第86話

 サイド:エイブ=マクミラン




 さて……と、ワシは眼前に迫りくる獣人共を眺めていた。

 ここはミネガン平原――この森に住まうエルフ族の最後の抵抗の地じゃ。

 元より、ワシ等がこれから行おうとしているのは玉砕戦となる。

 相手は種族を進化させ、大国クラスの戦力を持った連中じゃ。

 10を超えるSランク級相当の戦力が、このような辺境の地に存在するなどと、悪い冗談にしか思えぬ。

 とはいえ、遠くに見える関所には……流石にSランク級やAランク級は配置されてはおらんだろうがな。

 ワシ等は派手に関所を攻め落とし、そして後から派遣される猛者共に敗れる。そして、あわよくば手薄になった王都で――皇女を奪還する訳じゃ。


「エイブ老師? 儀式魔法の下準備が整いました」


「うむ。距離を詰められてからではお終い……故にな」


 先刻から我々はエルフ族に伝わる広範囲攻撃魔法を練っておった。

 総勢200名の術師による儀式魔法で、目標は関所となる。

 当然、大規模な魔力が大気に流れる訳じゃ。基本は脳筋寄りの連中とは言えども、流石にワシ等の動きは察知する。

 連中としては儀式魔法を盛大にブチかまされる前に、ワシ等と近接戦に持ち込みたい。

 故に、こちらの攻撃気配を察知した瞬間に、こちらに向けて一斉に獣人共が関所から飛び出してきたという訳じゃ。


「近接戦等――無論、させんがな」


 地面に描かれた魔力の魔方陣。

 陣上に皆が立っていて、その中心はワシじゃ。


「しかしお前ら……不っ細工な魔力操作じゃの……」


「エイブ老師に比べれば、我らの術式など……それこそ赤子同然でしょうに」


「それじゃあ、仕上げはワシが行おうかの」


 冒険者ギルドで言えばAランク級のワシじゃ。

 と、いうよりも昔は事実としてAランク級冒険者として各地を回っていたこともある。

 世界を回り見聞を深めるというのがその目的じゃった。


「流石はエイブ老師です。儀式魔法で高められたこれだけの魔力エネルギーを……見事な操作で……」


「本当に不細工な術式じゃのお前ら……このままじゃ間に合わん。獣人共がこっちに到達しちまうぞい」


「いえ、我々はエルフに伝わる儀式魔法の作法に則り……」


「じゃから、それが不細工じゃと言うておる。ちょっと術式を書き換えるぞい?」


 どれどれ……とワシは大気に構築されている魔法式を眺める。

 ふーむ、流石は昔から伝わる術式じゃ。不細工ではあるが、複雑であり完成度が高い。


「じゃが、やはり――ちいとばかし美しくはないな」


 そうして、ワシは魔術式の上書きを施していく。


「これで術式構築速度130%じゃ」


「流石は森の賢者……エイブ=マクミラン老師です。エルフ族の誇りと言われているその御力……伝え聞くよりも遥かに素晴らしい」


「まあ、ワシ――天才じゃからな」


「はは、貴方であれば、ご自分でそうおっしゃられても嫌味に聞こえないのが悔しいところですね。ですが――」


 ワシ等の眼前には獣人共の群れが迫っている。

 こちらの先頭との彼我の距離差は100メートルも無い。


「――あと、数秒もすれば魔方陣の先頭に食いつかれます。さすれば組み上げた魔術式と練り上げた魔力も四散しましょう」


 そこでワシはニヤリと笑った。


「ワザとじゃよ」


「……?」


「ギリギリまで引き付けた方が効果は高い。そして、そのタイミングで間に合うように術式を書き換えたと言っておるのじゃ」


 そうして、獣人共の斥候がこちらの陣の先頭に食いつこうとした瞬間――



「極火炎(マハガイア)っ!」



 エルフ族の十八番(オハコ)である儀式魔法が炸裂した。

 暴力的とも言える光が周囲を包み、術者であるワシ等ですらも目が眩む。

 そして鼓膜が破れんばかりの轟音が響き渡る。

 こちらの魔方陣の先頭から前方を、扇形に120度焼き尽くす極大魔法じゃ。

 冒険者で言えばSランク級の超魔術師が扱うような極大魔法で、これをまともにくろうては常人であればタダではすまん。


 と、そして爆発の煙が晴れて――


「バカ……な?」


 ワシ等の儀式陣形の先頭に食らいつこうとしていた獣人は、確かに消し炭となっておった。

 しかし、まともに喰ろうたはずなのに、連中の10%も壊滅しておらん。

 ただ……斥候の一部を吹き飛ばしただけじゃ。


「何故、ただの関所に主力を集めておるのじゃ?」


 連中はSランク級を12名、Aランク級をその数倍擁しておる。

 如何に極大魔法と言えども、この連中に対しては一撃で仕留めるといったようなことはできん。

 が……事実として、9割がたの戦力が総数50名以上生き残っておる、

 連中としても、流石に無傷という訳にはいかんかったようじゃが……。


「人工進化を実施済みの――将校級以上を集めておった……と?」


 生き残っている連中の大体はBランク級程度で、息も絶え絶えじゃ。

 じゃが……こちらの戦力はワシを除けば、せいぜいがCランク級程度。

 歴戦の戦士たちではあるのじゃが、地力が違い過ぎて話にならん。


「9年前のリピート……じゃな」


 ワシは傍らに立つ男に向けて、お手上げじゃとばかりに肩をすくめた。


「まあ、どの道、これは我々の矜持を示すだけの玉砕戦でございます故」


「……この抵抗が、後のエルフの子等の状況の改善に少しでもつながれば、まあ……それで良しじゃの」


「我らは牙を持つ民であると――それを獣人に示すことができれば……」


「うむ、あまりにエルフの扱いを雑にしすぎると、あちらさんもタダではすまんと思ってもらわんとな。じゃが、その為には――玉砕戦とはいえ、もう少し奴らに痛い目にあってもらわなにゃらんのじゃが――」


 まあ、こうなってしまっては仕様が無いかの。


「乱戦の準備をせよ。ここで玉砕しか道はあるまい」


 エルフっちゅうもんは基本的には魔法と弓を主体とする。

 森の中で戦うことに特化しておって、樹木を使いながらトリッキーな攻撃を旨とするわけじゃな。

 平原のような見晴らしの良いところで戦う場合は、範囲魔法で一網打尽……とまではいかんでも、初手で相手方に壊滅的な打撃を与えんとならん。

 で、今回の場合でいうと……肝心要の一番最初のそこでつまずいてしまった訳じゃ。


「玉砕と言うか、蹂躙でしょうがね」


 諦観の表情で男はそう言った。


「まあ、元よりワシ等は死にぞこないよ」


「9年前のあの日に――同胞と共に死ねなかったということですね」


「うむ。ワシ等は死ぬべき時に死ねなんだ。皇女を救う為に死んだとあれば、ヴァルハラで……9年前のあの日に散った……当時の戦友達も許してくれような」


 そうして、吹き飛ばした斥候の後ろに控えていた集団が波となって押し寄せてきた。

 彼我の距離差は100メートルを切っておるの。

 うむ、どいつもこいつも文字通りの野獣の如き眼光よ。

 ほんに良い……腐れ外道の面構えをしておる。

 ――ヤクザに生きたワシの最後を告げる死神にはふさわしい。


「さあ、最後の戦じゃ」


「ええ、共に散りましょう」


 そうして、男……この場の総大将であるエルフの皇弟は力の限り叫んだ。


「一人一殺だっ! 個々の力量差は気合と覚悟で乗り越えろっ! ヴァルハラの英霊達に笑われんように――全軍励めっ!」


 ――応っ! とばかりに全軍が沸いた。 


「時に皇弟? 力量差は根性論ではどうにもならんぞ?」


「存じておりますよ。しかし、せめて死ぬなら勇壮に勇敢に――その為であれば、死地に赴く方便も必要でありましょう」


「うむ――それもまた道理じゃな」


 ワシの言葉通り、個々の力量差は歴然じゃ。

 このままでは良いように蹂躙されて終わりじゃろう。

 とはいえ、流石に戦果がチイっとばかり少ない。これではヴァルハラで笑われてしまうの。

 ふむ……とワシは迫りくる50以上の獣人を見渡しながら、最後の力量差の検分を行う。

 個々の力量差が大きすぎるし、エルフ族の強みが殺されてしまう乱戦では……分はほとんどない。

 が、奴らとて不死身ではない。

 見たところBランク級相当の連中もまた、先ほどの一撃で満身創痍の状況……。

 Aランク級やSランク級は無理として、せめて、マハガイア(極火炎)をもう一度……ぶっ放つことができればBランク級程度の連中は一掃できるじゃろうが……。

 と、そこで皇弟は剣を高々と掲げ、最後の号令を全軍に伝えようとする。


「全軍突撃――」


 と、その時――両軍の間に白いフードをまとった水色の髪の少女が割り込んだ。




「金色咆哮(ドラグズジェノサイド)」




 先ほど、我々が行使した極火炎(マハガイア)と、ほぼ同等――いや、それ以上の光が一面を包んでいく。

 そしてやはり、先ほどと同等……いや、それ以上の轟音が響き渡る。

 破壊的とも言える光と音の暴力が終わり、そしてワシは絶句した。


「こっ、これは龍魔法……じゃと?」


「……雑魚は全て掃討した。リュート」


「しかし、金色咆哮(ドラグズジェノサイド)を耐える……か。連中もとんでもねえな」


 いつの間にか水色の髪の少女の横に立っていた、黒髪の少年は涼し気な表情で言葉を続ける。


「見たところ残っているのはAランク級冒険者相当が10匹。Sランク相当が3匹……か」


 そうして少年は水色の髪の少女の肩をポンと叩いた。

 

「リリス。Sランク以上は俺が必ず仕留める」


「……了承した」


「もしもAランク級を俺が打ち漏らした場合で、複数に同時に噛みつかれそうになったら……そこにいる爺様と協力して対処しろ」


 そうしてリリスと呼ばれた少女はワシの方を見てコクリと頷いた。


「……結局……こうなった」


 そこで少年は悠然とした立ち振る舞いで獣人共の虎の子――猛者の中の猛者に向けて悠然と歩を進めていく。


「おい、そこの少年……? たった一人で……Sランク級を含む……あの戦力に立ち向かうつもり……じゃと?」


「ああ、そのつもりだ。打ち漏らしの場合はリリスと協力して倒してくれ。Aランク級数匹なら……お前らなら容易にできるはずだ」


 パっと見でワシの力量が見抜かれたようじゃな。

 しかし、この少年の放つ気配と殺気――まるで底が見えん。

 かつて、見聞を広める為に世界中を回ったワシだが……このようなことは龍王と謁見した時以来……か。


「少年? 時に――お主は一体……?」


 そうして少年は獣人の群れに向かいながら、後ろ手を振ってこう言った。


「リュート=マクレーン――村人だ」




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