第150話 避難会議

 ツヴァイや他のメイドゴーレム達が、急いで広間に会議をする場所を整えていく。私は初めに準備が出来た上座の席に座り、私の隣にセクレタさんが座る。そして、私は皆が集まるのを静かに待つ。


 あまりにも事態が急で、あまりにも事態が大きすぎる。皆、混乱して収集できなくなるのではないだろうか… 皆、絶望に打ちひしがれるのではないだろうか… そんな不安が私の胸に過る。しかし、私が場を収めなければ、皆の命運を使い果たしてしまうこ事になる。私がしっかりしないとと思うが、握りしめる手が震えている。


「大丈夫、マールちゃん、皆、大人だから慌てたりしないわよ」


セクレタさんが私の胸の内を見透かす様に声をかけてくれる。


「ありがとうございます。セクレタさん」


 私はそれ以上の言葉が言えなかった。セクレタさんが声をかけてくれても胸の中に湧き上がる不安は、口を開くと漏れてきそうだからだ。


 もっと、セクレタさんと言葉を交わせば、私の心の不安は拭い去れたかもしれないが、呼び出した人々が、徐々にここに集まってくる。その中の者には、事前に事態を知っているもの、また知らない者といる。事前に知っている者は顔には出しているが、言葉には出さなかった。ここはやはり、セクレタさんのいう通り大人なのであろう。


 そうしているうちに、皆が集まり、各々の席に着き、私の顔を見て私の発言を待つ。私は震える手をテーブルの上から膝の上に載せ替え、大きく息を吸い込む。


「皆さんにお話ししたい事がございます」


皆、固唾を呑んで私の次の言葉を待つ。


「現在、隣国のセントシーナが帝国のこの大災害に便乗して侵攻を仕掛けて来ています」


私の言葉にどよめきの声をあげる者、やはりそうなのかと黙って眉を顰める者がいる。


「セントシーナの軍勢は、大災害と同時にベルクードに侵攻し、混乱して成す術のないベルクードは壊滅的な被害を受けているそうです」


「ベルクードが!!」


 ベルクードの名前を聞いて、ベルクード出身のおばあ様が悲壮な顔で立ち上がる。しかし、すぐに血の気を失い、おじい様に寄りかかり、そして抱きしめられる。


「そして、ベルクードを侵略したセントシーナの軍勢は、今度はツール郡を目指して侵攻しており、ここの私の領地のセネガはその侵攻ルートにあります」


今度は皆一斉にどよめきの声をあげる。


「そのセントシーナの侵攻に対して降伏する事は出来ません。その理由は…セクレタさん、お願いできますか?」


ここは実際の惨劇を目の当たりにしたセクレタさんに説明してもらう。


「私はセントシーナの侵攻を知るにあたって、その侵攻を伝えるためにベルクードの空を飛びながらここに向かって来たの。セントシーナの軍勢は、とても酷く人間の所業とは思えなかったわ…燃やし尽くす、奪い尽くす、殺し尽くす… もはや、彼らの侵攻の後には何も残らない… 降伏は体の悪い自殺だと思って」


セクレタさんの説明に皆、顔色が青ざめ、言葉を失う。それ程に驚愕であった。


「なので、私たちは全力で避難をしなければなりません! 出来るだけ早く! 一人でも多く!」


青ざめ、言葉を失っていた皆が、私の言葉に私に向き直る。


「ロラード様」


「なんだ、マール殿」


私の呼びかけにロラード卿は真剣な眼差しを私に向ける。


「温泉館に滞在する貴族の皆さんで、転移魔方陣を起動させ帝都への避難をお願いします」


「うむ! 任せるがいい!」


ロラード卿は力強く頷く。やはり大領地の当主の方は頼もしい。


「しかし、今すぐではなく、しばらくお待ちください」


「それはどうしてだ?」


「被災者の中には重傷を負った者、また長距離の避難に耐える事の出来ない女子供や老人がおります。その者たちを一緒に転移して頂きたいのです」


 私の言葉にロラード卿は少し頭を下げ、考え込み始める。そして暫くした後、私に向き直る。


「一体、何人になるか分からぬが、恐らく全員は無理だと思うぞ… われらも貴族とは言え、全員を転移させるだけの魔力はない。その時の為に、人選はマール殿、貴方に任せる。よいな?」


 私はロラード卿の言葉に、声が詰まる。私が人の命を選ばねばいけないのか… 選ばれなかった者はどう思うだろう… しかし、選ばない訳にはいかないのだ…


「幼い子供を優先しようと思います。そして、転移した先での領民やその他の者の事は、ロラード卿、お願いできますか?」


「分かった、ロラードの名にかけて、ここの領民達の身の安全とその後の生活は保障しよう」


「ありがとうございます! ロラード様!」


 私は深々と頭を下げる。これ程、心強い言葉は無い、大領地の当主がその名にかけて領民の保護を保障してくれたのだ。


「次におじい様、おばあ様、そしてラジル」


 私が名を挙げた三人が私に向き直る。おじい様は覚悟を決めて、おばあ様はおじい様に寄り掛かりつつもしっかりと、そしてラジルは真剣な眼差しで私を見る。


「三人には転移を使わない領民たちに付き添い、安全な所まで避難誘導をお願いできますか?」


「分かった…任せてくれ」


おじい様は覚悟を来てた表情で答える。おばあ様もおじい様にそって頷く。


「マールお姉さま! 私もここに残ります! お姉さまお一人には出来ません!」


ラジルは突然に叫ぶ。


「ラジル! なんて事を!」


 すぐさまおばあ様がラジルに向き直り、声をあげる。しかし、私はそれを静止して、ラジルに向き直る。そして、優しく語りかける。


「ラジル、ここに残ってどうするつもりですか? 私と残って敵と戦うというのですか?」


「はい! そうです! 私も男です! お姉さまを私が守ります!」


私はラジルの言葉にゆっくりと首を横に振る。


「ラジル、貴方が守るべきは私ではありません。貴方が本当に守るべきは、人々の未来です」


「人々の未来?」


私はゆっくりと頷く。


「ラジル、貴方とはまだ短い時間しか過ごしていませんが、私によく懐いてくれている事は分かっています。だから、私を守ろうとしてくれる事も凄く嬉しいです」


「なら、どうして!?」


「私自身は私単体で存在しているのではなく、私が大切に思う人々と私の事を大切に思ってくれる人で成り立っているのです。だから、領民一人一人、館の者も一人一人が私の心なのです。だから、私個人の願いとして、私の心である人々を守って欲しいのが一つ…そして、もう一つ守って欲しいものが…貴族としての矜持です」


「き、貴族の矜持?」


「そう、それは個人の感情や気持ちで揺れ動くものではなく、貴族として生きてきた責任でもあります。もし仮に私とラジル、貴方がここに残って二人とも死んでしまったら、後に残った人々はどうしますか? お二人には申し訳ございませんが、おじい様もおばあ様ももうお歳です。遥か先まで人々を見守る事は出来ません。だから、若い貴方が人々に付き添い、その未来を守らなくてはならないのです」


「わ、私が人々の未来を守る…」


ラジルはようやく責任の重さを感じ始める。


「ラジル、この地を失って、人々と逃げ延びて生き抜く事は、ここで戦って命尽きる事より遥かに過酷な事になるでしょう。ラジルには大変な役目を押し付けてしまいますが引き受けてくれますか?」


「は…はい! 私は頑張ります! 絶対に頑張ります!」


 まだまだ幼いラジルが瞳に涙をためて、両手を握りしめ必死に答える。その肩をおばあ様が優しく抱きしめる。


「おじい様、おばあ様も、ラジルが立派に独り立ち出来るその日までよろしくお願いします」


私は二人に深々と頭を下げる。


「分かった…分かった…マールよ… 私は死が訪れるその日まで、ラジルを導いていこう…」


おじい様も私に頭を下げる。


「次に転生者の皆さん」


代表で来ている三名が私の顔を見る。


「最後の一人が避難するまで、お付き合い願いますか? 本来であれば、異世界人である貴方たちを私たちの世界の争いごとに巻き込んで申し訳ございませんが…」


 私は自分にとって都合の良いことを転生者たちにお願いしていることが恥ずかしくなる。彼らに頼ってばかりの自分が情けなくもなった。しかし、彼らはそんな私に微笑みかける。


「マールたん…何を言っているんだ、ここはもう俺たちの世界だ」

「うん、それにここは俺たちの故郷」

「ここに住まう人々ももう他人ではない、俺たちの友人であり仲間だ」


「だから、俺たちの世界と故郷、そして仲間を守ることに何の迷いがあるか…だから、お願いする必要も謝る必要もない、俺たちは自分たちのしたい事をするだけだよ」


 私は彼らがこの世界の人間だと言ってくれた事、彼らがここが故郷だと言ってくれた事、そして、ここの人々が仲間だと言ってくれた事、全てが嬉しかった。胸に思いが込み上げてきた、涙が溢れそうになってきた。それは私が今まで重ねてきた日々が彼らに通じていたという事なのだ。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


私はテーブルに額を擦り付けるように頭を下げる。


「やめてくれよ、マールたん。俺たちはマールたんの頭を下げる所を見たいわけじゃないんだ」

「そうそう、俺たちの見たいのはいつもにこやかなマールたんだよ」

「だから、マールたんには微笑んでいて欲しいんだ」


 私は転生者の言葉に顔をあげ、涙を浮かべた顔で必死に微笑む。それが今、私ができる精一杯だから…


 丁度、その時、部屋の外が騒がしくなる。何が起きたのであろう?もうセントシーナの軍勢が来たのであろうか!?


そして、転生者の一人が部屋の中に駆け込んでくる。


「た、大変だ! 帝都側の転移魔法陣からの反応がある!」



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