第249話「天神の祝福」
「アイズ、今のお前を見て、私の子たちがどういう生を送り、どういう帰結に至ったのかがわかった」
レイズはそう言いながら銀色の眼をわずかに伏せる。
「――それは、あなたのせいじゃ、ない」
そんなレイズに、アイズははっきりとした口調で告げた。
少し驚いた表情を返すレイズ。
そしてアイズ自身も、間をおかずに彼に対してそういう言葉が出たことに少し驚いていた。
――でも、嘘じゃない。
「わたしは、あなたの人生を知っているわけじゃないけれど、こうしてわたしのところに来て、わたしに繋がるすべてのご先祖さまたちのことを思って、悲しい顔をしたあなたは、きっと間違っていなかったと、思う」
表面上交わされる言葉以上のものを、レイズと交わしている気がした。
レイズという男が、かつて彼の最後の子として自分を見たという言葉に通ずるように、自分もまたこの銀色の瞳で、彼の人生と〈ラクカ〉を巡る多くの出来事を一瞬のうちに見た気がした。
「――そうか。……ありがとう」
そうレイズが美しい
敵意。
そして、
――黒い、鎧。
「あっ――」
とっさに身を乗り出そうとしたのを、直後にその異変に気付いたエルマに制止される。
脇道から突如として現れたのは
手に握った剣の切っ先を、最も近くにいたレイズに向けて一直線に駆けてくる。
「案ずるな、アイズ。私はお前のように、生き残るために多くのモノを捨てた〈ラクカ〉ではない」
銀光。
空に一筋の光が走ったかと思うと、眼にも止まらぬ速さで空中に無数の銀剣が生成され、それが黒い鎧の兵に突き刺さる。
その攻撃に一切の慈悲はないばかりか、むしろ
「……ムーゼッグ兵だな」
倒れた黒鎧の兵士に近寄ったエルマが告げる。
「すでにサイサリス国内に入り込んでいましたか」
後ろでシャウが眉をひそめていた。
「今になって動き出したところを見ると、やはりムーゼッグ軍が攻勢を仕掛けてきたと見るべきでしょうね」
「ってなると、あんま時間がねえってことだな」
シャウの言葉にサルマーンが答える。
そして二人の視線は再びレイズへと向かった。
「あまり時間はかけない。ただ少し、この子と話をしたい」
レイズはそう言ってアイズを真っ向から見据えた。
「アイズ、私の最後の子。お前は――この仲間たちと共に戦いたいか」
アイズは自分の心臓が大きく跳ねたのを感じた。
◆◆◆
戦う。
それは自分にとって、手を伸ばしても届かない星のようなものだった。
体が強いわけでも、巧みな術式が使えるわけでもない。
戦いたいという意志だけで状況を変えられるほど戦場が甘い場所ではないこともわかっている。
それに最初は、ただ単純に――怖かった。
それが変わってきたのはこの仲間たちと出会ってからだ。
あのリンドホルム霊山で、皆の思いを一身に受け止め、それでもなお力強く矢面に立った『彼』を見て、戦うことへの意志を胸に抱いた。
きっと彼も、怖かったと思う。
もしかしたら今もそうなのかもしれない。
けれど、今も彼は戦い続けていて、仲間たちを守ろうともがいている。
「わたしは――」
彼を、独りにさせたくない。
周りのみんなも、きっと同じ思いで戦いへ臨んでいる。
「おい待て、ちょっと訂正してもいいか」
ふと、後ろから声がした。
サルマーンの声だ。
振り向くと彼は少し納得いかないという顔でレイズを見ていた。
「その言い方はまるでアイズが今まで戦ってこなかったみてえに聞こえる。それは違ぇ。アイズは俺たちの中で誰よりも
サルマーンにそう告げられたレイズが、少し目を丸くしていた。
「そうだ。私は今だからこそ告白するが、もし自分がアイズと同じ立場で今までの戦場に立っていたら逃げ出していた自信がある」
そう言ったのはエルマだった。
「ムーゼッグ軍と真っ向から対峙したザイナス荒野で、アイズがなにをしたかあなたは知っているか。この少女はその小さな体で私の馬に相乗りし、殺気だった敵ばかりがいる戦場を
ふん、と鼻息荒く言うエルマはどこか自慢げにも見えた。
「いやぁ、ホントですよ。私はずっと前から一番まともではないのはアイズ嬢なのではないかと思っていたほどで――」
そこまで言ったところでシャウは急に身構えて辺りをきょろきょろ見回す。
「あ、そうでした、今はあの奇天烈なメイド、いないんでした」
ふう、と安堵の息を漏らすシャウ。
そんな仲間たちの様子を見て、レイズはいつの間にか少し笑っていた。
「そうか……そうだな。私もそれはわからなかった。戦場に立てる力を持った者がそこで力を奮おうとするのと、そうではない者がそれでもなお戦場に立とうとするのでは、後者の方が勇気がいるのかもしれない」
「でも、わたしがそうできたのは、みんながいたからだから――」
一人ではできなかった。
きっと、やろうともしなかった。
「そして、こんなわたしがそうできたのは、やっぱりこの『眼』があったから」
先祖代々受け継がれてきた〈天魔〉の象徴たる魔眼。
これがあったから、戦場で剣を振るう力のない自分でも、なんとか彼らの役に立とうと自分を奮い立たせることができた。
すべては繋がっている。
血も、仲間も、思いも。
どれか一つでも欠けていたら、自分はこうしてここにはいない。
だから――
「わたしは、これからも戦う。〈魔王〉としての自分に、なにかできることがあるのなら」
自分に言い聞かせるように、力強く告げる。
まっすぐに見据えたレイズは――
「お前が私の最後の子であることを、誇りに思う」
嬉しそうに、笑っていた。
「ならばお前に、『天神の祝福』を与えよう」
「天神の……祝福?」
「そうだ。私の子たちが代を経るたびに封印していったラクカの民としての力を、今日ここで再び与える」
そう言いながらレイズが近づいてくる。
「いや、与えるというのは少し違うな。もともとお前は『天神の祝福』を強く受けている。そのことを知らず、その祝福の使い方を忘れているだけだ」
レイズが近くにまで寄ってくると、彼は手を伸ばしアイズの頭に触れた。
「〈ラクカの民〉が最も恐れられたのは、この眼ではない」
「えっ?」
「我らは天から力を授かる。そしてその力は魔力という一部の人間が持つ力より強大で、深く、それゆえに人々は我らラクカを恐れた」
〈天魔〉の一族がかつて〈天神〉と呼ばれていたころ、彼らは文字通り――『神』として崇められていた。
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