第30話

 一週間前。





 俺は龍の里の自宅で雀の鳴き声と一緒に起床した。

 ベッドから上半身を起こし、寝ぼけ眼で正面を見据える。



 龍王から貰った邸宅は無駄にだだっ広い。

 寝室ですら40畳くらいはあるようなレベルのマジキチの広さ。

 そして、天井まで7メートル位あり、更に、そこにはシャンデリアが彩られている。


「3年も住んどいて……いや、実際にここに滞在している延べ日数は……1年もあったかどうかだけど……」


 けれど、と俺は続けた。


「……いつ見ても、これはマジキチだろ」


 部屋の壁を彩る絵画と装飾類。

 エメラルドやアメジスト、そしてダイヤモンド。

 宝石と言う言葉がここまで軽い室内も珍しい。


 そもそも、ベッドからして5メートル×5メートルのキングサイズの総シルク仕立てというマジキチレベル。


 いや、それはリアルに頭がおかしいレベルだろう。

 何しろ、クッションの中身もシルクらしい。



 はぁ……と俺は溜息をつく。

 そこで、掌にムニュっと感触を感じた。



 俺の掌の先、そこには薄い胸。

 未だ夢見る、リリスの唇が軽く開いた。


「…………んっ」


 しばしのフリーズ。


「うおっ!」


 俺は大声でその場で叫び声をあげた。


「………………んっ?」


 そこでリリスも目を覚ましたらしく、眠たげに瞼をこすった。


「……ん。おはよう」


「ああ、おはよう……後、俺のベッドに勝手に侵入するのは辞めろと前から言っているよな?」


 コーデリアと遭遇したあの日。

 あれから、結構な確率でリリスは夢遊病にかかるようになった。


 具体的に言うと、あれから……例えば、俺がコーデリアの話をした日の夜なんかに、都合良く……寝ぼけて俺のベッドにやってくる。


 そして気が付けば、朝方には一緒に寝ているという始末だ。


「……辞めろと言われてもね」


「言われても?」


「……中々止められるものでもない」


「やかましいわ!」


 とりあえず、強い目にゲンコツを落としておく。


「……痛い」


「そりゃあまあ、痛くしてるからな」


 ちなみに、ドラゴンゾンビを討伐した後、リリスの身元は俺が引き受けた。

 そうして、リリスは俺専属の付き人として……ここで一緒に暮らしている。



 極地の未踏地に赴いた時も。

 魔界に赴いた時も。

 そして、禁断の術式を施した時も。



 俺と彼女は常に一緒だった。



 前回の時間を除けば、それは今生のコーデリアと……よりも、よほど多い時間だ。


「……とはいえ、幼馴染の勇者が女だとは聞いていない」


「その話については、あの時から言ってるじゃねえか」


「……納得できない」


「どうして納得できねーんだ?」


 見る間にリリスは涙目になり、そして俺の頭を両手でポコポコと握り拳で叩き始めた。


「……朴念仁」


 ポコポコ。

 ポコポコ、ポコポコポコ。


「……朴念仁」


 そこで俺は立ち上がり、リリスから逃げるように部屋の入口に向けて駆け出した。


「とっとと飯にするぞ」


 その言葉でリリスもベッドから起き上がり、シーツを剥ぐ。

 ……そこで俺は息を呑んで、目を見開いた。


「……リュート? どうした?」


「…………」


 あまりの事に、俺は言葉が出ない。


「…………どうした?」


 深呼吸し、視線をリリスからズラした。


「あのさ……リリスさ……?」


「……だから、どうしたと……先ほどから聞いている」




「…………パンツ一丁はダメだって……前から言ってるよな?」




 そこでニコリと笑ってリリスはこう言った。



「どうせ、この家にはリュートしかいない。そして、私は寝る時は裸(ら)が基本。むしろ……パンツを着用している事を褒めて貰いたい」




 ゴツン。

 

 俺はダッシュでリリスに駆け寄った。

 そして強い目……というか、本気で彼女の頭天に握り拳を叩き込んだ。



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