13.「聖王候補である彼は」下


 人類圏の北方、聖王の王石柱レムナントが展開する騎士王結界に守護された領域に「ライオス王国」は存在する。


 ライオスの別名は科学と正義の国。

 聖王領域を象徴する白と銀色の街並みが特徴的で、科学力を駆使した兵器開発や騎士研究をする為だけの区画が国内に存在する。

 居住する民たちは簡単に最新の科学に触れられ、その恩恵を受けることが可能だ。


 聖王騎士団の支部が設けられているこの国において、騎士は兵器以外の何者でもない。

 この国は他国やリチアとは違うのだ、騎士の安全も尊厳も保証されると限らない。


 ……この数年、本格的な終末を迎えつつある箱庭で人類は自分たちが誰に頼り、何を退けるべきなのかを改めて把握した。

 その結果、今の人類圏は騎士を尊重し、共生を良しとする流れに染まりつつある。

 そんな中で、ライオス王国が掲げ続けている思想があった。


 ──騎士を人間とを持つ生き物だとする昨今の流れはおかしい。

 騎士に意志など必要なく、人間でいう感情や人格を持った騎士が生まれてくる現状をどうにかしなければならない。

 人と同じように生きる騎士も騎士を人扱いする人間も忌避すべき、排除すべきだ。


 ライオスに生きる人々を満たす潔癖にも思える思想を、人類至上主義と呼ぶ。



 ◇ ◇ ◇




 ──人類圏の外側、「圏外区域」と呼ばれる灰の荒野に聖王騎士たちが立っていた。

 無言で隊列を組んでいる彼らの先頭で、幼さの残る少女の声が響く。


「だから、絶対変ですって。

 騎士王結界が破られたなんて話、聞いたこともないでしょ?

 聖王結界だけなんで急にこんな脆くなるんですか、意味わかんないでしょ」 


 天使と神が跋扈する圏外区域とライオス王国を半透明な白い壁が隔てている。

 ……原初の時代から北の大地を守り続ける王石柱レムナントによって展開された防壁──自己修復の途中である聖王結界を指差したのは亜麻色の髪を持つ女性騎士だった。


 彼女は隣で無言のまま立っている雄大を相手に、これでもかと愚痴を言い続ける。


 本来なら騎士王結界は透明で目視出来ないものだ、しかし今は薄い膜上に実体化しており、一部がひび割れているのが良く見えた。


 二ヶ月前、聖王結界が天使の襲撃によって食い破られたせいで、ライオスは未曾有の危機に瀕した。

 市街地が襲われ多くの被害が出たが、とある最優の活躍で何とか防衛成功。

 どうにか対処が間に合ったから良いものの、この破損が修復されるまでは落ち着いて飯も食えやしない。


 ──雄大の後輩であり聖王騎士団第二階級の女性騎士、篠塚紗世しのつかさよはそんな現状に腹を立てているようで、文句ありげに破損箇所を睨みつけた。


「絶対何か意図があるんですって、王石柱レムナントの考えることなんて私には分からないけど。

 ライオス王もお父さ……団長も国民が危険に晒されているのに妙に冷静だし!」

「紗世さん、分かりましたから落ちつきましょう?」


 語気が強まっていく紗世の肩にぽんと手を置き宥めたのは雄大ではなく、揺れる金髪。

 騎士寮の妹分でもうひとりの聖王騎士団第一階級、舞咲未来まいさきみらいだ。

 何を隠そう彼女こそ天使たちを相手に単身でライオスを守った最優である。


「だって変だよお姉様。

 聖王騎士団の主要部隊が遠征に出た日を狙ったみたいに結界が破られて……。

 お姉様が殆どひとりで二ヶ月間も戦ってたって報告すら私たちにはなかったんですよ?」

「うーん、でも何とか守りきりましたし、他の騎士団の協力だってありましたから。

 起きちゃったことは仕方ないから、今はやるべきことをやりましょう?」


 未来に笑顔で諌められた紗世は、不満げな顔のまま黙り込んだ。

 ……同門で学んでいた経験があるからか、階級差があってもふたりの掛け合いは気安いものだ。

 年齢で言えば紗世のほうが年上なのだか、未来の方が姉弟子なので「お姉様」と呼んでいる、この説明を紗世からされたときは雄大もややこしいなと言ったものである。


 静かになったところで、終わりなく広がる圏外区域を見ていた雄大は口を開いた。


「もういいかな、終わった?

 さっさと始めようと思うんだけれど」

「桐谷先輩ってほんと、仕事になると途端に心が無くなりますね。

 心取り戻した頃にまた話します……」

 

 文句言ってるの私だけじゃんとか呟きながら、自分の持ち場に戻っていく紗世。


 ……破損箇所からライオス王国の中へこれ以上の敵の侵入を防ぐ為に結成された防衛部隊、その指揮を紗世は任されている。

 ああ見えて彼女は優秀な聖王騎士だ、雄大が育てた後輩であるから間違いない。


 離れたところで紗世が部下に指示を飛ばし始めるのを聞きながら、雄大はいつも通り微笑みを絶やさない未来に声を掛けた。


「それじゃ、行こうか」

「はい、雄大さん」


 踏み出した先は、生命が芽吹かない荒野。

 今日も変わらず人類を守る為、騎士たちは死地へと飛び込んでいく。



 ◇ ◇ ◇



 ──時刻は少々遡る。

 

 早朝、聖剣を取りに行った後、雄大はライオス王国の中心部、王城に程近い場所に建つ聖王騎士団の支部へと足を運んでいた。


 リチアにある本部よりは小規模だが、此処も立派な聖王騎士の拠点の一つだ。

 書類や物資の入った箱で溢れた雑多な廊下を通り抜け、雄大は団長室に入る。


「おはようございます、凱さん」

「ああ、来たな」



 団長室には、整理整頓された執務机の上に予定表を広げた男がいた。

 右胸に付けている剣の徽章は、大柄な男が聖王騎士団長であることを示している。


 篠塚凱しのつかがい、上司であると同時に騎士寮の現役騎士たちが皆、幼い頃に勉学を教わった教師でもある彼の前に雄大は立った。


「お呼びと聞いたので」

「予定の変更があってな、雄大。

 受け持っている仕事を全部置いて、今日の昼から未来と共に聖王結界の防衛に入れ」


 雄大は頭の中で告げられた命令を復唱し、同時に浮かんだ疑問点を整理する。


「防衛に入れと仰られましたが、防衛隊を率いろという話ではないのですか?」

「指揮はうちの娘に任せたままでいい。

 雄大と未来には遊撃を頼む、結界の破損箇所から圏外に出た後、天使の巣を破壊して回ってほしい」


 凱は予定表に目を落としたまま問いに答える、頑なに目が合わない。

 二ヶ月前、遠征作戦が始動された時から彼はこうだった……雄大は目を細める。


 ──凱による指揮の下、雄大を含む聖王騎士団の本隊は、圏外区域における重要な遠征作戦に出向いた。

 そんな折、聖王結界が破られ国内に侵入した天使の群れ……対処に当たったのは未来と王都に残っていた僅かな聖王騎士のみ。


 当然ライオス国内は戦地となり市街地は半壊、多くの民が被害を受けた。

 怪我人はもちろん、倒壊した家屋だって多くある、侵食された土地は二度と戻らない。

 しかし、誰一人として事態は終息を迎えた。


 他騎士団からの救援はあったようだが、やはり大きかったのは未来の存在だろう。

 彼女が才能を十分に発揮して駆け回ってくれたから、ライオスの民を守る事が出来た。


 殆ど単独での戦闘を強いられた未来は、誰も死なせないまま天使を屠り続け、己が誇り高き最優の騎士であり極めて質の高い兵器であることを証明した。


 ……何も知らずに遠征から帰還した雄大たちが見たのは、民の避難に追われる騎士たちと骸の山に立つ未来の姿。


 ライオス王国の人類代表──即ち国王はなぜ遠征中の本隊に報せを送らなかったのかと問われた時、「対応可能な事態だった」と言って済ませ、淡々と破損した聖王結界の防衛に移った。


 確かに未来は人類圏全体を見ても前代未聞な危機を退けている。

 綱渡りにしか思えないライオスの判断は結果として、重要な遠征作戦の完遂と自国の防衛の二つを同時に成功させた。


 ──当然の結果だとでも言うように、ライオスを統べる王が常と変わらぬ態度でいるのを見て、雄大は内心で驚愕したものである。




 異常な戦績を上げた未来が一週間の休暇を与えられているうちに、雄大に任された仕事は防衛隊の結成だ。

 良く知る部下が大半となった部隊の指揮は決戦兵器である雄大ではなく自慢の後輩、凱の実子である紗世に一任した。


 ……自分の娘が結界防衛の要だなんて言われたら重圧を感じると雄大は思うのだが、凱の表情は冷静そのものだ。

 ただでさえ、ライオスで暮らす人間たちが危険に晒されているという状況だというのに、その落ち着きようは流石というか。


 (緊迫感がない?)


 目線の合わない上司のことを観察し、雄大は頭の中に浮かんだ疑念に目を伏せた。

 凱がどれほど理想的で素晴らしい騎士なのか、幼い頃から知っている。

 教えを乞い、憧れ、追いかけてきた騎士のひとりを疑いたくはない。


「承りました、未来には伝えてありますか?」

「いいや、お前から伝えてくれ。

 今日は特に任せている仕事もないから平常通り、王子の護衛をしているだろう」


 雄大は冷静な面持ちを崩さずに要請に対し頷きを返す。

 凱は椅子から立ち上がり、今日初めて雄大と目を合わせた。


「色々と動き出す前に我が王との謁見だ、知っていると思うが半年ぶりの人類会議がある……アルメリアの国王が代わってから初めての会議だから、どうなることだか」


 よめねえなぁ、と言いながら、凱は薄く苦笑いを浮かべる。

 その笑みが見慣れたものだったので、少しだけ安堵して雄大も笑った。

 何を不安に思ったのかも理解できずに。

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