第2話無音
◆
「痛っ………」
どうやらわたくしは気絶してしまった様である。
あれからの記憶が無く、目覚めれば自分の自室。
ともすればあの出来事全てが夢であったのならばどれ程嬉しい事か。
しかし、ダグラスに踏まれた頭と殴られたお腹に感じる鈍い痛みが、これら一連の出来事が夢ではなく現実に起こった出来事であるとわたくしへ語り掛けてくる。
あぁ、わたくしは一体なんなのでしょうか?
誰に必要とされ、何の為に生きて来たのか。そして、生きて行くのか。
あの時は気丈に振る舞ってはいたけれども、ついにわたくしは両の目から零れ落ちてくる涙を止める事ができず、ぽろぽろとこぼしてしまい布団カバーを濡らしてしまう。
「おはようございます、シャーリーお嬢様。 いきなりでございますがご主人様がお呼びでございます。 直ぐに支度をし、ご主人様がいらっしゃる書斎へとお越しください。 それでは」
そんな時、ノックも無く入って来たメイドがわたくしの部屋へと入って来た。
本来であるのならばあり得ないその行為に、そして泣いている所を見られたというその事に動揺を隠す事等出来ず、叱る事も忘れて固まってしまったわたくしの事など取るに足らない路傍の石を見るかの様な目線を向け、淡々と言葉を喋りだす。
今日の朝までの扱いと違い、まるで全く関係ない赤の他人へ向けるかの様な視線とその態度にわたくしはこれからお父様に告げられるであろう内容にある程度察しが付く。
しかし、察しがついた所でどうだというのだ。
わたくしがどうなろうと何も変わらない。
悲しむ者もいない。
喜ぶ者は、それなりに多そうだ。
その事が更にわたくしの胸を締め付けてくる。
わたくしの今まではいったい何だったのだろうか?
心が折れたという表現を良く聞くのだが、わたくしは今まで細い枝が折れる様な、そんな音だと何となく思っていたのだがそれは間違いである。
そんな細い枝の様な何かが折れた所で少し脱力するだけだ。
心までは折れやしない。
そこに有るのは無である。
故に無音。
大きな幹の様に力強いわたくしの心の拠り所である、家柄、婚約者、血筋、学んできた事柄、etc、etc、etc。
それら全て、わたくしには初めから無かったかのように空っぽである。
折れる物自体が無いのだ。
音などするはずがない。
あるのは悲しみ、ただそれだけである。
恨んだり怒ったりする気力すら湧いてこない。
全てがどうでも良いとさえ思えてくる。
そしてわたくしは生まれて初めて一人で着替えを、なんとか済ませるとお父様がいる書斎へと向かう。
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