第35話 チャンスは一瞬


「アリス、壁の向こうで他の生徒と合流して、救助隊が来るまで待機していてくれ」


「は、はい! ……あの、レクト教官は?」


「俺にはまだ、やることがある」


 そう言って俺は、真っ二つに両断されたギガンテスの死骸に近づいた。

 集中して元素の動きを視認する。死骸となったギガンテスの元素は、俺の身体に吸収されるが……一部、吸収されないまま残っている元素があった。


 巨人回しの術式が仕込まれた部分だ。


 近くにはない。少し遠くから感じる。

 違和感を発するその元素を探していると、足元に大きな亀裂ができていることに気づいた。


「……最下層まで落ちたのか」


 先程、俺が繰り出した一撃……《顎閃》は、ダンジョンに大きな亀裂を走らせ、そのまま最下層まで斬撃が通過したらしい。ギガンテスの死骸の一部が、最下層まで落ちているようだった。


 亀裂の中に跳び込み、そのまま最下層まで落下する。

 空中で《元素纏い》を発動し、着地の衝撃を和らげた俺は、すぐ傍にくるくると回転する立方体があることに気づいた。


「ダンジョン・コア……久々に見たな」


 ダンジョンにとっての心臓そのものだ。

 これを壊せば、ダンジョンを破壊することができる。


 キラキラと光る立方体に、俺はゆっくりと近づいた。

 握り締めた拳を叩き付けるだけで、簡単に破壊することはできるが――。


「安心しろ、俺はもうダンジョンを壊さない」


 拳を下ろして、俺は言った。


「でも、そう遠くない未来……誰かがここに辿り着く筈だ」


 ダンジョンに意思があるとは思わないが、続けて語る。


「いずれ誰もが、お前を壊せるようになる。いずれ誰もが、お前を恐れないようになる。……そういう風に、俺が育ててみせる」


 頭の中で生徒たちのことを思い浮かべる。

 彼らこそが黄金世代。きっと誰もが英雄の素質を持つ。 


「――楽しみにしていろ」


 新たな時代の到来は近い。

 そのせいで俺は探索者を引退したようなものだが……今では前向きに捉えている。きっとそれも、アリスたちのお陰だろう。


 踵を返した俺は、最下層に落ちているギガンテスの肉塊を見つけた。

 この中から、特殊な元素の反応を感じる。多分、巨人回しの痕跡がある筈だ。


 肉塊を担いだ俺は、《元素纏い》を発動して、天井にある亀裂から上の層へと移動する。七層まで上がると、今度は俺が往路で作った穴を利用して、一気に地上まで帰還した。


 まだ《元素纏い》は解除しない。

 ダンジョンを出た俺は、すぐに教習所まで向かった。


 校舎の前で《元素纏い》を解除し、急いで所長室へ向かう。

 俺はノックもせずにドアを開いた。


「カリーナ所長」


「うわあっ!?」


 所長は部屋で寛いでいたのか、急にドアを開ける俺にコーヒーを吹き出した。


「な、ななな、なんだね君は、いきなり……!? 吹いてしまったではないか!! というか、その気色悪い物体は何だ!」


「すみません。緊急事態です」


 所長は俺が担ぐ肉塊を指さしながら混乱していた。


「この死骸に、巨人回しの……モンスターを遠隔操作する術式が仕込まれていると思います。その逆探知をできないでしょうか?」


 事態が深刻なものであると気づくと、所長は眦を鋭くした。


「可能だ」


 怜悧な瞳で、所長は告げる。


「しかし……これはギガンテスだな? そのようなモンスターを操る以上、相手は高位の術者なのだろう。逆探知は可能だが、恐らく一瞬で悟られて切断されるぞ」


「その一瞬さえあれば、十分です」


 そう言うと、所長は小さく笑った。


「そうだな……君は、常識の外側に生きる男だった」


 その認識には異議を申し立てたいが、また今度にしておこう。


 所長が椅子から立ち上がる。

 俺は肉塊を床に置いた後、部屋にある大きな窓を全開にした。


「行くぞ、レクト。……チャンスは一回。まばたきよりも短い一瞬だ」


 無言で頷いた俺は、《元素纏い》を発動する。

 真っ直ぐ窓の方を見つめる俺を他所に、所長が体内元素を練り上げた。


 カリーナ所長は、こと元素のコントロールに関しては達人の領域に至っている。こればかりは、俺は勿論、きっと他の誰も追随できない。術式から術者を逆探知するなんて芸当、きっと彼女にしか成し得ないだろう。


 所長の元素が、ギガンテスの肉塊に浸透した。

 少しずつ、巨人回しの術式が捕捉され、その輪郭が露わになる。


 そして、術式の輪郭が完全に浮かび上がると同時に――その術式と、術者である巨人回しを繋ぐが見えた。


「探知したッ!!」


 刹那、俺は窓から外に飛び出た。

 やるべきことは単純だ。術式から伸びたこの線を追って、巨人回しまで辿り着く。


 〇.一秒が経過した。宙を蹴って城壁を跳び越え、王都の外に出る。


 〇.二秒が経過した。森を一気に突き抜けて、そのまま線を辿り続ける。


 〇.三秒が経過した。線が薄くなってきた。巨人回しが逆探知に気づいたようだ。


 〇.四秒が経過した。線が完全に見えなくなる寸前、俺は――標的に辿り着く。


 フラマク公爵領の一角。

 湖の傍に建てられた別荘の壁を、俺は派手に破壊した。


「なあ――ッ!?」


 革製の椅子にふんぞり返っていた恰幅のいい男が、その手に持っていたワインを零す。

 その男の真正面には、白髪の老人が佇んでいた。


 線が消える直前、俺は確かに見た。

 この線が、老人の胸元に繋がっていたことを――。



「――お前が、巨人回しだな」

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