第45話 動揺の種

「神沼先輩ですよね?」


 私の涙がようやく引いた頃。


 ショッピングモールで見かけた三人組女子の一人が突然私に話しかけけきた。


 背が低いけど身体はシャープでショーカットのルックスが少しだけ美香に近い印象を感じだ。


 私の事を〝先輩〝と言うからにはきっと同じ学校の下級生か?



「ええ、そうだけど?」


 私がそう答えると、私に話しかけた女子の友達であろう二人が〝やったじゃん!〝とか〝ヤバイ!ヤバイ!〝なんて言いながら〝キャッキャ…と騒いでいる。


 私はなんとなく状況は理解できた。しかし維澄さんは案の定キョトンとした顔で三人組の女子高生を見つめていた。


「あの、わたし一年の益川杏奈って言います。ずっと神沼先輩のファンなんです」


「あぁ、そうなの。ありがと」


 予想通りのフレーズに、私は全力の作り笑顔でそう答えたものの維澄さんのリアクションが気になってしまいすぐにその女子高生から目をそらして視線を維澄さんに向けた。


 すると……


 こっちも予想通り。あんぐりと口を開けて固まってしまった維澄さんの顔がそこにあった。


 はは、維澄さん……まさか女子高生の後輩にまで嫉妬とかしないよね?


 いや、絶対しそうで不安なんだけど……


「と、突然話しかけてすいません。あの……恋人さんですか?」


 その女子高生は視線をチラッと維澄さんに向け、突然予想外の〝爆弾〝を投下してきた。


 私はこの問いが想定外過ぎた事と、そして〝なんて答えるべきか〝なんて事を咄嗟に考えてしまったので問いに反応することができず、ただただ赤面してしまった。


 この時の大正解は、さっきと同じ作り笑顔で〝ただの友達だよ〝と軽く流す事だった。これが後輩に対する余裕ある〝大人の対応〝であったはずなのに、不覚にも全力で動揺してしまった。


 そしてまた動揺したのは私だけでない。困った事に維澄さんまで全く私と同じ反応をしてしまった。


 こんな二人の反応を見てしまった女子高生は当然こう思ってしまうのだ。


「あ、やっぱり恋人さんですか。すごく素敵な方ですね」


 そう言いつつも顔が引きつっている。


 さあ、ここまで言われてしまって今更〝いや、ただの友達です〝と否定するのか?それとも〝そうね〜ははは〝とか余裕であしらうのが正解なのか?


 当然、後者が正解なはずなのに私は、その選択の答えに逡巡してしまいまたしても出遅れてしまった。


 すると、私が出遅れたがためになんと維澄さんがその答えを言ってしまった。しかも不正解の方の答えを。


「私たちはた、ただの友達です。こ、恋人とかじゃないから……」


 勿論そうなんだけど、改めてバッサリ否定されると堪える……


 そして維澄さんは同じセリフでもサラリと言えばまだ良かったのだのに、思いっきり動揺を出しつつ言ってしまった。


 だからこの女子高生に〝付け入る隙〝を与えてしまった。




「あ〜!そうなんだ!良かった!」


 益川杏奈は目を輝かせて、満面の笑顔を私に向けてきた。そして、すぐに横眼でチラッと維澄さんの顔色を確認するあたりがなんともあざとい。


 〝杏奈良かったじゃん!頑張りなよ!〝


 外野の友達も余計な煽りを入れてきたので、益川杏奈も調子に乗ってしまった


「檸檬先輩、ライン教えてもらっていいですか?」


 いきなり名前呼びで、しかも初対面の先輩にいきなりライン聴くとか……


 さすがにカチンときてしまった。


 そして維澄さんもあんなに動揺してたのに凄い怒りの形相を益川杏奈に向けた。


 あらら……やっぱ女子高生にも嫉妬しちゃったか。維澄さんも全く大人気ない。


 私はもうすっかりさっきの動揺は醒めてしまった。そうなれば、もういつも通り適当に収めればいい。維澄さんを巻き込んであまつさえ維澄さんを牽制するような態度は許し難い。


 だから大人げないとは思ったが少し意地悪をしてしまった。


「え〜?なんで教えるの?会ったばっかだよね?」


 私はさっき見せた満々の笑顔を作り直してからそう答えた。


「あ、でも私は前からずっと……」


「私の話してるんだけど。あなたじゃなくて」


 私はずっと笑顔のままだが、ピシャリと益川杏奈の言葉を遮った。


 益川杏奈の顔からは笑みが消えた。


 まあ、流石に気付くよね。


「ご、ごめんなさい。ちょっと舞い上がってしまって……でも」


 でも?


「わたし……結構本気なんで」


 開き直ったのか、玉砕覚悟なのか益川杏奈はまた挑むように熱い視線を私に向けてきてしまった。


 はは……参ったな。


「私ね……好きな人がいてさ。」



 私はそう言って視線を〝ワザとらしく〝維澄さんに向けた。


 維澄さんは狙った通りに赤面して俯いてしまった。


 益川杏奈は当然気付いた。


「で、でも友達だって……」


「だから……私の片思いなの。察してほしかったな〜」


 益川杏奈はもう一度維澄さんの表情を睨みつけるように凝視した。


 そして悔しそうに下を向いてしまった。


 その表情の裏にはきっとこんな言葉があったように思えた。


 〝なんだこの人も、さっきは友達なんて言ってたけど結局、神沼先輩のこと好きなんじゃない〝


 維澄さんのリアクションは端からはそう見えるはずなんだ。維澄さんが私を好きすぎるでしょうと。私もそう思いたい。でも、やっぱりそれを最後まで認めないのが維澄さん本人。


 私が維澄さんにしなければいけないことは〝私を好きになってもらう〝ことじゃない。


 だから悩ましいのだ。



「すいませんでした」


 益川杏奈が悔フリーズしていると友達の方が、フォローを入れて謝ってきた。重たい空気に耐えられなくなって話を収束に誘導したいに違いない。


 〝ほら、杏奈も……〝


 小声そう友達に促された益川杏奈は私に振られた悲しさというより悔しさの表情を滲ませた。


「す、すいませんでした」


 そう一言絞り出して、友達に手を引かれながら三人はそそくさと去って行った。きっと益川杏奈の悔しさの表情には涙が浮かんでいたように思う。


 チョット言い過ぎたかもしれないが、でも変に気を持たせる方がむしろ相手に悪い。


 そして失礼な態度をとった責任は、それに気づかせてあげた方が本人の為にもなる。


 ああ……そんな事考えて行動する私って、やっぱり上條さんに指摘れたように、私には考え過ぎの帰来があるのかもしれないな。



 そんな事を思っていると……


「檸檬?」


 維澄さんか不安全開の表情で聞いてきた。


「結構こういう事あるの?」


「ああ、たまにありますね」


「女の子からも?」


「まあ、そうですね。数は男子の方が多いけど」


 なるべくサラッと行ったのだが、維澄さんはさらに輪をかけて泣きそうなくらい不安な顔を見せた。


 だからそんな顔するなら〝ただの友達です〝なんて自信満々で言わないでほしいよ。


 そしてきっと無意識なんだろう……維澄さんは両手で私の右手を握り締めてきた。まるで不安な子供が母親がどこにも行かないように手を握握りしめるように……



 だから!


 何なのよ!これは?


 〝ただの友達〝なんでしょ!


 ホントに……私はいつまでこんなに拷問に耐えなければならないのだろうか?



 〝このままでいい〝なんて思った矢先に試練が多すぎるよ……



 勘弁してほしい。


 ねえ、維澄さん!

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