第32話 人通りが少なくてもいいじゃない。だって田舎だもの

 帝都に向かう為、館を出てもう数時間は経ったであろうか、既に日は昇り切り優しく輝いている。窓の外に視線を移すと、まだまだこの辺りは麦畑や草原しか見えない、いつも私の領地の風景である。そして、これから向かう帝都での風景を思い出し比べる。少し前に学生として帝都にいた時と、現在、領主として見ている今では、同じものを見ていても、異なる物として見えてくる。


 思い出される帝都の街並みは、丁寧に舗装された石畳の道に、それに覆いかぶさるような高い建物。そこに行き交う人や馬車等の人波。どこもかしこも活気に満ち溢れ、様々な品物が取引されていた。


 それに比べて、私の領地はどうだろう?行けども行けども、見えてくるのは麦畑と草原ばかり、たまに疎らに農村があるのみで、たまにすれ違うのは農作業に向かう農民ぐらい。


 個人的には長閑で閑静なこの風景は、子供の頃から慣れ親しんだ景色なので好きではあるが、経営する立場でみると、都会との文明格差で満足な生活環境を人々に提供出来ていないと思うと溜息が出る。いくら行政権を市長や議会が握っていると言っても、影響力の強さで言えば、その責は大規模な土地を持っている私に掛かっていると言って良いだろう。


「どうしたの?マールちゃん。まだ、館の事が心配なの?」


 私の無意識に発した溜め息に気付いたセクレタさんが、読んでいた本から目を離し、私に問いかける。


「いえ、館の心配ではなくて、外を見ていると、私の領地はまだまだなぁって思って…」


私はセクレタさんに目を合わせず、外を眺めたまま答えた。


「確かになんでもかんでも発展させた方が良いとは思わないけど、色々な事を考えると余裕があった方がいいわね。本当に色々あったからね…」


セクレタさんも館の現状を踏まえて、肯定も否定もせずに言葉を返す。


「ですよねぇ~」


 そんな風に私とセクレタさんが言葉を交わしていると、カッポカッポと馬の歩みが近づいてくる。護衛の転生者の操る馬だ。どうやら、私に何か話があるようである。


「いやぁ~、しかし、今朝はえらい早くに出発したな。マールたん」


 爽やかな笑顔で転生者が話しかけてくる。どうも、何の変哲もない風景を見飽きて、私に会話を求めてきたのであろう。私も護衛をしてくれる彼らをぞんざいに扱うつもりはないので、窓からすこし顔を出して会話に応える。


「日があるうちに宿場町に到着したいので、あの時間の出発になったんですよ」


「へぇー、宿場町までそんなに遠いの?」


「遠いというか、まだまだ私の領地は街道整備が整っていないので…」


私は言葉の終わりを少し濁す。


「んー、だったら俺たちが街道整備やろうか?」


 転生者からえらく前向きで協力的な言葉が返ってくる。私はそこ言葉に少し考える。確かに彼らに頼めば、あの豆腐寮の様にすぐさま宿泊設備は建つだろう。森林の木材の伐採も公共事業であるなら問題もない。しかし、問題はそこを運営する人材であるし、その人材を賄う利益も必要である。この事を告げないと無駄に期待させてしまう。


「お気持ちはありがたいんですが、建物だけではなくて、常駐する人材も必要なので…」


私の言葉に転生者はうーんと唸りだす。


「うーん、俺たちが常駐する手段もあるが、マールたんと離れ離れになるのは嫌だし、そもそも、男だらけもやだな…」


あのー、一生館に居付くつもりでしょうか?と思ったが、私は口に出さず、ぐっと堪える。そこに転生者が何かひらめいたようにポンと手を叩く。


「そうだ!俺たちが結婚して、子供を作って、その子供に任せればいいんだ!」


「いや、それ… 一体、何年待てばいいんでしょうか?」


「そもそも結婚できるのかしら?」



☆☆☆☆



 そんな他愛もない話をしている間に、私の領地の街道から、交易街道に馬車が進んでいく。先程までは殆ど人通りはなかったのだが、交易街道に入ってからは、まだ疎らではあるが人や場所と行き交うようになっていき、道筋を追い抜いたり、追い抜かれたりする度に一礼して挨拶を交わしていくようになった。


「なんだか、人通りが増えてきたな」


先程まで会話を交わしていた転生者が、また、馬を寄せて私に話しかけてくる。


「えぇ、交易街道に入りましたので、その分、人通りが増えてきたんですよ」


「あー分かった。脇道から主要道路に入ったってことか」


「そ、そうですね…」


「で、なんでマールたんの所は主要から外れていて、人少ないの?」


分かったんじゃなかったんですか?と思うがちゃんと答えよう。


「私の領地は、基本農業と畜産だけなので、これといった特産品がないんですよ。だから物流に関しても、年一、二度の物流で済んでしまうので、私の領地に訪れる人はすくないんですよ」


私は少し自虐的に思えるが、正直な現状を話す。こんな事を誤魔化した所でしようがない。


「んーと言う事は、あまり交易が無いのか… それだと色々品不足になりそうだね」


「特産品でもあれば、もっと物流が増えて品物も賑わうと思うのですが…」


「だな。品物が賑わえば俺たちも欲しい物が手に入りやすくなるな~ しかし、この辺り治安がいいな。今まで山賊とか盗賊とか全然出てこないな… 折角、戦えると思っていたのに…」


 どうやら、物流とか品物とかの話は、現状ではどうにもならないので、興味は別の所に移ったようである。本当にこの人たちは自分たちの力を発揮する場所を求めているようである。


「ここの交易街道には、衛兵が巡回しているので、そういった人達は警戒して出て来ませんね」


「あれ?そうなの?マールたんの所も衛兵巡回してるの?」


「いえ…そもそも私の所は、行き交う人も、奪うものも何も無いので…」


「ははは…」


私の言葉に転生者は乾いた笑いで返した。



☆☆☆☆



 日が傾き始め、日の光が赤みを帯び始めたころ、私達は漸く目的地の宿場町に辿り着く事が出来た。私の領地にある閑散とした街並みとは異なり、それなりに建物が身を寄せ合うように建ち並んでいる。私達一行はその街並みを進んでいき、町の中央付近にある大きな酒瓶の看板のある宿の所に行き着く。


 私とセクレタさんは馬車から降り、護衛の転生者達もそれに続き、宿の人員に馬車や馬を預ける。私とセクレタさんはそのまま中に入り、受付を済ませようとするが、転生者たちは物珍しそうに辺りを見回し、中々宿の中へ入ろうとはしない。


「へぇーいいなここ」

「そうそう、異世界に来たって感じするな」

「なんだか、ここから冒険が始まりそうな感じだな」


 今まで、驚かされてばかりだった私は、驚嘆する転生者達の様子をみると、ここは私の領地ではないが少し、優越感に似たものを感じる。


「ちょっとだけ、見て回ってきてもいいか?」


 一人の転生者が私に聞いてくる。普段の私であれば、何をしでかすか分からないので、すぐに拒否をする所ではあるが、今日一日、何も問題を起こさず、大人しく私の護衛をしてくれていたので、少し褒美をあげたくなった。


「迷ったり、迷子になったりしませんか?」


「あぁ、大丈夫だよ。町の中央だし、店の酒瓶の看板も覚えた。それにちょっと見て回るだけだから」


 確かにここの看板はよく目立つし覚えやすい。護衛の件にしても、宿の中なら何も問題ないだろう。


「分かりました。でも、夕食があるので早めに戻ってきてくださいね」


 私がそう告げると、転生者達は遊びに行くことを許された子供の様にはしゃぎながら、町の方へ駆け出していく。その様子が少し可愛らしく思えて微笑ましい。


「優しいのね。マールちゃん」


背中からセクレタさんの声が掛かる。私はセクレタさんに向き直り、宿の受付に向かいながら言葉を交わす。


「まぁ、今日一日頑張ってくれましたから、ちょっとしたお礼とご褒美ですよ」


 その後、私とセクレタさんで受付を済まし、全員分の鍵を預かった後、二階の部屋に荷物を置いてから、一階の受付と繋がった場所にある食堂で、お茶をしながら皆の帰りを待った。


 先に夕食の注文をしてしまおうかと思ったが、私の所での料理しか食べたことの無い転生者達の事を思うと、説明して選ばせてあげる方が喜ぶであろう。私は給仕に人数だけを述べて、注文はまだせずにお茶だけを楽しんでいた。


 カップのお茶が無くなりかけた頃、宿の入口に転生者たちのはしゃぎ声が聞こえてきた。転生者達の一団である。彼らは入口をくぐった所で私達の姿を見つけると手に何かを持ちながら近づいてくる。


「楽しんでこられましたか?」


「あぁ、滅茶苦茶面白かった」

「やっぱ、異世界に来たんだと感じたよ」


転生者たちは口々に楽しんだ感想を述べる。私は皆に楽しんでもらえて良かったのだが、少し、皆が手にしている物に疑問を感じる。


「で、どうして皆さん、木剣を持っているんですか?」


「いや、旅行先で買うといったら、これでしょ」

「木刀じゃないのが残念だけど」

「こっちでも売っていて驚いたよ」


 どうやら、彼らの世界では旅行先で木剣や木刀を買う習慣があるそうだ。奇妙な習慣である。でも、本人達が喜んでいるならそれでいいだろう。しかし、私はもう一つの疑問が浮かんだ。しかも少し嫌な予感もする。何故なら、木剣を持つ転生者は一人、二人、三人、四人、五人の五人しかいない。全員で六人いたから一人足りない。


「あの…一人足りないようですが…」


「あれ?ほんとだ」

「あいつ、どこいったんだ?」

「一緒にいたと思ったんだが…」


 ここにいる転生者たちも知らないようである。私は冷汗が流れるのを感じ、嫌な予感が確信するものへと変わっていった。なぜなら、入口にその足りなかった一人が現れたからである。それもこの町の衛兵を連れて…


「すみません。こちらの方が、街中の女性を他愛のない事を手助けして、そのあとずっとつけ回していたそうで、苦情があり、問いただした所、こちらに保護者がいるときいてきたのですが…」


衛兵が転生者を連れて、私にそう告げる。


あぁ…アレですよね… アレをしたんですね…


私は大きく溜息を吐いて、項垂れた。


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