第140話 悪夢
あぁ… また、この夢か…
私は夢の中で、この夢が夢であることを理解している。もうこの夢を見るのは何度目だろう…
私は、この夢の中で、何度も足掻き、もがき続けるが、いつも結果は同じだ。
でも、抵抗する事を諦める事は出来ない。
それは私が私である証。お父様とお母様から引き継いだ貴族である矜持だ。
誰だっただろう…誰かに貴族の矜持について説明した事があるような気がする…
独特な喋り方の、いつも明るい元気な女性… 思い出せない…
その女性に、もう一人の女性の身の振り方について説明したはずであるが、そのもう一人の女性についても思い出せない…
何故、思い出せないのだろう、二人は私にとって親友であったはずなのに…
しかし、今はそんな夢幻の様な事を思い出している暇はない。なんとか出来るだけ多く、出来るだけ長く、敵を引き付けなければならない。
この半壊した館では、長く持ちこたえる事は出来ないが、一階、二階部分には火の手が回り、敵も侵入してくることは出来ないはず。
だから、私がいる三階の執務室に火の手が回って、私が力尽きるまで、敵に嫌がらせの様に魔法を撃って、敵を引き留めねば…
私は普段から常時展開している様々な耐性魔法を解除し、敵に撃ち込むための魔力に回している。窓際の陰から敵の集団に魔法を撃ち込み、すぐに身を隠して、他の窓際に移動して再び撃ち込む。
私は攻撃魔法なんて殆ど使った事がない。こんな事なら、あの人達に教えてもらえばよかったかな… あの人達? あの人達って誰だろう… なんだか、同じような姿、形をした人達が思い出される。こんな時にあの人達がいれば、どれほど心強いだろうか…
でも、今はいない人達の事を考えても仕方がない。攻撃を続けなくては… 私は、別の窓際から魔法を撃ち込もうとする。しかし、敵も私の行動を覚っていたようで、私目がけて、無数の矢が飛んでくる。
「うぐっ!!!」
咄嗟に身を躱そうとしたが、一本の矢が私の肩に突き刺さり、そのまま背中に突き抜ける。私は矢の勢いと苦痛の為、床に倒れ込む。
私は痛みに堪えて、立ち上がろうとするが、窓から何本の火矢が撃ち込まれて、床の絨毯、窓のカーテン、辺りに火の手が回っていく。
もはや、此処までか… 私は痛みを堪えながら、這いつくばって、お父様とお母様が使っていた当主が使う事務机の椅子へと向かう。
私は当主の椅子に寄りかかり、腰を下ろそうとするが、肩に刺さった矢が邪魔で、そのままでは座る事が出来ない。私は痛みを堪えながら、矢の片方を折って、矢を引き抜く。すると吹き出すように血があふれてくる。
もう殆ど魔力も尽き、精も魂も尽き果てた。私の抵抗はここまでだろう…
先に逃がしたメイやサツキ、リソンやファルーの館の者たちや、領民たちはどこまで逃げただろうか… 私はちゃんと囮を果たすことが出来たであろうか…
囮になった時に死ぬ覚悟は出来ていたが、敵の凶刃や炎に巻かれて焼け死ぬのはいやだなと考えていたが、その心配はなさそうだ。失血と煙で意識が遠くなっていく。
「お父様…お母様… 貴方達の娘であるマールは、ちゃんと務めを果たすことが出来でしょうか…」
私の視界が滲んでぼやけてくる。おそらく、私は泣いているのであろう。
「もし、務めを果たすことが出来ていたのであれば…私がそちらに行ってから、褒めて下さい… 撫でて下さい… 抱き締めて下さい… 子供の頃の様に…」
ゆっくりと視界が暗転していく。
こうして、私は、炎に包まれた館でたった一人で息絶えるのであった…
「はぁっ!!」
私は寝苦しさの為、飛び起きる。何故だか呼吸が荒く、身体が寝汗でべっとりしている。
なんだか、ひどく悪い夢を見たような気がするが、全く覚えていない。
私は寝汗と一緒に不快感を拭いたく、ベルを鳴らす。
「はいはぁーい☆ おはようございますにゃーん☆」
くるみがいつものハイテンションで、洗面器にぬるま湯を持って現れる。普段ならウザく感じるテンションだが、悪夢を見た後では、気持ちが楽になる。
私は顔を洗った後、寝間着を脱ぐ。
「くるみ、背中の寝汗を拭ってもらえませんか?」
「はいはぁーい☆ お任せにゃーん」
私たちは洗面器に残ったぬるま湯を使って寝汗を拭っていく。身体の表側は私が拭い、背中側はくるみが拭っていく。
「あれ?マールさま? 蚊にさされたのかにゃ?」
「えっ?なにがですか?」
背中を拭っていたくるみが手を止めて声をあげる。
「背中の肩の辺りが赤くなっているにゃん」
「いや、全くかゆくは無いんですが…」
くるみが赤くなっている所を触れているので、私も確認しようと振り返えろうとした時、くるみが触れている肩の反対の表側にも、赤くなっている所を発見する。
「あれ? 体の表側にもありますね… いつ蚊にさされたんでしょ?」
私は赤くなった場所を気にしながらも、着替えを終え、執務室へと向かった。
私は一呼吸ついてから執務室の扉を開ける。そして、中を見る。特に何もない。普段通りの執務室だ。私は自分の席に向かおうと、自分の席に視線を移すと私の席に私と同じ姿をした女性が瞳を閉じて死んだように座っている。私ははっと息を飲む。
「おはようございまぁーす☆ マールさまぁ~」
私の席に座っていた女性がぱちりと瞳を開いて挨拶してくる。私は一度、深呼吸してから声をかける。
「ツヴァイ…貴方、どうして私の席に座っているんですか…」
「はい☆ マールさまの為に温めておきましたぁ~」
私はその言葉に、ふぅっと溜息をつく。
「そんな事はしなくて結構です!」
そして、ツカツカと自分の席に進んで、ツヴァイと入れ替わりに自分の席に座る。
「うわぁ! ぬるい!」
座った瞬間、座席からツヴァイの体温を感じる。
「はい、温めておきましたからぁ~」
「いや、ほんと、気持ち悪いのでやめて下さい…」
そんなやり取りをしていると、トーカが執務室にやって来る。
「おはよう、マール」
「おはようございます。トーカさん」
私はトーカと挨拶を交わす。いつもなら自分の席に直行するトーカであるが、今日に限っては私の顔を覗き見てくる。
「どうかしましたか? トーカさん」
「マール、貴方、ちょっと顔色悪くない?」
トーカはそう言って、眼鏡をくいっと上げる。
「あはは、ちょっと朝からツヴァイが可笑しな事をするので…」
私は愛想笑いで答える。
「本当はカオリが旅だった事、結構、辛いんじゃないの?」
「そんな事を言っていたら、お母様に叱られてしまいます」
「お母様に叱られるって、どういう事?」
トーカは自分の席に座りながら訊ねる。
「いや、お母様が私を学院に送り出す時も同じように、淋しいと思われたのでないかなと… それなのに、自分は淋しいからと言って、カオリを送り出さなかったら、お母様に叱られてしまうと言う事です」
「でも、やっぱりカオリが旅立って淋しいんじゃない…」
トーカが少し心配そうな顔をする。
「えぇ、淋しくないと言えば嘘になりますし、逆に淋しがらないとカオリさんが『うちがおらへんようになるのに、淋しがってくれへんの?』って言い出しそうじゃないですか」
「あはは、カオリなら確かにそう言いそうね」
心配そうな顔をしていたトーカが声を上げて笑ってくれる。
「それに引っ越しじゃないんですから、修行が終われば、きっと帰ってきてくれますし」
「そうね、それまで、私たちはカオリが戻ってくるのを待ちましょう」
私たちは互いに微笑む。
「えっ!? カオリがいなくなったの?」
そう声を上げたのは、丁度、執務室に来たセクレタさんであった。
「あぁ、セクレタさん、おはようございます。セクレタさんはずっと温泉館におられたので、報告が遅れましたが、昨日、突然、カオリさんがベルク―ドのハンスさんの所へ酒造りの修行にいく事になりまして」
説明する私の言葉に、セクレタさんはハトが豆鉄砲を食らったような顔で唖然とする。
「もしかして、カオリさんに何か用事でもあったのですか?」
続けて言う私の言葉に、セクレタさんははっと我に返ったようになる。
「何でもない…何でもないわ… ただ、いってらっしゃいの言葉を言いたかっただけよ…」
そういうが、セクレタさんは少し思いつめた様な顔で、自分の席へと向かう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『どうしましょう… 私が打ち明けるか悩んでいたら、カオリがいなくなってしまったわ… その間に何も起こらなければいいのだけれども…』
セクレタは胸の内で深く考え込んだ。
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