第83話

 これはチュートリアルでリュートが死亡した後、時間の巻き戻しが起こらずに、そのまま時が流れた……もしもの世界軸での物語。





「以上をもって、アルテナ魔法学院卒業生総代――コーデリア=オールストンの答辞とします」


 

 その言葉をもって、学生としての私は終わりを告げ、一人前の勇者としての道を歩むことになった。


 長い渡り廊下を歩くのもこれで最後だ。

 感慨深い気持ちで私は小さく頷いた。

 

「ここでの生活もこれで最後……か」


 あとは、寮に帰って荷物をまとめて聖都への引っ越しを行うだけだ。

 まあ、魔法学院での3年間っつっても、基本的には聖騎士団やSランク級冒険者に混じって国家規模対処クラスの害獣……モンスターの討伐ばっかりやってたんだけどね。

 おかげさまで何とか私もSランク級と呼ばれるレベルになって、勇者としても一人前以上になることができた。

 

 でも――と私は思う。


 どれだけ強くなっても、どれだけ社会の治安に貢献しても、私の心は満たされない。


「リュート……」


 隣にアイツがいてくれない。近くでアイツが笑っていてくれない。

 アイツは滝に飲まれて死んでしまった。

 あの時、もうすぐ……ほんの少しで手が届くところだったのに、それでも間に合わなかった。


 ――私のせいだ。


 あれ以来、私の心には常に深く暗い影が棲んでいる。

 馬鹿騒ぎの場なんかでは、空気を読んで、みんなに合わせて作り笑いをすることも板についてしまった。

 表情筋を無理に使った時の、延髄の辺りの首筋の筋肉の違和感も慣れっこだ。


 ともかく……と私は思う。

 私は勇者だ。だから、もっと強くなって人の役に立たなくちゃならない。


 でも……と私は空を見上げた。

 


 ――何のために私は……命を張っているんだろう。



 勇者として祭り上げられて、何となくそういうもんだと思って任務と役目をこなしてきたけれど……私は……どうして……。


「本当に情けないな」


 勇者としての確固とした、心の芯が無いことは自分でも分かっている。

 人を守るといっても、私には自分の命を張ってまで守りたいものなんてありはしない。


 あるいは、勇者になることを受け入れた当初は……リュートみたいな弱者を守りたいという気持ちもあったかもしれないけれど。


「どうしたのですかコーデリアさん? 暗い顔をして?」


「モーゼズ……」


「また、リュートさんのことを思い出していたのですか?」


「……うん」


 そこでモーゼズは申し訳なさそうに頭を下げた。


「私の責任です。あの時、魔物に襲われて川に突き落とされたリュートさんを守れなかった……私の責任です」


「アンタだって幼馴染を失って辛いんでしょうに。それに、そもそも……それを言うなら魔物の棲む森に村人を連れて行った私の責任じゃん」


「……申し訳ないですねコーデリアさん」


「ともかく、昔のことを言っても始まらないわ。私たちは……いつまでも後ろを振り返ってはいられない」


「ええ、そうですね」


「次の私の派遣先の聖騎士団はアンタも一緒に来るのよね?」


「ええ、非公式の聖騎士団の部隊ですが……団長が私の古い馴染みでしてね」



 本来であれば勇者としての私は、民草の前に立って権威として利用されるのが定番だ。

 まあ、為政者に対する民草の忠誠度を上げて、税金を搾り取るための手段として勇者は非常に優秀なのだ。

 更に言えば勇者は戦場では先陣を切ることによって一団全体の士気も跳ね上がる。

 そういった意味での使い道が勇者にはあって、私は基本的には光の当たる場所を歩み続ける――はずだった。




 でも、私は非公式とされる聖騎士団の一部隊に配属された。

 とにかく、酷い場所だったことを覚えている。

 こちらの教圏に対して攻撃を仕掛けてくる、民間人に紛れた異教の民の過激派を叩き潰すためだけに……難民キャンプ丸ごと焼き尽くしたりだとか、そんなロクでもないようなことばかりをやらされた。

 そうして、一般人を含む虐殺の片棒を担がされて1年が経過し――


 ――そこから先のことは良く覚えていない。


 そう、文字通り――本当に良く覚えていない。


 と、いうのも、私の意識は……まるで催眠魔法を受けたかのようにグチャグチャにトロけたのだ。

 言い換えるのであれば、ある日突然に……私の意識は非常に曖昧なモノとなってしまった。


 そうして、私という体を、私以外の何か別なモノが操り始めて……。

 私が強く出ている時は私が体を動かして、私の意識が溶けている時はソレが私を動かして。


 最初の数日は明らかな異変を感じて焦りもした。

 が、数日も経過すれば危機感も感じないようになっていって、どんどんソレが表に出る時間が長くなっていって……私は、ただ、ドロドロに溶けた意識の海のぬるま湯の中で漂い続けるようになった。

 







「さあ、いよいよです」


「……え?」


 夢現(ゆめうつつ)のような意識の中、モーゼズの言葉で私は久しぶりにハッキリと意識を取り戻した。

 時間経過的には、記憶と意識が曖昧になってから数十日だったような気がするし、あるいは数年経過したような気もする。


 ともかく、気が付けば私は馬に乗っていて、そして背後には見渡す限りの大軍勢が私とモーゼズに付き従っていた。

 

「これ……どういうこと?」 


「おや、珍しく意識レベルが高いですね。まあ良い、どうせすぐに貴方の意識は魔に飲まれます。まあ、大遠征ですよ」


「……大……遠征?」


「度重なる大厄災で狭められた人類の生存圏を取り戻すための聖戦です。龍王すら斬り殺した歴代最強と呼ばれる……人類の決戦兵器である勇者コーデリアを筆頭に、私たち転生者までもが参加するというビッグイベントですよ」


「転生者? 龍王? 何の……こと?」


「しかし、ケッサクですね」


「……?」


「勇者ごときに龍王が屠れる訳がない。ここにいる美しき姫君は人魔皇……。勇者と魔王の力を併せ持った人修羅だというのに」


「……モー……ゼズ……?」


 何故だろう。

 猛烈に眠い。ただ、ひたすらに体がだるくて……そして、何もかもがどうでも良くなっていく。

 そうしてモーゼズは優しく微笑を浮かべた。


「眠りにつきなさい――勇者様」







 そして――。

 次に気が付けば、燃え盛る帝都で私は剣を片手に舞っていた。

 Sランク級も多数含む、迫りくる高ランク冒険者の群れをボロ雑巾のように蹴散らしながら、一直線に帝国議会へと――屍の山を築きながら進んでいく。

 そして、私の背後には10名程度の転生者達が付き従っていた。


「……あれ? 私……人類の生存圏を取り戻すための聖戦……大遠……征……?」


「おや、この期に及んで……意識レベルが回復したと? いやはや、勇者というのも中々ですね」


「モー……ゼ……ズ? 何が……起き……て」


「ご安心なさい。貴方は悪を狩っているのです」


「……悪?」


「まずは、私たちは人類の生息圏外に住む、魔界と呼ばれる土地の民――魔人を狩りつくしました。そこで世界連合としての、今回の大遠征のとりあえずの目標は終了です。そして、次に我々は、帝都に凱旋する前に、我々自身が率いていた大軍勢を粛正しました」


「粛……正?」


「大きなくくりで言えば、ヒト種であるということ……それ自体が悪ですからね」


「……悪?」


 と、そこで私の脳裏に、意識が混濁している中で見聞きした色々な事がよぎった。


「……確かに……そう……かもね」


 正常な状態の私であっても、ある側面ではモーゼズの言っていることに一定の理解は示すことができる。


 そう、私たち人間は、原罪を背負い過ぎてしまっている。

 それが故に大地に見放され、大厄災という業を背負ってしまっているのだから。


 そして――。

 また、猛烈な眠気が襲ってきた。やっぱり、ただ、ひたすらに体がだるくて……そして、何もかもがどうでも良くなってきて。

 そうしてモーゼズは、やはり優しく微笑を浮かべた。

 

「さあ、眠りにつきなさい。そして……戦場を舞いなさい――美しき戦乙女(バーサーカー)」


 その後、私の意識は2度と戻ることはなかったが、最後に言ったモーゼズの言葉が吐き気を伴う鳥肌と共に耳に残った。

 

「そして私と貴方はこの星に巣食う諸悪の根源を狩りつくした後、浄化後の世界でのアダムとイブとなるのです」


 



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