第28話 イエローカード
私と維澄さんは盛岡駅行きのバスに予定よりも少し早めに乗ることができた。
理由は、維澄さんが想像以上に早く来てしまったからだ。私は待ち合わせよりも30分も前に来ていたが維澄さんもそれに遅れること10分。
たったの10分。
「維澄さん?早くないですか?」
維澄さんのことだから、絶対遅れてくると思っていたのにどうしちゃったの?もしかして維澄さんも楽しみにしてたとか!?なんと楽しい妄想なんだろう。
それにしたって、これは。
残酷すぎる。
「維澄さん?何やってくれたんですか?」
「え?何が?」
「どうしてくれるんですか?そんなファッション雑誌から飛び出してきたかのような恰好をして?いつもと全然違うじゃないですか?そんなのやられたら私が残念すぎて可哀そうじゃないですか?」
私は正直な感想を言ってみたのだが、維澄さんは柄にもなく分かりやすく照れて耳まで真っ赤になってしまった。
ブラックのタートルネックと白のフレアスカート。維澄さんらしく全体的には「大人しい」色合いなのだが、なんか醸し出す雰囲気がまるで素人ではない。
「そ、そんなこと……檸檬も結構、まあ……」
「あ!いま言い澱んだよね?目そらしたよね?」
私はケーブル編みの派手は赤いニットプルオーバーとストレッチのデニムパンツ。維澄さんと体形が近いから比較されないように絶対被らない”明るめ”かつ”スポーティー”を私なりに選んだスタイル。
私だって気合入れたのに、なんか自分でも赤面するほど恥ずかしい。
元モデルと並ぶとここまで差が出てしまうとは想定外すぎてショックだ。
それとも元モデルでも維澄さんが特殊すぎるのか?
「いきなり私のモデル志望のモチベがダダ下がりだよ~」
「ご、ゴメンナサイ。そんなつもり全然なくただ檸檬と一緒だと思ってついはりっちゃって……」
今度は私が赤面する番だ。はりきるだって?!
そ、それは反則だ。
私は、たまたまポケットに入っていたドラッグストアーの黄色のポイントカードを手でひらひらと振りながら維澄さんに見せた。
「え?なに?」
「反則のイエローカードです」
「そんな……ゴメンってば」
「そっちじゃない!」
「え?」
その格好のことでなく、その顔……
「その顔が……反則です」
維澄さんにはついにその意味が伝わらず呆けた顔をしてしまった。
ちょっとは気づてほしいんだけど、それを維澄さんに期待しても無理な話だ。
まあだからこそ私は安心してここまで言えてしまうんだけどね。
私達は40分ほどバスに揺られ、盛岡駅前についた。
二人で少し商店街を歩いてるところで、私はどうにも耐えられず維澄さんに尋ねた。
「維澄さんって毎日こんな視線に耐えてるんですか?」
だって、すれ違う男どもはもちろんのこと、女性ですら維澄さんの頭の上から足の先までガン見する。
たまに……たま~に私の方にも目をくれる人がいるが、私の場合「ガン見」でなく「チラ見」
なんだこの差は?
まあ、男達の気持ち悪い視線は浴びたくもないからいいんだけど。
でもなんか悔しい気がする。
「いや、今日は特別だと思う。私もちょっと後悔してる」
「やっぱ極めすぎたってことですよね?」
「そ、そんな……もう言わないでよ」
「いえ、それはいいです。……だって私のためにお洒落してくれたんでしょ?なら嬉しいですよ。だって憧れの維澄さんですからね」
「また、そんな……」
ほらまた赤面する。
フフ……でも楽しい。
なんか、ちょっと恋人どうしみたい。
ホント夢のようだ……。
盛岡に唯一あるデパートを二人で巡ることにした。今日は維澄さんが私の服をコーディネイトしてくることになっている。彼女がどうやって私の服を選んでくれるのか?維澄さんはどんな服が好みなのか?
……興味が尽きない。
「檸檬?あなたの服を選んでるのよ?私が着るわけじゃないんだから、自分でも選びなさいよ?」
そう言いつつも、肝心の私をそっちのけで維澄さんは予想以上に熱心に様々な商品を夢中になって見て回っている。
そして、しばらくすると私は体がムズムズして発狂しそうになってしまった。
だって……
「檸檬くらいスタイルいいなら……、顔も綺麗だし……、目がちょっときつめけど、それが魅力的だから……」
なんか、ちょい、ちょいとそんな独り言が漏れ聞こえてくるものだから……もうもうとても耐えきれない。
私は悶え死にそうなのをなんとか堪えて……
「そ、そんな目がキツイとか言わないでよ、まあそうなんだけどさ」
これだけ言い返すのがやっとだった。
「それが檸檬の魅力じゃない!私はそれを活かす方向がいいと思ういけど、檸檬がそのきつめのイメージが嫌なら和らげる方向で考えるけど?檸檬は自分をどう見せたいの?」
「ハハ……やっぱりプロって違いますよね」
私は純粋に維澄さんの服選びをみてそう思った。選ぶポイントがいちいち私と違う。
そしてそのポイントはきっと維澄さんが正しい。
元モデルだから当たり前と言ってしまえばそれまでだが、やっぱり素人とは違う。
昨日はあれだけ謙遜してたけど。
私が今抱いているリアルな維澄さんの印象は、写真を見て憧れていたころのものとはとうに違ったものになっている。
等身大の維澄さんは、女神のような伝説モデルIZUMIとは似てもにつかない。
小さなドラッグストアーのレジがよく似合う、真面目で優しい、そして少女のような女性だ。
だから今日の維澄さんにはちょっと違和感を感じる。
でも本来の”元モデル"という過去を持つ維澄さんなら”こっちの姿”が当たり前なのだと思うが、最近はずっと”違う”維澄さんばかり見ていたから、今日の維澄さんにやっぱり驚いてしまう。
「その色はちょっと明るすぎるな、私は檸檬はもっと寒色系のイメージを残した方がいいと思う。きつすぎるイメージはメイクでどうにか修正かけれるから。あ!この色とかどう?こういうの嫌い?」
「あの~?維澄さん?メイクで修正とかそもそもそこまで望んでませんけど?ちょっと維澄さん前のめり過ぎませんか?」
私はそろそろ維澄さんの求めてるレベルがだんだんエスカレートするのにとてもついていけなくなってしまった。
維澄さんも”はっ”とそれに気づいたらしく顔を赤らめて、誤魔化すように咳払いなんかしてる。
「ちょっと私が楽しんじゃってたね。ゴメン」
「いえいえ、維澄さんが私のために一生懸命なのは嬉しいですよ」
「そ、そう」
照れてるのか、恥ずかしいのか維澄さんは微妙な顔をした。
でも私は嬉しいと思う気持ちと同時にあることに気付いてしまった。
私の服を選ぶ維澄さんはとても楽しそうだ。女性が服を選ぶことが楽しいなんて当たり前のことだとは思うが……でも維澄さんは違う。実際に普通の女性が感じる以上に楽しんでいるんだ。
これは維澄さんにとってモデル時代の思い出は”楽しい時代だった”ということを想像させた。
だからドラッグストアーで見せた化粧品コーナーを伏し目がちで通り過ぎる維澄さんとのイメージにギャップを感じてしまう。
あれほどモデル時代の過去に触れるのを拒んていた維澄さんの行動と整合性が取れない。
おそらく維澄さんはモデルの仕事自体は大好きだった可能性が高い。でもその大好きだったモデル界を去ることになった原因がまさに維澄さんに暗い影を落している。
だから維澄さんにとってモデル業というのは楽しい経験、大好きだった職種。でも同時にその大好きだったものから引き離されたしまった辛さがモデルのポスターを見たときに浮かべる苦悩の表情なのだ。
そう言えば……
最近、維澄さんは化粧品コーナーでも暗い表情を見せなくなった。
何か心境の変化があったのか?
私の存在だったりして?
フフ、それはちょっと自意識過剰が過ぎるのか?
でも、今の明るい維澄さんに少しは私という存在が影響しているという自負はあった。
だって維澄さんははっきり私以外に友だちはいないといったのだから。
「でも勉強熱心に見えない維澄さんが、なんかこんなにファッションに詳しいなんて意外です」
私は純粋に思っていた疑問をぶつけてみた。
「勉強熱心に見えないって失礼じゃない?」
そうふくれっ面をしつつも表情は柔らかい。
そして昔を思い出すように言った。
「でもそれは檸檬の言う通り。実はこれは全部人からの受け売り。いつも私はその人に教わってばかりいたから」
維澄さんは今までに見せたことのない笑顔を自分の過去に向けていた。
その表情を見た私の心はざわざわとさざ波を立てた。
その人?って誰?
そう自分に問うまでもなく一人の女性の顔が頭に浮かんでしまった。
上條社長か……
そういうことか。
今までに”見せたこともない”維澄さんの柔らかい笑顔。
いや違う。見たことがある。
私は唯一、維澄さんのその表情を知っている。
そうだ。あの写真の表情だ。
あの写真の微笑みが”誰かに”向けられていたことに私は気づていた。
それに嫉妬したことがあったほどだから。
今、その表情を見せた維澄さんの記憶の映像に……その人が写っている。
そう思うと私は堪え切れない程の嫉妬で苦しくなる。。
「へ、へえ~。そんな人がいたんですね。ど、どんな人だったんですか?」
しかも私の不安を気づかれないギリギリの質問をなんとか維澄さんに投げかけることができた。
ただ私のその問いかけに、今見せた維澄さん柔らかい笑顔が一瞬で消え去ってしまった。
そしてまた維澄さんの顔が少し青ざめていると感じる程に影を纏ってしまった。
あっ……しまった!
やっぱりそうなんだ。
私は維澄さんの地雷をガッチリと踏んでしまった
薄々気づいていたのに……いや確信していたからこそつい焦って踏み込んでしまった。。
維澄さんは感情が顔にすぐに出る。これもいつものことと思えば、それまでだが、今回はちょっとレベルが違う。
核心に触れてしまった。
維澄さんからあんなにも優しい笑顔を引き出して、そしてここまで苦悩の表情を作り出させてしまう人。
それほどまでに維澄さんの深い部分に”あの人”の影が残っている。
「維澄さん?またそんな表情して……イエローカードですよ」
私はなんとか歪んだ作り笑顔をつくりながら、さっきと同じように黄色いポイントカードをかざし、自分の動揺を胃の中に納めて何とかそれだけ言うことができた。
すると維澄さんは自分が自分で、暗い顔をしてしまったことに気づいたのだろう。
慌てて顔の表情を緩めた。
そして維澄さんも、私の同じような歪んだ笑顔を作っていた。
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