だって僕はNPCだから 4th GAME

枕崎 純之助

序章 闇の魔女 高らかに宣言する

「さて、この場でこのやみの魔女より重大な発表があるから全員心して聞くように」


 やみの魔女ミランダはそう言うと立ち上がって胸を張った。

 緑がかった長い黒髪を優雅にかき上げ、やみに溶けてしまいそうな黒衣をその身にまとったミランダのその黄金色の瞳は、いつにも増して爛々らんらんかがやきを放っている。


 え~皆さん。

 どうも御無沙汰ごぶさたしています。

 毎度おなじみ下級兵士のNPC、アルフレッド・シュヴァルトシュタインです。


 僕は相変わらずこのゲーム内のやみ洞窟どうくつで、NPCとして見張りの任務にいそしんでおります。

 NPC《ノン・プレイヤー・キャラクター》ってのはゲーム内のキャラクターのことで、もちろん僕が見張るのはご存じ、同じNPCのやみの魔女たるミランダなんだけど……。

 ええ。

 そうです。

 僕の目の前でえらそうに……いえ、堂々と腕組みをして仁王立ちをしている彼女こそがそのミランダです。


 いつもはこの洞窟どうくつでボスキャラとしてプレイヤーたちを迎え撃つ業務に就いている彼女なんだけど、今日は事情があって僕も彼女も仕事は休みなんだ。

 そんな彼女が何やら重大な発表があるということで、僕以外にも4人の女の子たちがここに呼び集められていた。


 光の聖女ジェネット。

 氷の魔道拳士アリアナ。

 長身女戦士ヴィクトリア。

 竜人の少女ノア。


 皆、僕の大事な友達で、前回、僕が他のゲームである『天国の丘ヘヴンズ・ヒル』に出張をした時も、彼女たちには随分ずいぶんとお世話になったんだよ。

 僕と同じNPCであるそんな彼女たちは、ミランダの発表を前にして一様に顔をしかめていた。


「一体何事ですか? ミランダ」

「ま、また厄介やっかいごとじゃないよね?」

「もったいつけてねえで早く言えよ」

「どうせロクなことではあるまい」


 口々にそう言う彼女たちをキッとにらみつけるとミランダは張りのある声で発表した。


「この度、このやみ洞窟どうくつの真上に私の城が建設されることになったわ」

「えっ? 城?」


 唐突なその話におどろく僕らにミランダは誇らしげに胸を張る。


「そうよ。運営本部が私の積み重ねてきた功績をようやく認める気になったらしいわ。次回の大型アップデート時に、この真上にやみの城が建つのよ。その名もミランダ城!」


 そう言うとミランダは人差し指を頭上に突き上げて天井を見上げた。

 ミランダ城。

 まだ見ぬその居城がすでにそこにあるかのように、ミランダの目には歓喜の光が爛々らんらんかがやいていた。

 彼女がこんなにゴキゲンなのはめずらしい。

 相当嬉しいんだな。


 それにしてもミランダ城かぁ。

 彼女もとうとう城持ちだ。

 いよいよラスボスっぽくなってきたぞ。


「というわけでやみの玉座はその城に移すわ。アル。あんたの兵舎も城内に作るから喜びなさい」


 え?

 いいのか?

 ラスボスの城内に兵舎があったら、それはもう名実ともに魔女の家来でしょ。

 ぼ、僕は一応これでも王国所属の兵士だからね?


「ですがミランダ。この上と言われましても真上には湖がありますよ?」


 いつもは冷静沈着なジェネットもさすがにおどろきを隠せずにそう言う。

 そういえば話したことはなかったけれど、この洞窟どうくつの入口は湖のほとりにあって、ここはまさに湖の下なんだ。

 頭上は硬い岩盤におおわれているから水がみ込んでくるようなことはないけれど。


「ふっふっふ。そんなことは心配ご無用だわジェネット。湖の真ん中に島を作って、その上に城を建てるのよ。周囲を湖に囲まれた城。なかなか雰囲気あるでしょ?」


 これはスケールの大きな話になりそうだ。

 ミランダは誇らしげに胸を張る。


「私の実力と実績からすれば城の一つくらい当然のことだわ。むしろ遅いくらいよ」

「ミランダ。あなただけの功績ではありませんよ。アル様があなたの横暴に耐えてサポートしていらしたから今のあなたがあるのです。お忘れなく」


 そうだそうだ!

 いいぞジェネット!

 もっと言ってくれ!


 内心で喝采かっさいを上げる僕の心情がこの顔に表れていたのか、ミランダは僕をキッとにらみつけてきた。

 ヒエッ!

 首をすくめる僕に救いの手を差し伸べるようにジェネットは一つせき払いをすると、ミランダに声をかけた。


「コホン。ところでミランダ。そのお城では私達の部屋はどういう作りなんですか?」


 ジェネットの言葉にアリアナもウンウンとうなづく。


「それ大事だよミランダ。私の部屋はアル君の兵舎のとなりでいいからね」


 2人とも住む気満々!

 まあ、ジェネットもアリアナも今や僕らの同居人だからね。

 だけど2人の言葉にミランダは胸の前で両手を交差させて×を作る。

 その顔に彼女本来の意地悪な笑みが広がっていく。


「残念だったわね。アンタたちの部屋はないわ。ミランダ城に住むのは私とアルの2人だけよ!」


 マ、マジか。

 嬉々としてそう宣言するミランダとは対照的に、ジェネットとアリアナは顔を強張こわばらせて不満の声を上げる。


「それは承服いたしかねますよミランダ。現時点で私は同居人です。ここを転居するのであれば、私たちにも新城への居住の権利があるはずです」

「そうだよミランダ! アル君と2人きりになろうったってそうはいかないからね!」


 これに同調するようにヴィクトリアとノアまで話に加わってきた。


「おいミランダ。城を建てるならちょうどいい。アタシの部屋も頼むぞ。ベッド大きめでな」

「ノアはハンモックで寝るからベッドはいらぬ。その代わりいつでも飛び立てるようにバルコニーのある部屋を所望する」


 お、おいおい。

 どさくさにまぎれて2人まで何を言い出すんだ。

 見る見るうちにミランダの顔が怒りで赤く染まっていく。

 あ、やばい。


「私の城に間借りしようっての? 図々しいにもほどがあるわよアンタたち!」


 だけどミランダの怒りにもひるまずジェネット達は反論を口にする。


「アリアナはともかく、私がいなかったら誰があなたの横暴からアル様を守るのですか」

「サラッと私を除外するのやめてくれるかなジェネット。アル君には私みたいな心穏やかな話し相手が必要なんだよ。みんなアル君への当たりが強烈すぎるから」


 それは激しく同意しますがアリアナ、そんなことを言うとミランダが……ああホラホラ、ますます目がり上がって来た。

 さらにはヴィクトリアとノアまでも言葉をつのらせるもんだから、いよいよ収拾がつかなくなってきた。


「アタシはアルフレッドの用心棒って役割があるからアルフレッドの兵舎に住むのは道理だろ」

「ノアはヴィクトリアからアルフレッドを守るボディーガードゆえ、アルフレッドの兵舎に住むのは当然よの」

「何でおまえも一緒なんだよ! アタシがアルフレッドに何かするわけねえだろ!」

「どうだか。その馬鹿力でアルフレッドを無理やり手籠てごめにしようとするやも知れぬ」

「ふざけんなこのチビ!」

だまれイノシシ女!」


 ああ……もうダメだ。

 こうなったら止められない。

 好き勝手言い放題の面々を前にしてフルフルと肩を震わせるミランダが、とうとう火山の噴火のごとき怒声を張り上げる。


「いい加減にしなさぁぁぁぁい! 私とアル以外、城には立ち入り禁止! 反論無用!」


 彼女がそう言ったその時、この場にいる僕ら全員のメイン・システムに運営本部からの連絡が入った。

 

『本日開催されるイベント【襲来! 破壊獣アニヒレート】の開始まで残り15分』


 今日このゲーム内で行われるイベントのカウントダウン告知。

 それは僕ら全員を新たな騒動へと巻き込むことになる第一報だったんだ。

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