第三十八話 火の芸術家

 講義が終わり、俺とミアは武道場に来ていた。

 真ん中にある大きな像を中心に円形状に石の広場が続いているというような場所で、周りは柱で囲まれている。

 この前行った時はじっくり見れなかったけど、改めて見てみるとなかなか良い雰囲気だ。


「私が一番の火の使い手だという事を教えてあげるわ!」

「そうかい」


 挑戦的な笑みを浮かべ俺を指さすミア。このお嬢さんって炎属性の赤なんだよね? その自信は一体どこから出てくるんでしょうね……もしかして能ある鷹は爪隠す精神で実は紺色でしたとかいうオチなんじゃないの?


「何よその反応は」

「わ、悪い悪い」


 気の無い返事をしてしまったからかミアは俺の事をきつく睨みつける。ちょっと怖いですよお嬢様。そんなお怒りになさらないで……。


「まぁいいわ。決闘モバラザの形式は知ってるわね?」

「いや、知らん」

「信っじらんない、バッカじゃないの!?」


 ミアお嬢様はさぞお怒りの様子だ。


「ここに来てちょっとなんだから仕方ないだろ……」


 てかまた馬鹿って言いやがったなこいつ、もう一回布の下を確認してやろうか? 

 などと思いつつもむしろ美少女に罵られるのってちょっと嬉しいかもとか思ったりする今日この頃です。


「まぁいいや、その形式ってのを教えてくれよ」

「仕方が無いわね。まず決闘モバラザは先に相手を戦闘不能にした方が勝ちよ。加護のおかげで痛みもかなり減って外傷とかも付かないけどスタミナは削られるからね」

「それは知ってた」


 戦闘不能にすればいいっていうのはカルロスが言ってた気がする。加護についても編入試験で実証済みだ。


「なんか文句でもある?」

「無いですすみません、続けてください」


 ミアは少し不満げな様子を見せながらも話を続ける。


「そして開始するには決闘モバラザを挑んだ方がハルティータと言って挑まれた方がアッセと言うの。これは絶対必要な事だからちゃんと覚えておいてよね」

「はーい」

「まぁこれくらいかしら。分かったらさっさとやるわよ!」

「おう」


 ついに始まるのか……そういえばミアって俺と同い年くらいだと思うけど同じ講義って事は六年生って事だよな? 周りが大きい奴らばかりなのにここまで来ているって事はやはり何かあるのだろう。油断は禁物だ。

 これで勝てば許してもらえて負ければ下僕。

 下僕か……毎日美少女のミアに罵られたり踏まれたりしちゃうのだろうか? べ、別にちょっと良いかもとか思ってないよ!?

 アホな事を頭にめぐらせつつも位置につく。


「行くわよ。ハルティータ!」

「あ、アッセ!」


 言うやいなや、魔力弾が飛来。すかさず同様のクーゲルを返して相殺する。爆発の煙に視界が遮られた。

 相手の位置を煙の先に予想していると、赤い火でかたどられた複数の矢が俺に向かって突進してくる。


「フェルドクリフ!」


 唱えると、目の前には身体一つは余裕で覆うくらいの幅の紺色の炎が形成。飛んできた矢を消し去る。

 目の前に炎の壁を作り出す魔術。炎属性通常魔術、唯一の防御魔術だ。他の魔術でも使いようによれば盾にできるといえばできるものの、扱いやすさ、防御性能を鑑みればこれが一番防衛に適している。


「やっぱり一筋縄じゃいかないようね」


 煙が晴れると余裕そうな表情でミアがこちらに手を向けていた。まぁこちらもまだまだ序の口だからいいさ。


「おい! あのミア・グレンジャーが決闘モバラザしてるぞ!」

「うわすげえほんとだ!」


 ふと周りを見てみると、人がわらわらと集まってきている。

 どういうことだ? ミアの名前が聞こえた気もしたけど。


「ずいぶんとまぬけな面よ?」

「悪かったな。で、この騒ぎは一体なんなんだ?」


 話してる間にもギャラリーはどんどん増えている。決闘モバラザってこんな感じなのかね?


「そんなの決まってるじゃない、私がいるからよっ!」


 私がいるからねぇ。流石ミアお嬢様といったところか。


「ふーん、グレンジャー家ってのはそんな有名なのか?」

「それだけじゃないわ。この学院で私が何て呼ばれてるか教えてあげる!」


 ミアは一息つくと、俺に向かってビシッと指をさす。


火の芸術家フエゴ・アルティスタ、こう呼ばれてるわ!」


 火の芸術家フエゴ・アルティスタ、聞いたことがある。図書館に行った時この世界についての歴史を見てみた時にあったはず。確か昔ある国同士で起こった戦争をたった一人で治めたという英雄ペレの通り名だ。


「説明はすんだわ、行くわよっ!」


 その言葉に身構えると、ミアがクーゲルを連発して放つ。


「そんなもんか? フェルドクリフ」


 再度紺色の壁を展開。放たれた魔力弾を進行を遮る。


「おい、あれって噂の編入生じゃないのか?」

「ああ、たぶんそうだ、俺はこの学院に長い事いるがあんな顔見たことがねぇ」

「ほんとに紺色の使い手だったとはな……」


 ……この感じ悪くないな。


「フェルドゾイレ!」


 壁の消滅の確認と共に、すかさず反撃の詠唱。同時にミアが左方へと身体を回転。

 吹き上げる紺色の火柱はミアを捉えることが出来ない。流石は火の芸術家といったところだ。易々と倒されてはくれなかった。

 前傾姿勢から、ミアは突如、両手を突きだす。

 現れるのは二本の火の奔流。しかしどちらも俺の横を通り越しただけだった。


「おいおい、当たらない攻撃を……」


 いや待て、何かがおかしい。

 不意に後方から不穏な気配。本能的に身体をねじると、二本の奔流がすぐ脇を通り過ぎていった。

 身体にほんのわずかな痛みが走る。

 なるほど、さっき放たれた火が後ろで転換して戻ってきたのか。

 もし学院内じゃ無ければ大きな火傷を負っていたかもしれない。


「よく反応したわね、褒めてあげるわっ!」


 笑みを浮かべるミアの周りには先ほど出したと思われる火の帯が漂っていた。


「そりゃどうも。フェルドディステーザ」


 お礼に、強盗団相手にも使った範囲魔術を行使する。

 これならそう避けられるものではないはずだ。四方にはじけ飛んだ炎の一部がミアに向かって押しかける。


「フェルドクリフ!」


 ミアの前に赤色の火の壁が形成。

 俺と同じ魔術ではあるが無駄だ、紺色の前に赤色はただの紙。


「……っておいおい、どういう芸当だそれ?」


 しばらく燃え続けていた炎の壁だが、間もなく消えるとそこには先ほどと変わらないミアの姿があった。

 青ならともかく赤で紺を防いだだと? 魔術読本に書いてあったはずだ、間違いなく赤は紺に燃やされると。


「言ったでしょ? 私より強い火の使い手はいらないの!」


 言い放つと、ミアの手の動きと連動し、周りで漂っていた炎の帯が俺の元へと前進してくる。

 テンポよく繰り返される連撃。なんとかそれをかわしつつ思考する。


 何故ミアの炎を俺の炎で燃やせなかったんだろうか。明らかにあちらは赤、こちらは紺だ。燃やせないはずはない。

 そもそも魔術読本が間違っていたのか? それかもっと威力の高い魔術を使えばいいのだろうか? でも今は何も装備してないから時間かかるんだよな……。


「……っつ」


 なんとかして考えながら襲い掛かる二本の炎の帯を避け続けていたが、とうとう身体の方がばてだした。一度反応が遅れるとなし崩しにダメージが蓄積されていく。

 このままじゃやられるのは目に見えてるな。とりあえずこいつらをなんとかしないと。


「ちょこまかと逃げてるんじゃないわよ!」

 

 一気に決めるつもりか、両サイドから超速度で迫りくる火の帯。


「フェルドディステーザ!」


 ダメ元の詠唱。四方に飛散する紺色の炎は帯を、消し去った。

 どういうことだ? 赤色でも紺色に燃やされないんじゃないのか?


「くっ」


 ミアは悔しげに下唇を噛むともう一度帯を形成。直線状に打ち放ってくるので、今度はフェルドクリフで進行を妨害。火の帯はこちらに到達する事は無かった。

 とりあえずこのうねうねした炎はちゃんと燃えるらしい。何故かは分からないけど一回直接攻撃を仕掛けてみるか。


「クーゲル!」

「フェルドクリフ!」


 クーゲルを乱発し、炎の壁を誘発。そのままミアの元へ突進。


「フェルドスフィア!」


 炎の壁に向けて自らの手にある紺色の球を押し付ける。

 フェルムスフィアは手に炎の球を作り出し、術者が直接相手に打ち込みに行く魔術だ。間合いを詰める必要があるので武器なしではあまり使いたくない魔術の一つではあるが、実際どのように防いでるのか調べておきたかった。


「やっぱ破れないか……」


 近すぎると危ないしそろそろ限界か……いや待てよ?

 フェルドクリフは相手の放った物を燃やして攻撃を無効化させる魔術、なのにフェルドスフィアの球は一切消え去ることは無くちゃんと元の形をとどめている。

 ふとフェルドスフィアと炎の壁の境界をじっと見てみると、壁の火は確かに消えていた。でも壁がなくならないのはどういうわけか。


「なるほどな」


 いったんそこから離れて間合いを取る。

 確か一番速度のある魔術は確かあれだな。上級魔術ってところだから装備無しだと少し時間がかかるかもしれないけどまぁいい。少しくらいならあっちの攻撃も耐えれるだろう。


「もう打つ手は無くなったかしら? あんたの一直線で動きになんの華麗さも無い攻撃は効かないわっ!」


 ミアは再度例の火の帯を生成、うねるそれは俺の元へと振り下ろされる。

 帯の連撃。鞭ではなかれている気分だ。チクチクと微細な痛みを感じる。スタミナが削れていくのも分かる。

 でも今は耐えるのみ。


「ちょっと!? さっきは避けてたのにどういうつもり!? ちゃんと戦いなさいよ!」


 よし、いける!


「言われなくてもな! ケオ・テンペスタ!」


 唱えると、旋回する紺色の焔が超速度で直進。

 すぐさま反応したミアは咄嗟に炎の壁を展開、しかし急速に回転する紺色の炎は壁を突き破り、ミアの元へ到達した。

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