第6話後のお楽しみ
「ええ、ご主人様………いえ、この度奥方様とご結婚されますので旦那様ですね」
わたくしの反応を見て嬉しいのか馬車の御者をしていた30代程のふくよかな女性が話しかけて来るのだが、自身の主人の呼び方を「ごめんなさいね」とご主人様から旦那様に変更するとそのまま嬉しそうに語り出す。
「旦那様が扱う物は全てが素晴らしいのですけれども、そうですわね。 聞いて知るよりも見て知った方が早いですし、後のお楽しみという事に致しましょうか。 ささ、早く予約しておりましたホテルに入ってゆっくりしましょう。 ね?」
「は、はい………そうですわね」
そしてわたくしは御者である女性に勧めらるがままホテルへと向かい予約していた部屋へと入室する。
もしかしたら御者と二人部屋かもしれないというわたくしの緊張は、どうやら徒労に終わりわたくし一人の様で少し安心してしまう。
それにしても、あの時は馬車の凄さに興奮してしまったのだが、今更興奮した所でわたくしは既に公爵家の娘でもなければシュバルツ殿下の婚約者でもないのだ。
この馬車を作った者を囲い入れる算段も、それによる利益も、国家的に見ても長距離移動が楽になる利点の重要性など、今のわたくしにとっては何もかも無駄でしか無いというのに。
なんて惨めなのでしょう。
自分ですらそう思うのだ。
他人から見れば滑稽もいい所だろう。
きっとあの御者も笑顔こそ見せていたのだが心の中ではわたくしを見て嘲笑っていたに違いない。
しかしながらここでわたくしはふと、一つ疑問に思ってしまう。
それは、なんで御者が女性なのか、しかも一人だけなのかという事である。
普通であれば御者は男性であるし最低一人は安全の為に護衛をつける筈である。
これでも元公爵家の娘であったのだし、仮にも嫁ぎ先の妻となる人物であるにも拘わらず、である。
少し考え、わたくしは納得してしまう。
コレで魔物や野犬、賊にでも襲われて死んでくれた方が向こうにとっても父上にとっても利しか生まない。
ならば無知で弱そうな人であれば御者が男性か女性かなどどうでも良かったという事なのだろう。
どうせ御者も死ぬのだから。
顔を見られたからには生かしておくほど賊も優しくはないし、自然界も同様に優しくはない。
「ごめんなさい」
そしてわたくしは今日あったばかりの、名前すらまだ知らない御者へ謝罪の言葉を口にするのであった。
◆
気が付いたらいつの間にか朝になっており、御者がわたくしの部屋の扉をノックする音で目覚める。
「昨晩は良く寝られましたか?」
「ええ、とても良く寝れましたわ」
嘘である。
あんな心境で寝られる訳がない。
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