1-10 こちらのターン


スポットライトが当てられたステージへと、春樹は歩いている。ステージの真ん中に立つと、眩しいほどにライトの光が突き刺してくる。


目を細めて会場内をぐるりと見渡し、発表台の前に立つと、司会の紹介が始まった。



「さぁ!続いての発表は、"魔回路"で英雄章を受章した経験もある、かの有名なベンソン氏が所属するアルバート研究所です!今回は、期待の新人がヘムイダル研究所の快進撃を食い止めるのか!よろしくお願いします!」



司会の合図を受け、春樹は発表を開始すべく、ゆっくりと口を開いた。



「さっそく、私たちアルバート研究所の研究内容を紹介します。まずはこちらの図面をご覧ください。」



スクリーンには、ある図面が映し出された。それには、全体的に船に似たフォルムで、乗り物のようなものが描かれている。



「なんだあれ?」

「船…みたいだけど。」

「ちょっと違くないか?」



会場は、今まで見たこともないような乗り物の図面に、どよめきを隠しきれないでいる。


同様に図面を目にしたキクヒトが、突如イスから立ち上がった。



「あっ、あれは…!もしや!!」



王の側近たちも、キクヒトの動揺っぷりに驚きを隠せない。宥めようと近づく側近を無視して、キクヒトは来賓席のルシファリスへと視線を送ると、彼女もまた同じように立ち上がり、驚きの表情を浮かべていた。



「あっ、あの小僧!どこであれを…」



ヘムイダル研究所の待機席では、ヤゴチェも驚く中、周りの若い研究員たちが、彼に疑問を問いかける。



「副所長、あの図面は一体…。国王も驚かれているようですが…」


「そうか…お前らはあれが何か、わからん世代か…」



ヤゴチェは小さくため息をつき、若い研究員たちに話し始めた。



「あの図面はな、この国で大昔に存在した"飛空船"と呼ばれる乗り物のものだ。それは1隻…いや、1機と言うべきか…たった一つしか存在が確認されておらず、図面など何の情報も残されていない、幻の空飛ぶ船だ…」


「なっ、なんと…。しかし、奴はどうやってその図面を…」


「わからん。国をあげて探しても見つからなかったんだ。もしや、墜落されたとされている"あの地"で幸運にも見つけたか、或いは奴が…」



ヤゴチェはそこまで言って、春樹に視線を送る。ヘムイダル研究所がどよめく中、キクヒトたちは冷静に状況を整理していた。



「彼は"あそこ"に行った事はあるのかい?」


「はっ。一度だけ、4年前に申請を行なった形跡がありました。」


「そうか…。この国に滞在を始める前か。」



そう言ってキクヒトは考え込む。



(あの様子じゃ、ルシファリスも図面については知らなかったようだ。あそこで発見したものは、全て国に募集されるはずだから、ハルキはもしかして…)



そして、ルシファリスも春樹の突然の行動に、驚きを隠せずにいた。



「あっ、あいつ!どうやって"あれ"を手に入れたのかしら!?」


「さぁ。この国に来る前に、ウェルと"あそこ"には行ったみたいだぜ?」



リジャンの回答に、ルシファリスは首を横に振る。



「"飛空船"はミズガル内では極秘扱いよ!"あそこ"で、もし何か見つけたとしても、必ず国に渡さざるを得ないようになっている。それだけ厳重に管理されているし、もしそうだとしても、ウェルが私に報告しないはずがない…」


「確かにそうですね。隠しておく事は考えにくい。でしたら、彼が描いたのでは?」



クラージュの言葉に、ルシファリスは言葉が出てこず、ただ呆然と春樹を見つめていた。



一方、第二区画の観戦会場でも、観客がどよめく中、カレンとウェルも驚いていた。



「ハハハッ…ハルキ殿、まさかそんな物を持っていたとは…」


「あっ、あれって"飛空船"の図面ですよね…ハルキはどうやってあれを…」


「私と"船没地"へ行った時は、何も見つけていないし、何も持ち帰っていないですからねぇ。国の検問をすり抜けてして、わざわざこの発表会で公開するリスクを、春樹がとる理由もないですし。」



ウェルの言葉に、カレンは少し考え込む。


何度も春樹の研究室へ足を運んでいたカレンは、部屋の至る所によくわからない図面や絵が、何枚も、何十枚も書き記されていたことを思い出す。


春樹は確かに、この発表会までの間、ずっと何かを描いていた。ベンソンのところへ何度も足を運び、魔回路についても学んでいた。オトマの技師にも何人にも会い、様々なオトマの構造を学んでいた。


カレンは確信する。



「あれは、ハルキが描いたんだ…」



カレンの小さな呟きに、ウェルも想像していた通りだというように頷いた。カレンは手をギュッと握り締め、画面上の春樹へと強い眼差しを送るのであった。



それぞれが想いを巡らせる中、どよめきが飛び交う会場で、春樹が再び口を開く。



「これを見て、何の図面かわかった方もいらっしゃるかと思います。そうです!これは、大昔に1隻だけ存在したと言われている"飛空船"の図面です!」



その宣言に、会場は大きくどよめく。春樹は気にせず話を続ける。



「しかし、本物の図面ではありません!この国で活躍するオトマと、その中枢である魔回路、そして、法陣を組み合わせて、俺が一から描いた新しい飛空船の図面なのです!」



会場は、少しずつ落ち着きを取り戻し、春樹の言葉に耳を傾けていく。



「先に言っておきます。残念ながら、飛空船自体の創造には、至っておりません。ご期待に添えなかったことをお詫び申し上げます。」



春樹はそう言って深々と頭を下げた。

そして、頭を上げると、再び口を開く。



「これを再現するには、莫大な資金が必要です。しかし、我々の研究所にそんなお金はない。ですから、今回は図面だけを紹介しました。そもそも頭の中で描いたものだから、これが本当に飛ぶのか、俺にもわかりませんので。」



春樹がそこまで言うと、スクリーンから図面は消えてしまった。再び、会場はざわめき始める。

そんな中、春樹の発表が気に食わず、一際声を荒げる男がいる。

ヤゴチェ副所長だ。



「ふざけるな!!!この発表会に出場しているのに、図面だけとは怠慢も甚だしいぞ!しかも、自分で描いただけの物とは!!!」



ヤゴチェの言葉に、他の研究所の者たちも「そうだそうだ!」と、被せるように叫んでいる。



「ここにいる多くの研究所の連中が、どれだけ苦労して、この場に臨んでいるかわからんのか!資金面までクリアしてこそ、研究の成果であるのだ!それを一体なんだ…!」


「ちょっと待ってください!!!」



捲し立てるように言い放つヤゴチェを、春樹は声を上げて遮った。ヤゴチェらは突然遮られ、言葉に詰まってしまう。



「俺はまだ終わりとは、一言も言っていませんよ。」


「なっ、何?!」



春樹が再び合図すると、スクリーンには瓶に入った紫色の液体が姿を現した。


会場は、静まり返る。


先ほどとは違い、会場にはスクリーンに映っている液体か何かを知る者は1人もいなかったのだ。



「えー、この液体のことを話す前に、まずはこれを開発するに至った理由を説明しましょう。」



春樹の言葉に画面が切り替わる。



「このグラフは、ミズガルと他国の、種族別の身体能力を比較したものです。それぞれの縦棒は、知力、筋力、敏捷性、耐久性など細かな能力値を平均したものですが、

ご覧の通り、知力以外は全て他種族よりも下回っていることがわかります。続いて…」



画面が切り替わり、魔物の写真とグラフが映し出される。



「これは魔物の身体能力の平均値を、先程のグラフに合わせたものです。例えば、ヘルフレイムの悪魔族は、全体的に魔物の平均値よりも大きく上回っています。ヨトンやムスペルでは、筋力や耐久性は優れるものの、敏捷性では魔物がやや上です。そして…」



スクリーンの図が、ミズガルの部分にスポットされる。



「ミズガルは、知力以外全て下回っているのです。ちなみに先程のヘムイダル研究所の発表でも出たワイルドボアですが、個別能力値で言うと、この辺りです。」



図の中に赤い線が引かれていく。それはミズガルの人間族の能力値より、少し上に位置していた。



「他国に比べ、ミズガルが身体的に魔物より劣っていることが、ご理解いただけたでしょうか。法陣や道具、そして、我々最大の武器である知恵を駆使する事で、魔物と対峙し撃退しているのです。」



春樹の言葉に、一人オンライだけが頷いている。



「では、なぜミズガルの各地区のギルドにおいて、冒険者不足が起きているのか。それを今から説明します!!!」

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