第56話 ライバルたち
私と維澄さんは一旦、大ホールを後にしてもう一つ用意されていた予選のための会場に向かった。予選会場へ向かう途中、私達は沢山の”綺麗な女性”にすれ違うことになった。
むろんオーデションに参加するライバル達だ。
お互いに”それ”と分るのだろう、皆すれ違う時に睨みつけるように頭の先から足先まで視線を向けてくる。そして並んで歩いている私と維澄さんを比較すると、圧倒力に維澄さんへの視線がより熱をもって向けられることが多かった。
当然なんだけど。こういった視線は残酷だよね?
私も維澄さんに勝とうなんて思ってはないけどそれでも少しは不満に思う。だってオーデションに出るのは維澄さんではなくて私なんだし。
ライバル達が維澄さんを見る目は皆”驚嘆”だ。しかし私に向けられる視線は”まあままかな”という安心の表情。
実際に、ホントその通りだから凹むんだよね。
だから少し不貞腐れてしまった私は負け惜しみで維澄さんに言ってやった。
「いまでも維澄さんが出場すればぶっちぎりの優勝だよね、これ」
「な、何を言うのよ?そんな訳ないじゃない?」
「維澄さんもすれ違う人たちの視線気付いているでしょ?」
「うん、でも”いつも”あんな感じだからね」
「いつも?」
「うん」
「いつもと言うのは、日常ってこと?」
「そ、そうだけど?他に何かあるの?」
「いや、過去のオーデション会場では”いつも”そうだったとか」
「ああ、もうそれは覚えてないな。それにそのころは人の顔色とかあまり興味なかったし」
「日常でいつもあんな顔されるとか、ホント維澄さんってつくづく普通じゃないよね?」
「なによ、また人のこと化物みたいに言って」
いや、もう人知を超えてるって意味では化物と言ってもいいレベルだよね。
でも、そうか。もともとの維澄さんの性格は周りからどう思われていようと気にしないタイプだったんだろう。だから昔のオーデション会場で今日のような視線には全く気づかない人だったんだ。
でも人目をはばからねばならない”今”はきっと周りの視線を必要以上に気にしてしまう。
そう考えると、今の維澄さんは相当に生き難い人生なんだろうな。
「でさ、維澄さんはどう思った?」
「どう、って何が?」
「だからすれ違った女性と私を比べて」
「そ、それは……」
維澄さんは困った顔で言い澱んでしまった。
もしかして、私のレベルは及び出ないって感じなのか?それ、マジ凹むんだけど?
「正直にいってくださいよ?ヘタにおだてられて予選で落ちたら余計に凹むんだから」
「え?予選?……ああ、予選の話し?」
「そうよ、他になんの話があるのよ?」
「だからすれ違った女性と檸檬を比べてどうかって話かと」
「そういってるじゃない?」
「いや、その……オーデションの話しだと思わなくて」
「え?……もしかして私と比べてどっちが維澄さんのタイプとか、そういう話だと思ったとか?」
「だって、話しの流れ的にそうかなと」
「なんでそうなるのよ?!違うでしょ!?話しの流れ的にはオーデションに関してでしょ?ホントに維澄さんの天然って恐すぎる!!」
もう、それでなに赤くなってんのよ……
そんなこと真面目に答えようとしないでよ!
というかそこは”檸檬に決まってるでしょ”って笑いながらかわすべきでしょ?
「で、どうなんですか?」
「いや、もうぜんぜん檸檬の方が、可能性あるよ。それは自信もって!」
「だからそっちじゃなくて」
「は?」
「維澄さんが最初に勘違いした方の答えを教えてよ」
「だ、だからそれは……」
「もう、維澄さん?そういう時はね、〝檸檬の方がタイプに決まってるでしょ!〝って自信もって言えばいいの」
「そ、そんなこと……はずかしでしょ?」
「でもそうなんでしょ?」
「まあ……うん」
う~!!
なんか無理やり言わせたようだけど嬉しい!
さあ、テンションあがったんで、このテンションで予選に突入だ!
私達はようやく予選会場に入ると、その部屋はパーテーションで2つに区切られており半分は参加者の待合室となっていた。
だから私達が入った瞬間、多くの参加者の目が我々に注がれた。
そして……ああ、まただ。
不幸にもその待合室にいた参加者の多くが驚嘆の後に落胆してしまった。
また維澄さんのスイッチが一瞬入ってしまったのだ。
廊下ではまだ私に目を向ける人もチラホラいたが、さすがに〝スイッチの入った〝維澄さんの隣にいる私に視線を送る人は誰もいなかった。
全ての視線が”IZUMI”という元天才モデルに引き寄せられてしまった。
「あ~あ、維澄さんも罪な人だよね?」
「え?なんでよ?」
「ここにいる全員を一瞬で奈落の底に落してしまったんだから」
「はあ?また良く分からないこと言って」
「良く見てみなさいよ?みんな顔が引きつってるの分る?」
「……うん、確かに皆こっち見て引きつってるかも」
「でしょ?……あれ全部維澄さんのせいだから」
「そんな訳ないでしょ?」
きっと維澄さんはまた私の冗談で揶揄われたとでも思ったのだろう。
いつものように形のいい唇を尖らせてむくれてしまった。
このホテルに着いてから、維澄さんの凄さを見せつけられてばかりでホント私の方がむくれたい気分だよ。
だって今日の主役は〝一応〝私なんだからね?
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