッと甲高いたかの声でひと鳴きした。

 すると僕らの目の前の机の上に唐突に魔法陣が現れ、そこから小さな2体の妖精が姿を現したんだ。

 それはまばゆかがやく金と銀の妖精だった。

 その姿は小さな僕(アルフリーダのほうね)そのものだ。


「この妖精は監視用に使われていたものを進化させたものでな、こいつの中に自分の意識を入れて同調させ、遠隔操作することが出来る。人が入れないようなせまい場所や危険な場所を探索するために使えるんだ。同調するのは視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚だ。こいつにアルフリーダの意識を同調させる」

「この妖精たちが一時的にアル様そのものになるということですね。危険はないのですか?」


 わずかに懸念けねんにじませた表情でそうたずねるジェネットだけど、神様は胸を張ってこれに答えた。


「痛覚だけは感じ取れないように設定している。もし妖精が敵の攻撃を受けて消滅した時には、自動的に意識は排出され、アルフリーダの体に戻る。それ以外にもアルフリーダが自分の意思で自由にこの妖精から意識を引き戻すことが出来る。アルフリーダ本人の意思や肉体が害をこうむることはない」


 そう言うたか姿の神様とほぼ同じくらいの大きさの妖精たちは、僕をキラキラとした目で見上げている。

 何だかかわいい妖精たちだな。


「こいつらをチームαアルファ及びβベータに同行させる。アルフリーダはこれをアバターとして使うことで、この王都にいながら両方のチームに交互にリアルタイムで同行出来ることになるのだ。そして私はこの王都にある司令室で両チームの総指揮を取り、アルフリーダは私の護衛兼、補佐役を務めてもらう」


 そういうことか。

 実際に僕の体がこの王都にあっても、離れた場所にいるミランダやジェネットたちに自由に同行できる。

 すごいツールだ。

 そう思った僕だけど、ミランダはイマイチ乗り気じゃないみたいだ。


「待ちなさいよ。アニヒレートにはアルのEライフルが有効なんじゃないの? だったらアル本人が同行しなけりゃ戦力としては意味ないでしょ」

「ふっふっふ。あなどるなよミランダ。この妖精はアルフリーダ用にカスタマイズされていてな、遠隔操作でEライフルを放つことも出来るんだ。十分に戦力になるぞ」


 神様がそう言うと銀色の妖精がどこから取り出したのか、小さなEライフルをスチャッと構えた。

 小さいけど細部までよく造り込まれている。


「ちなみにこのEライフル、本物を小さくリサイズしたレプリカだ。とはいえ、ほぼ同レベルの性能を持つから安心しろ。あと妖精に同調している間、おまえ自身の体は動かせなくなるからな」

「そうなんですか。たましいが乗り移る、みたいな感じなんですね」

「まあな。どうだミランダ。これなら文句あるまい」


 ミランダはどこか釈然としない表情でつぶやきをらす。


「……アルに護衛と補佐役ねぇ。まあ、いいわ。アル。私がくまを討ち取って戻るまでおとなしくしていなさい」

「アルフリーダ君は女子になっても飼い犬のように従順だね」


 誰が飼い犬だ!

 従順なのは認めますが。

 無礼ディー……じゃなくてブレイディーにうらめしげな視線を送りつつ、苦笑いをしながらミランダに視線を移した。


「だ、大丈夫だよミランダ。この妖精を使って、君がアニヒレートを倒すところを見届けるから」

「そうしなさい。生で見られなかったことを後悔するほどのくま狩りを見せてやるわよ。フンッ」

 

 僕の言葉にようやくミランダは納得してくれたのか、鼻を鳴らして再び椅子いすにふんぞり返った。

 ミランダが落ち着いたのを見て神様は再び話を続ける。


「話によればアナリンは王女のことも誘拐ゆうかいしようと画策かくさくしていたようだな」

「はい。そう言ってました」

「だとしたらお手柄てがらだアルフリーダ。よく王女を保護してくれたな」

「え? いや、僕は何もしてませんけど……保護?」


 戸惑う僕にブレイディーが説明してくれた。


「君は瓦礫がれきの下で少女を保護し、私の薬で彼女をネズミに変えて救出しただろう?」


 確かにそうだ。

 瓦礫がれきに押しつぶされかけていたマヤちゃんのお母さんのお店で、僕はマヤちゃん親子の他に、見知らぬ女の子を発見したんだ。

 ……え?

 ってことは……。


「それが我が国の王女様さ。まさか君、王城の兵士でありながら王女様の顔を知らないのかい?」

「そ、そうだったのか。い、いや王女様のお顔はもちろん知ってるよ。いつも王様のそばにいたしね。でも瓦礫がれきの下は薄暗かったし、服装も平民みたいな感じで、お化粧けしょうもしていなかったから全然気付かなかったよ」


 アナリンが言っていた逃げ出した王女様はあのお店に逃げ込んだってことか。

 あ、危なかった。

 王女様をねらうアナリンを前にして、僕は知らず知らずのうちに胸ポケットにネズミ姿の王女様を忍ばせていたんだ。

 もし何らかの原因でブレイディーの薬の効果が解けて、あの場で元の姿に戻っていたりしたら、今ごろ王女様はアナリンの手に落ちていただろう。

 1分薬じゃなくて1時間薬にして良かった。


「とにかく王女は私の元で厳重に守る。ジェネット、王の身柄みがらを取り戻して来い」

「はい。必ずや」


 神様の言葉にジェネットは深々と頭を下げた。

 その時、野営テントの外から元気のいい声がかかる。


「アタシはサムライ女の追跡チームに入るぜ」


 ヴィ、ヴィクトリア!

 テントにズカズカと入って来たのは、見るも痛々しい包帯を体に巻いたヴィクトリアだった。

 も、もう動いて大丈夫なのか?

 そんなヴィクトリアをミランダがあきれた様子で見上げる。


「ケガ人はすっ込んでなさい。そんな体で次もやられたら今度こそ死ぬわよ」

「うるせえ。次は負けねえよ。あのサムライ女はアタシが絶対にぶっつぶす! やられっ放しじゃねえってところを見せてやるぜ」


 ヴィクトリアは怒りに顔をゆがめて拳を握り締めた。

 そんな彼女が心配で僕は声をかけずにいられなかった。


「ヴィクトリア……無茶しちゃダメだよ」


 だけどヴィクトリアは僕を見ると怪訝けげんそうにまゆを潜める。


「あん? おまえ誰だ?」


 またこのパターン!

 もういいから!

 以下同文的に僕がアルフレッドだってことを話し、それから僕らは作戦の最終確認を行った。


 破壊獣アニヒレートの追跡任務に当たるチームαアルファにはミランダ、アリアナ、エマさん。

 東将姫アナリンの追跡任務に当たるチームβベータにはジェネット、ノア、ヴィクトリア、ブレイディー。

 そして僕と神様は王都に残ってこの2チームを遠隔サポートしながら作戦の総指揮そうしきを取る。

 それぞれのチームにサポートメンバーとして懺悔主党ザンゲストの戦闘員が5名ずつ付いてくれることになった。


 比類なき強大さを誇る魔物と、比類なき強さを誇るサムライ少女。

 同時進行で対処しなければならない大変な作戦だけど、きっと大丈夫。

 ここには頼りになる仲間たちが全員集合している。

 どんな苦境にも負けずに立ち向かえるさ。

 僕は自分自身を奮い立たせるように、胸の中でそうつぶやいたんだ。

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