第119話
「まあ、要はお前はこの世界の裏の歴史を全く知らんということだ。それで、龍ってのは端的に言えば――」
「端的に言えば……?」
「魔王と人間との間で生まれた種族だ」
「……どういうこと?」
「本来、龍種っていうのはこの世界で最上位級の存在として作られていたんだ」
「いや、それは今でもそうじゃないの? 龍化すれば手が付けられないし、人間の形態のままでも一騎当千の猛者揃いで……」
そこでリュートは肩をすくめて首を左右に振った。
「本来はそういう次元じゃねえよ。人間と比べてどうこうではなく、12柱の魔王……文字通りの最上位厄災個体に名を連ねる、神と同義の連中だ」
「魔王……? さっきの話に出てきた奴ね。私の中にも眠っているっていう……」
「そうだ。元々は人間の文明が進み過ぎないように世界を監視し、兆候が見えると同時に速やかに文明を破壊する存在なんだけどな。ちなみに、俺が喰ったベルゼブブも一柱だな。で、話を戻すが――かつて風変わりな……神龍の娘が人間の男に恋をしたんだ」
「有名な御伽噺だよね。暗黒邪龍と料理人の男の御伽噺。ってか、あの御伽噺ってひょっとして……」
ああ、とリュートは頷いた。
「破壊衝動に取り憑かれた腹ペコの暗黒邪龍を屈服させたのは、力でもなく、正義でもなく、料理と愛情だったていう話だな」
「そうして魔王との間に産まれたのが……?」
「亜龍……今、ここにいる龍族の祖だ。つまり、龍の里とは、本来システム上存在しなかった……いや、そもそも存在しえなかったバグのようなものなんだよ」
「まあ、伝説の暗黒邪龍は山を吹き飛ばすような魔物で……人間には手に負えないでしょうからね」
「生殖器官が備わっていたとして、それでもまあ、見ての通りに龍は誇り高い。力の遥かに劣る人間を伴侶に選ぶなどありえねえ話だ」
「なるほどね。でも、龍と言うのは力に執着する誇り高い種なのよね? 自分自身に嘘を付くほどすら耐えられない、そんな圧倒的な自尊心を持つ彼らが……何故に力を失うことになるの? いや、力が失うことを前提で、今日……この場にいるの?」
と、そこで私達は金網のフェンスが奥まっているところ……凹地っていうのかな? まあ、そんな感じのところに差し掛かった。
そうして奥に入っていくと、建物の入り口まで金網の通路が伸びていて――やがて私達は妙にテカテカとした外壁の建物へと突き当たった。
「さて……それじゃあみんな? 準備は良いか?」
すると、7大龍老は旅装の外套を脱ぎ捨て、続けて上半身の上着と肌着を脱ぎ捨てた。
全員、年老いてはいるけれど筋骨隆々で、一見してツワモノだと分かる。
恐らく、既に勇者としての性能を限界以上に引き出している私でも……。
はたして、今の私でも……龍化したこの人たち相手であれば、何人まで切り捨てることができるかは分からない。
「ねえリュート? 何をしようとしているの?」
口を開こうとしたところで、リリスが手でリュートを制した。
「……龍のしきたりについては部外者には私から離した方が良いと思う。私の義理親(とうさん)は土龍族。そして私も龍の娘として育ったのだから」
「ああ、そうだろうな。お前ですらも最近まで知らなかった機密事項だ。俺から話すのもおかしな話か」
「……良いかコーデリア=オールストン。龍とは力に固執する誇り高き種族だ」
「うん、それは知っている」
「半分は人間、そして半分は旧世界のシステムの核……魔王からできている。故に、システムの管理者である女神とのコンタクトの方法も……無いことは無い。我々は遥か昔から世界全体に龍族としての政治的不干渉を貫きながら、それでもこの世界の理不尽に対して考察を続けていたのだ。我等は誇り高く、そして力に執着する。どうにもできない理不尽に、ただただ屈して受け入れるような精神構造は誰一人として持ち合わせてはいない」
「黙って為すがままにされていた訳ではないと?」
コクリとリリスは頷いた。
「……伝承にこうある。長い長い時間の果てに、我々は世界の管理者と一つの約束を取りつけた。管理者もまたこの世界の現状を快くは思ってはいなかった……。来るべき時、龍の全てを託す者が現れれば……会談の時を設けようと。そして、それが今となるのだ」
「でも――それってただの伝承なんでしょ? 伝説とか御伽噺の類で私達はこんな場所に――」
と、そこで私は自分の発言のマヌケ加減に気付いたが、もう遅い。
リリスに、鼻で笑われてしまった。
「それが口伝である以上、私たちにとってはそれは絶対に信用できる事項になる。なぜなら――」
リリスの言葉を掌で制する。
まあ、間抜けを晒してしまった後でどれほどの効果があるかは分からないが、一応言っておこう。
「そうよね。龍は嘘をつかないから……口伝はすなわち100%と言い換えて良い」
「……そういうことだ」
「そうして龍の全てを託す者、それはつまり……リュートってコト?」
そこでリュートが掌をパンと叩いた。
「その通りだコーデリア。オーケー、みんな始めてくれ」
リュートの言葉と同時に、7大龍老の体が光に包まれていく。
「でも、具体的にはコレって……一体みんなは何をしているのリュート?」
「武装解除だ」
「武装……解除?」
「この世界の物理現象はステータスに支配される。それは俺たち自身や自然に散らばったナノマシン……分かりやすく言うと、目に見えない不思議な力によって補佐されているからできる現象だ」
「じゃあ、この人たちのやっていることは?」
「元々、龍族はシステムバグのようなものだからな。ナノマシンとの結びつきも実は脆い。いや、だからこそ簡単に結びついて絶大な力を出すこともできるんだが……」
「全てを託すって、それはつまり……?」
リリスが沈痛な面持ちと共に力なく頷いた。
「世界のシステムを変えたいのであれば、未来に全てを託すという龍族の覚悟を見せろ。それが女神――管理者の出した唯一の条件となる」
「でも……武装を解除しちゃったら……?」
「ああ、龍とは言え、システムの補佐の輪から完全に外されるんだ。そこらの人間の子供よりも非力な力しか出せないだろうな。そもそも龍化という力すら失うだろう」
「力に固執する、誇り高き龍……それが子供よりも?」
「……コーデリア=オールストン。だからこその覚悟だ。龍族の最高戦力である7支族のそれぞの長……その全ての覚悟と信頼を見せる。それが条件。この世界の本当の神との刹那なる対談の為に支払うべき対価」
そうこうしているうちに、7大龍老が一人、一人と倒れていく。
力が抜け、立つ力もまともに保てない……そういう感じの倒れ方だった。
「安心しろみんな。俺がちゃんと里には連れて帰るからな」
そして、抜け出た光の粒子は建物の入り口と思わしき扉へと集まっていく。
次に、7色に神々しく輝く粒子は扉の中に吸い込まれていって消えていき――
――いや、赤色だけが残った
よくよく見ると、その光は先ほど見た他の色よりも少し弱いように見える。
「やはり足りない……か」
との言葉と共に、リュートの知り合いの赤髪の男が外套と上半身の衣服を脱ぎ捨てた。
「いかに赤龍帝とは言え、トシもトシだからな。力が足りないのも当たり前の話だろう」
その言葉を受け、リュートは小さく頷いた。
「長老連中は老い先短いから全員快諾してくれたが……本当に良いのかオッチャン? 力は2度と戻らないんだぞ?」
「もしもの時の、赤龍帝のスペアとして俺はここにいる。今更それを聞くか?」
リュートは一瞬だけ表情を崩して、涙を浮かべて――
そうして大きく頭を下げた。
「よろしくお願いします。貴方の意思は絶対に無駄にしません」
言葉を受けて、赤髪の男はポカンとした表情を作った。
そうしてしばらく固まって――
「おいおい、リュート……あの時から……敬語を使えって散々に言ったが、こんな時にっていうのは卑怯じゃないか?」
赤龍族の男は目に涙を浮かべて、大きく頷いて言葉を続ける。
「なあ、リュート。俺はお前にお願いもしない。任せたとも言わない」
そうしてリュートの頭をコツリと拳と叩いた。
「――これは約束だ。絶対に世界を変えろ。お前にならできる。だから託すんだからな」
赤髪の男は小指で涙を拭いて、リュートも頭を上げる。
そうして二人はニカリと屈託なく笑い、そして強く手を握り合ったのだった。
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