第156話 男たちの決意

「あ、貴方たち…」


セクレタは突然の事に戸惑いながら声を漏らす。


「セクレタさん、あの時に、全てを俺たちに話して、頼んできただろ? マールたんを守ってくれって」


「今がその時だと思うんだよね」


「そうそう、あのままだったら、俺たちには避難民の護衛につけと言って、自分だけ囮になるために残るつもりだったんじゃないかな?」


そう言うと転生者はマールをひょいと抱えて、カオリとトーヤのところへ行く。


「俺たちのマールたんを頼むよ」


「ちょっと、あんたら! どないするつもりなん!?」


マールを受け取ったカオリが転生者に声をあげる。


「どないするって、マールたんを守るんだが?」


「守るってどうやって!?」


カオリが更に声を上げる。


「戦うんだよ」


転生者は真剣な顔でカオリに言い放つ。


カオリはそのあまりにもの真剣な転生者の顔に息をのむ。


「しかしさぁ~ なんで、マールたんは俺たちに、足止めしろとか戦ってとか守ってぇ~とか言ってくれなかったんだろ… もしかして、俺たち、弱いと思われている?」


「それはないわ」


転生者の言葉にセクレタが声を上げる。


「マールちゃんは貴方たちの事を弱いなんて思っていないわ、逆に強いと思っているからこそ、最後に避難民の護衛をお願いしたのよ」


セクレタは眠っているマールの顔を眺めていたが、転生者に向き直る。


「マールちゃんはね…貴方たちに人を殺めるような事を言えなかったのよ…」


セクレタの言葉で、マールの真意に気が付いた転生者ははっと息をのむ。


「貴方たちはその手を人の血で染めたことがあるの? ないでしょ? マールちゃんも同じ、綺麗な手をしているわ… だからこそ、自分の手を汚さないで、人に手を汚すような事は頼めなかったのでしょう…」


何人かの転生者が自分の掌を見始める。


「囮に付き合えと言わなかったのも同じ、死ぬと分かっているのに、他人を付き合わせる事が出来なかったのね…」


セクレタはマールを慰めるように見つめながら言葉をつづった。


「お前ら聞いたかぁぁ!!!!」


一人の転生者が怒声をあげる。


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


他の転生者たちがそれに答える。


「俺たちみたいなクズにこれだけ気遣いしてくれる女の子はいねぇよなぁぁ!!!!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


転生者達が怒声をあげる。


「なら、マールたんを守ることに何の迷いもねぇよなぁぁ!!!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


声と共に拳も突き上げる。


「貴方たち、本当にセントシーナの軍勢と戦いにいくの?」


「あぁ、マールたんとマールたんが大事にしているここを、俺たちの故郷を守る為には戦うしかない!!」


そう言い放つ転生者の瞳は決意を決めた男の瞳であった。


「お願いした私が言うのもなんだけど… 軍隊相手に戦えるの?」


「そんなの分かんねぇよ、でも、マールたんの命だけは守れる」


セクレタの問いに転生者はそう答える。


「カオリン、トーヤ、トーカ嬢、そしてセクレタさんはマールたんの側についていてくれ」


「この地に来た俺たち転生者100人は、今この時の為に来たんだ! そして、大事なものを守る為、今より修羅道に入る!!」


転生者たちの言葉にカオリがはっと顔をあげる。


「う、うちも行く!! うちも転生者100人の仲間や!! うちを仲間外れにせんといて!!!」


カオリが転生者たちに腕を伸ばし、悲痛な叫びをあげる。


「いや、ダメだ。カオリンはマールたんの側にいてくれ」


「なんでなん!! なんでうち一人だけあかんの!!!」


カオリは再び涙ぐみながら叫ぶ。


「いや、カオリン一人にしねーよ。護衛に赤ん坊たち10人つけるし」


「ばーぶ!」


メイドゴーレムに抱きかかえられた赤ん坊が声をあげる。


「ならなんで…」


「マールたんの命は俺たちが守る。カオリンにはマールたんの心を守って欲しいんだ」


転生者の一人がカオリに諭すように優しく話しかける。


「マールはんの…心?」


「あぁ、そうだ。カオリンやセクレタさんのいない間のマールたんの姿を見せてやりたかったぜ… いつも心の底で寂しくて泣いているようで… 俺たちのような不器用なおっさんでは、マールたんの様な年頃の娘さんの慰め方なんて分からないからなぁ~」


「そうやったんや… うちがおらん事で、マールはんがそないな事に…」


カオリは眠っているマールを見ながら、胸に手を当てる。


「それにさ… もし、俺たちが死んだら、やっぱりマールたんは悲しむと思うんだ…その事を考えると、カオリンには申し訳ないがマールたんの慰め役になってもらわないと…」


 カオリはその言葉にはっと転生者たちを見る。彼らはただ興奮して戦うという言葉を言っているのではなく、自分の死も覚悟しているのだ。


 カオリはぐっと拳を握りしめる。そして、身体の震えを止めて、すっと優しい笑顔、いつものカオリの笑顔をあげる。


「分かった。うちも女や! 覚悟を決めた男を見送るのも女のうちの仕事や!! 頑張っといで!!」


カオリは必死に笑顔を作るが、その瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れる。


「よし! お前ら行くぞぉぉ!!!!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


転生者たちは怒声とともに拳を突き上げ、そして、ぞろぞろと出口の大扉へと向かう。


「ちゃんと… ちゃんと帰っといでやぁぁ!! 見送るのは女の仕事やけど、帰ってくるのは男の役目やでぇ!!!!」


ぽろぽろと涙を流すカオリの言葉に、転生者の男達は手をあげて答えながら外へ出ていく。


「て、転生者のみなさん!?」


 外で人々と避難する準備をしていたラジルが大勢で出てくる転生者を見て驚きの声をあげる。


「おぅ、ラジ坊。 悪いが俺たちは用事が出来たから、お前の護衛を出来なくなっちまった…済まねぇな…」


「よ、用事とは?…」


ラジルは目を丸くして尋ねる。


「ちょっと、悪い奴を懲らしめてくる」


ラジルはその言葉に子供であるが意味を察する。何か言おうと口を開けるが、堪えて『うん』と頷く。


「俺たちがいなくても修行の事は忘れんなよ!」


「はい!! マッスルプロテインパワーは忘れません!!! 頑張ります!!」


ラジルは精一杯の声で叫ぶ。


 転生者たちはその声を背に、ぞろぞろと敷地の外に向かい。外の開けてた場所で円陣を組み始める。


「君たちは本当に行くのか?」


最後の見送りに来ていたトーヤが尋ねる。


「あぁ、そうだ。トーヤも俺たちとは仲がいいけど、今回だけは仲間外れだ。その代わり、マールたんとカオリンを守ってくれ… それが俺たちの願いだ」


「あぁ、任せてくれ…任せてくれ…」


トーヤも込みあがる思いをぐっと堪えて答える。


転生者はトーヤのその言葉を聞くと安心して、円陣を組む転生者たちの方へ向き直る。


「いいかぁ!!! お前ら!!!」


皆が真剣な表情で皆の姿を再確認していく。


「前の世界での俺たちはクズだった…どうしようもないクズだった! 学校や、職場や、社会やネットの中で高笑いしながら他人を踏みつける人間にへし折られて、陰で愚痴をいうだけのいじけて捻くれるだけのクズだった!!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


「そんな俺たちが死んで、この世界に生まれ変わったが、なまじ力をもったせいで浮かれてなめ切った事をしていた… それはまるで、俺たちをへし折った奴らと同じことをしていたんだ!!!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


「でも誰かが言った。ここは煉獄ではないのかと… 俺たちは生前、酷い悪行を行っていなかったが、大した善行も積んでいなかった。ここで悪行を重ねたらどうなる? 俺たちはどこまで落ちていくことになるんだ… 俺たちは地獄になんて落ちたくねぇ!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


「だから俺たちは不器用ながらも自分たちを改めようとした、そんな俺たちを暖かく見守ってくれていたのがマールたんとここの人たちだ! そしていつの日か、俺たちに生き甲斐が出来た! 生きる喜びが出来た! 喜びを分かち合う仲間が出来た!」

 

「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


「そして、気が付けば、ここは俺たちの楽園…天国になった!!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


「飯食って、糞と愚痴しかたれなかった、糞の俺たちがようやく出会えた、命をかけても守りたいと思うもの… それがこことマールたんだろ? そんな物を持てるようになった俺たちはようやく人間に成れたんだと思う。今更、ここを逃げ出して、糞の様な人生に戻りたい奴なんでいないよな?」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


「じゃあ、今から戦って命を落としても惜しくはないよな? 笑って大切なものの為に命をかけれると言えるよな!」


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


「よし!! じゃあ行くぞ! 全員そろってんな?」


「おう! 外に出ていた奴もセントシーナの状況を監視している奴以外は揃っている!」


「じゃあ、全員、横の者と腕を組め! あれをやるぞ!!」


転生者たちは一歩前に出て、互いの腕をガッチリと組む。


「よし!! 一気に行くぞ!!! 腕を離すなよ!!!」


 転生者たちは魔力を解放し、ドン!!と轟音を立てて、マールの館の上を光の輪となって飛び立っていった。


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