第68話 祝賀会

「あぁ~ これはこれで、渋くてカッコええんやけど、これとちゃうんねん! うちが欲しいのは、過負荷君主と違ごて、黒い方やねん!」


 カオリが陶器で作られたコップの壮年の男性が描かれた絵を見て、そう言葉を漏らす。このコップは帝都にいった転生者からのお土産の品であるが、前回の綿菓子の様に、それぞれのコップに様々な人物の顔が描かれている。


 当然、私にもコップは渡されているが、このコップに描かれた人物が誰であるのか分からない。


「カオリさん。なんでしたら、私のコップと交換しましょか?」


私はコップをカオリに差し出して提案する。


「えっ? それ、ひゃくとくんやんか… 申出はありがたいけど、それはええわ…」


 提案を断られたので、私は差し出したコップを戻し、そこに描かれている人物の絵を眺める。丸坊主の少年に牛の角が生えている。一体、このひゃくとくんとは何者であるのだろう。


 そんな事を話しているうちに、アメシャ、フェン、リーレンが飲み物を運んでくる。これから、転移魔法陣開通のお祝いと、その作業を行ったセクレタさんと転生者達の、感謝と慰労を合わせた祝賀会を執り行うのである。


 アメシャらメイド達が、転生者一人一人のお土産のコップに、飲み物を注いで回り、等間隔に飲み物の入ったお代わり用の瓶を置いていく。私も瓶を受け取って、今回の功労者であるセクレタさんに瓶を差し向ける。


「セクレタさんお疲れ様でした。私がお注ぎしますよ」


「ありがとう、マールちゃん」


そう言って、セクレタさんはお土産のコップを差し出す。


「あれ?セクレタさんもお土産のコップなんですね。何か鳥の絵が描いてありますけど」


「これはあの人達に、私のコップはこれだと言われて渡されたのだけど、なんでも、向こうの世界の絵の神様が描いた、炎の鳥と言うらしいわ」


 なんとなく、絵の鳥がセクレタさんっぽいと思いながら、私は差し出されたコップに、飲み物を注いでいく。カオリやトーカ達にもお土産のコップに飲み物が注がれていく。


「それでは、皆さんに飲み物が回りましたので、乾杯をしたいと思います。皆さん、飲み物をおとりください」


 私は上座で立ち上がり、皆に呼びかける。それに合わせて皆、それぞれお気に入りにお土産のコップを手に取る。


「転移魔法陣を研究開発をしてくださった皆さん、並びに現地に赴き設置をしてくださった皆さん。本当にありがとうございます。皆さんのお陰で、こんな辺境の小さな領地で、帝都までの転移魔法陣を手に入れる事ができました」


私は会場にいる皆を見渡した。


「これは全てはひとえに皆様のお陰です。それではその功績に感謝と慰労を込めて乾杯をしたと思います」


皆が笑顔で乾杯の瞬間を待っている。


「それでは、乾杯!!!」


「「「乾杯!!!」」」


 皆の乾杯の声が会場にこだまして、皆が飲み物を飲み干していく。そして、飲み干したところで拍手が沸き上がり、皆の歓声が響き渡る。


 そして、それを見計らってメイド達が今日のご馳走を運び入れてくる。今日の料理は、普段の物より、バター、チーズ、ミルク、肉、季節の野菜をふんだんに使った料理と、転生者達の大好きな米、味噌、醤油を使った料理も用意している。皆はそのご馳走を見て歓喜の声をあげる。


「この飲み物、シュワシュワして美味しいわね」


セクレタさんがコップを眺めながら呟いているので、私はお代わりを差し出す。


「セクレタさんはまだ飲んだ事が無かったみたいですね。これは製錬部の方々が作った炭酸飲料と言うものなんですよ」


「えっ? これ、うちで作っているの? なるほど、製錬部ね…」


セクレタさんの瞳がキラリと輝く。どうやら、利益の匂いを嗅ぎつけたようだ。


「いやーん! なにこれ! 炭酸にぴったりの唐揚げまであるやーん♪ それも骨付きのごつい奴! うち、唐揚げ好きやねん!」


そういって、カオリは大ぶりの唐揚げにかぶりつく。


はて、当家のメニューにこんな形の唐揚げなんてあっただろうか?


「カオリさにゃ! それはアメシャの一族のお祝い料理にゃ! アメシャが作ったにゃ!」


アメシャは自分の料理が褒められて、誇らし気にニコニコした笑顔をつくる。


「そうなん? 衣もスパイシーやし、身もホロホロで、骨まで食べられそうやん」


カオリも味に満足して、ニコニコ顔である。


「色々な香辛料に、たっぷりの油を使って、丸々と太らせた…」


「アメシャ、これお代わりを頂けるかしら?」


 アメシャが料理の説明をしている途中で、セクレタさんがその説明を打ち切る様に、お代わりを要求した。


 私はセクレタさんのその行為に、この唐揚げが何の唐揚げであるか、なんとなく分かってしまった。


「駄目よ、マールちゃん。何の唐揚げか言っちゃダメ。また、カオリが暴れるわよ…」


 確かに気が付かないほうが良い事もあるのだろう。カオリは喜んで炭酸飲料を飲みながら、唐揚げを食べていた。水を差すのは良くない。


「アメシャのあの養殖は、これの為だったんですね…」


「まぁ、人族以外はよく食べる食材だから」


セクレタさんはそう言うように、ぺろりと唐揚げを食べきる。


 確かに私も少し抵抗があるが、カオリが喜んで食べている様子を見ると美味しいのであろう。私も一口かじる。


「あれ! これ、本当に美味しいですね!」


「でしょ? よく太らせているから脂もたっぷりだわ」


結構、濃厚な味で、豚肉やうさぎ肉に近い味がする。


「で、マールちゃん。私のいない間、問題はなかった?」


「えぇ… 問題ありまくりでしたよ…」


私はセクレタさんの問いに数日前の事を思い出す。


「何があったのかしら?」


「ツール伯がお見合いの話を持ってこられまして…」


セクレタさんはツール伯の名前を聞いて、少し眉をしかめる。


「誰を用意してきたのかしら?」


「ツール伯のお孫さんですね。一番下の息子さんのお子さんに当たる方です」


「あぁ、あの子ね…」


セクレタさんは露骨に顔をしかめる。


「御存じなんですか?」


「えぇ、知っているわ…六男だからって、身勝手で責任感もなく、好き勝手やっていたわね… 私も一度、家庭教師を頼まれたけど、直ぐに匙を投げたわ…」


我慢強いセクレタさんが匙を投げるとは余程である。


「セクレタさんが匙を投げるって…一体、どんな方だったんですか?」


「そうね、自分の興味のある事しかせずに、それも周りの迷惑を考えない… かと思えば女性の尻ばかり追いかけていたわね… それに最後には冒険者になりたいって言ってたわ」


「はぁ…」


「だから、一般常識や教養は覚えようともせず、また、自分以外の人間は馬鹿で愚かとも思っていたわね… もう、手の付けようがなかったわ…」


余程、苦労をされたのであろう、セクレタさんの顔にそれが滲んでいた。


「その後の事は知らないけど、その馬鹿の子供と言う事は、結局、家で居候をして、結婚して子供を作ったのね… でも、あの馬鹿の子供って…一体幾つなのかしら? かなり小さいのじゃないの?」


 セクレタさんもその後の事は知らないようだ。というか、そんな人間には興味がないと言うのが正解であろう。それより、セクレタさんが馬鹿と言う方が珍しい。


「えっと、今6才だそうです。それとその息子さんは、結局、家を飛び出して、よそでそのお子さんを作ったそうです」


「そうなの? よくあの馬鹿が外で嫁を作って生きていられたわね…」


「いえ、子供を作って直ぐに亡くなったそうです」


「あら?そうなの? では、その子供をツール伯が引き取ったと言う事ね」


セクレタさんはさらりと言う。本当にセクレタさんにとってはどうでもよい人間のようだ。


「それより、マールちゃんは、そのお見合いどうしたの? あのツール伯の事だから、お見合いと言いながら、結婚を強要してきたのじゃないの? 駄目よ! あの馬鹿の血を入れたら!! 私が断ってきましょうか?」


 セクレタさんにしては珍しい剣幕である。よほど、その息子さんの事が嫌いなのであろう。しかし、セクレタさんのこの様子では、お見合いを断った代わりの代替案を言うのが心苦しい…


「いえ、お見合いの件は、舘の転生者達に知れ渡って、大変な事になったので、自分自身でお断りを入れました」


私がそう答えると、今まで眉間に皺をよせていたセクレタさんの顔がパッと開く。


「あら?そうなの?あの人達が関わったら色々と苦労したと思うけど、それは良かったわ。でも、あのツール伯がよく引き下がったわね…」


「えぇ、代わりにその子を私の養子にする事でケリを付けましたので…」


予想していた事であるが、セクレタさんの顔がぐっと険しくなる。


「あの馬鹿の子を! なんて事をするの! でも…6才ね… 6才ならまだ、叩き直して矯正する余地があるわ…」


 セクレタさんは声を荒げるが、途中で考え込む。おそらく、本人では成し遂げる事が出来なかった教育を、その息子でやり遂げるつもりなのであろう。しかし、セクレタさんの様子を見ていると、これからやってくるそのお子さんが気の毒である。


 そう思いながら、会場の方に目をやると、お酒も振舞われているので、皆、上機嫌になっていた。転生者達は食べたり、飲んだり、笑ったり、騒いだり… トーヤもその転生者達の中に混じって、皆と肩を組んで歌っている。トーカはトーカで、兄のトーヤのそんな姿を見て、ハラハラしている。


「マールちゃん、不快な話は置いておいて、今日は楽しみましょうか?」


セクレタさんは気分を変えて、私に声を掛けてくる。


「そうですね、今までの報告や、これからの計画は、また、明日にしましょうか? カオリさんとトーカさんもいいですか?」


 私はカオリとトーカの二人にも声を掛ける。食べ物やトーヤの事に気が向いていた二人は、私の言葉に、こちらに意識をむける。


「えぇ、分かったわ」

「ええで、明日やな」


二人はそう言って返事をする。


「では、今日は楽しみましょう!!」


その日の祝宴は夜遅くまで続けられた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る