第37話 私の中のあなた

 私が応募するオーデションの「写真」がようやく出来上がった。


 それにしても疲れた……




 撮影は、私の部屋へ維澄さんを招いて維澄さんにお願いした。


すると私が想像していなかった維澄さんに色々面喰うことになった。


 まず維澄さんは、私の予想を大きく上回る程の「撮影ノウハウ」を持っているようで私の部屋で即席簡易スタジオを作ってしまった。


 数点の照明器具と背景用の大きな白い模造紙その他、良く分からない三脚みたいなもの等々……。


 そして前に聞いていた、一眼レフ。


 さらに維澄さんは私の家に来るなり、家探しを初めてしまいキッチンの椅子だとか花瓶だとか縫いぐるみだとかサッカーボールだとか……色々な物を持って来ては模造紙の前に並べ始めた。


「これは何なんですか?」


「え?撮影に使うアイテムだけど?」


「は?そ、そこまでやるんですか?」


「まあ、ね……せっかくだから」


「なんか維澄さん、楽しんでませんか?」


「そ、そうじゃなくて、これも檸檬が一次選考を通るための重要なステップで……」


 いや、絶対楽しんでるでしょ?


 フフ……やっぱりこうやってモデルということに関わってる維澄さんはドラッグストアーでつまらなそうに?してるよりずっと生き生きしている。


「衣装はどうする?」


「え?……制服で良くないですか?」


「なに冗談いってるの!!」


「じょ、冗談?……全然真面目にいってるんだけど?第一、私、写真撮影に使える衣装なんて持ってないよ?」



「ちょっと見せてくれる?」


「え、いや、それはちょっと……ほら、やっぱここはJKブランド押しでいきましょうよ?」


「ダメよ。制服だと檸檬の良さが出しきれない」


「そ、そんないつもの制服姿の私が魅力ないみたいじゃない」


「いつも可愛いわよ。でも檸檬の可愛さはこんなもんじゃないんだから……」


「なっ、何恥ずかしいことサラッと言って……今日の維澄さん、テンションおかしくないですか?」


「私の前で今更何をはずかしがってるのよ?」


「今更って……何が今更なのよ?まだ維澄さんと何もはじまってないのに」


 そこまで言うと維澄さんは不思議そうに首をかしげて……


「そういえばそうか」


 と微笑みながら呟いた。


 な、な、なんだ?今の反応は?


 ぜ、ぜったい今のは……


 ”そうかもう檸檬とつきあってるつもりだったけど、そうじゃなかったね?ウフッ!”


 って感じだよね?そうだよね?


 悲しいかな私はこの維澄さんのたったこれだけのリアクションでテンションが上がってしまい、結局維澄さんに自分の持っている服を大公開してしまった。


 それからというもの……


 維澄さんの異様な熱に押されながら、私は持っている服をとっかえひっかえの”着せ替え人形”状態。


 お昼過ぎにはじまった”撮影会”が終了したころには窓の外はすっかり暗くなっていた。



 私は最初こそ、維澄さんのテンションにつられて興奮しながら為すがままに撮られていたがさすがに途中で疲れてしまって、何度も維澄さんに檄を飛ばされた。


 ほんと、何なのよこの人?普段はやる気ない雰囲気しかないのに今日は全然テンションが衰えない。


 維澄さんは撮影を重ねるごとに益々エスカレートして「姿勢の指示」はむろんのこと「目線」「足の角度」「腕の位置」「表情」いちいち煩く指示してきた。


 まったく、このまま維澄さんが”じゃあ檸檬脱いで”と言われれば私はヌードにだってなってしまった自信があるよ……全く危なかった。


 しかしそんな中で私が一番興奮させられたのは……実はメイクだった。


 今日は維澄さんが私のメイクをしてくれた。


 メイクを終えた自分の顔を鏡で見てビックリした。


 私の顔は維澄さんとは顔のイメージは全く違う。



 ……でも思った。


「あ、維澄さんだ」


 その鏡に映る私の印象がことごとく維澄さんとそっくりだった。


 メイクが似るとここまで印象が似てしまうんだと改めて驚かされた。


 そして、私はしばらく自分の顔に見とれてしまった。


「ね~綺麗でしょ?」


 維澄さんは上機嫌に言った。


「はい」


 私は素直にそう応えていた。


「フフフ……」


 維澄さんは嬉しそうに微笑みながら、鏡に映った私を見つめていた。



 維澄さんが自分の一部になったような不思議な感覚。


 自分でも恥ずかしいほどに”そのこと”に興奮してしまった。


 自分の顔で興奮するなんてかなりヤバイんだけど。


 でも、私はあまりに嬉しすぎて涙が出そうになってしまった。




 …… …… ……



 数日後、維澄さんは写真をプリントして仕事場に持って来てくれた。


 写真を見て、改めてびっくりした。


 維澄さんだっておそらく、何度も見てきたカメラマンの見よう見まねで撮影してくれただけだと思う。


 それなのに素人の私から見たら雑誌に掲載される写真と変わらないクオリティーに見えてしまった。


 それとやっぱり、私の印象がことごとく「維澄さん」であったことだ。


 こんなことを言うと「ナルシスト」と思われそうだが、私は自分の写真に惚れてしまいそうなくらいに写真を見てドキドキしてしまった。




 写真は沢山ある中から維澄さんと一緒に選んだ。


 私は正直どれも「できすぎ」に見えたので、最終的には元プロの維澄さんの意見を尊重して選んだ。


 私の「檸檬」と言う名前を強く印象付けるために薄い黄色のワンピースを着て、キッチンから持ってきたウッドの椅子に座って撮影したカット。結構前半に撮影した写真なので私はまだ少し照れているように見える。


「睨まないでよ」


 と友だちから良く言われる「キツメ」のイメージはそこにはなく、ほんとに「あ、恋してるな」というのがバレバレの写真。


 そういえば前に美香が「恋する乙女の顔になている」とからかわれてことがあったが、確かにそれはその通りだったのかもしれないと思った。




 後は応募して結果を待つのみ。


 でもなんとなく予感がしていた。



 きっと一次審査は通る。


 それはそうだ。


 維澄さんと二人で作り上げた「私」という作品。


 もちろん維澄さんが元プロのモデルだからこそ可能だった要素は大きいと思う。


 でもそれよりも私の維澄さんを思う気持ち。


 それがこの写真の中に表現されていない訳がない。


 自分の外見がいいとか悪いとかと言う次元の話ではなくて、間違いなくこの日の私は「私の人生の中で」一番綺麗だったという自信がある。


 だって愛する人が私の為にずっとずっと一生懸命になってくれていたんだよ?



 そんな私のことを思ってくれている彼女を……


 ずっとずっと私は見ていたんだよ?


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