第59話ちゅるちゅる

 そしてわたくしはフォークを使って紐状の麺と呼ばれる物を救い上げると『ちゅるちゅる』と啜る。


 普段であれば端ないと決して食べない食べ方をしただけで何でか知らないのだが今まで感じた事のない開放感がわたくしを襲って来る。


 まるで、わたくしをがんじがらめに縛っていた『公爵家の娘として、シュバルツ殿下の婚約者として』という縛らみから解き放たれた様な、そんな感覚である。


 それと同時に『もう公爵家やシュバルツ殿下の事を考えて生きる必要はない』と教えてくれている様な気がした。


 しかしながら、わたくしは思う。


「意外と難しいですわね。 お二人みたいに啜れませんわ」

「私も初めは全く啜れなかったので練習さえすれば同じ様に奥方様も啜れる様になりますよ」

「初めてやるんだ。 出来なくても誰も責めやしないさ」

「お二人共、ありがとうございますわ」


 そう、わたくしが思っていた以上に啜って食べるという事が難しいのである。


 そんなわたくしにルルゥや旦那様がが『公爵家の娘であるにも関わらずそんな事も出来ないとは恥ずかしくもないのか?』や『シュバルツ殿下に対して悪いとは思わないのか?』等という事ではなく『出来なくて当たり前だか責めないし、練習して少しずつ覚えて行けばいい』等という優しい言葉をかけてくれる。


 そして、何よりもわたくしが想像していた何倍もこの『かっぷめん』は美味しかったのだが、今まで食べて来た旦那様の故郷のどの料理でも味わった事のない味をしていた。


 その味をあえて表現するとするのならば、鋭く乱暴なのだがその分深みとコクがある味であった。


 それがどういうことかというと、早く二口目を食べたいという事である。


 そしてわたくしはわたくしの事をわざわざ気遣ってくれた二人に対して感謝の言葉をるけると『ちゅるちゅるっ!』と『かっぷめん』を先程より勢いをつけて啜る。


 あぁ、ルルゥさんが言っていた魅惑的な美味しさという意味合いが分かった様な気がしますわ。


 この音を立て啜って食べるというこの意も言えぬ背徳感と開放感、そしてお湯を入れるだけで手軽に作れるのに王宮のシェフが作る金色のスープの様なおいしさのスープの味なのだが、繊細さは無くどちらかと言えば荒々しい感じが逆にハマってしまいそうな程の中毒性を感じてしまう。



「本当、見ている俺たちも幸せになりそうな程幸せそうな顔して食べる程気に入ったのなら俺のも一口食べてみるか?」

「そうですね。 奥方様、折角ですし私のも一口食べますか? そして、旦那様には可哀想な結果になってしまうのですけれども、どちらが至高か決めて頂いても良いですよ」

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