1-3 復讐の火種


少し時間は遡る。


獅子のたてがみのように逆立った黒髪の男が、街中をゆっくりと歩いている。

鋭い双眸の下にある、雫のタトゥーが印象的な男は、真っ黒なロングコートを纏っている。


クロス・バース。

テトラの弟で、現在はミカエリスの計画を手伝っている男だ。


クロスは不満気な表情を浮かべ、離れたところに見える城へと向かっていた。

城を一瞥したクロスは、不満をこぼす様に舌打ちする。



(大事な話があるから来いだと?偉そうに指図しやがって…)



自由奔放に生きているクロスにとって、指図されることが一番嫌いだ。しかも、前からよく思っていないミカエリスからの命令とくれば、尚のこと。


しかし、姉であるテトラからもミカエリスの手伝いを命じられている手前、クロスも適当な事はできないのである。


そのままぼやきながら、城の城門まで来ると、大きくため息をついて城を見上げ、再び城内へと歩みを進めるのであった。





クロスは一つの部屋の前で足を止めた。

面倒くさそうに頭を掻くと、ノックもせずにドアを開け、部屋の中に入る。



「相変わらずの礼儀知らずね…」



ソファーに腰を下ろして、紅茶を啜っているミカエリスが、クロスに声をかける。


綺麗に整えられたボブに、艶やかに輝く金色の髪を揺らしながら、彼女は持っていたカップを静かに置いた。



「あんたが呼んだんだろうが…」



クロスは小さく悪態をつく。


それに対して、ミカエリスは青色に輝く双眸をクロスに向け、自分の目の前に座る様に促した。クロスはそれに従い、彼女の前に座る。



「…で?大事な話ってなんだ?」



クロスは足を組みながら、ミカエリスに問いかける。



「せっかちな男はモテないわよ。」



ミカエリスはそう言うと、クロスの前にカップを置いて紅茶を淹れ、飲むように差し出した。クロスは舌打ちをしつつ、それを受け取り、口へと運ぶ。


クロスがカップを置くのを待って、ミカエリスは再び口を開いた。



「アルフレイムの異世界人の行方は分かったのかしら?」


「あん?ちっ…まだだよ。ムスペルへ行ったことまではわかったけど、その後の足取りが掴めてねぇ。」


「…そう。」



ミカエリスは、再びカップを口へと運ぶ。その仕草にクロスは苛立ち、問いかける。



「報告は定期に入れてるだろうがよ!今日は話があるからって、呼んだんじゃねぇのか?!」



声を荒げるクロスに対し、彼女は静かにカップを置く。そして、ゆっくりと口を開いた。



「あなたのお姉さんのことで、伝えなければならないことがあるの。」


「姉ちゃん?何だよ…何かあったのか?」



何かを嗅ぎ取ったのか、クラスからは苛立ちが消え、真剣な表情を浮かべてミカエリスへと問いかける。


ミカエリスは、クロスへゆっくりと告げる。



「お姉さんは…死んだわ。」


「はぁ?!!!どっ、どういうことだ!」



訳がわからず、その場に立ち上がり、クロスは身を乗り出してミカエリスへと疑問をぶつける。



「言葉の通りよ。お姉さんは異世界人の力を見誤り、殺されたの…」



ミカエリスは冷静にクロスへ事実を伝えるが、本人は納得いかない様子で机を叩き、声を荒げる。



「意味がわかんねぇ!姉ちゃんは俺よか強いんだぜ?たかが異世界人ごときにやられるはずがねぇだろが!」


「でも、事実は事実なの。私は着いた時はひと足遅かったわ。」



クロスは未だ納得がいかずに、乱暴にソファーへと腰を下ろす。そんなクロスに、ミカエリスは付け加える。



「ちなみにその異世界人も、すでに死んでしまったわ…」



ミカエリスの言葉に、クロスは両手を顔に当てた。そして、指と指の間から瞳を覗かせて、ミカエリスへ問いかける。



「その異世界人は…どっちだ。」


「死んだのは…スヴェルの方よ。」



それを聞くや否や、クロスは立ち上がり、入り口まで移動すると、ドアノブへと手を掛けて立ち止まる。



「殺しは…しないぜ。だが、五体満足かは保障しない。」



そう言い残して、クロスは部屋から出ていくのであった。


ミカエリスは、再び紅茶のカップを口へ運ぶ。そして、ゆっくりと鼻から抜ける香りを楽しむと、窓から見える夕焼けを眺めて静かに呟く。



「フフフ、一体どうなるのかしらねぇ。」



窓から入り込む風が、ミカエリスの髪を揺らしていた。





クロスはミカエリスの城を出て、自分の姉が住む森の館へと向かっていた。自分の目で見なければ、信じることができないでいたのだ。


街を抜け、数刻ほどかけて森の入り口へと到着した頃には、すっかり日も暮れて、辺りは暗闇に閉ざされていた。


少し息を切らしつつ、森へと入り込むクロスだが、少し進んだところで、足を止める。


目の前に、体長数メートルはあるであろう、巨大な熊のような魔獣が現れたのである。


この森は、魔獣の森として知られており、基本的に人が立ち入る事はない。

"デストロイベア"と呼ばれるこの魔獣のように、他よりもずっと強大な力を持つ魔獣が多く存在していて、普通の冒険者程度では死ぬ確率の方が遥かに高いのだ。


逆に言えば、そんな森の中に館を立てるテトラたちの強さは、測りかねないということでもある。


本来なら魔獣など相手にせず、うまく交わして進むクロスであるが、本日は虫の居所がかなり悪いこともあり、敢えて見つかったのだ。



「…今日のお前は、運がなかったな…。今の俺はかなり機嫌が悪い。」



クロスは、咆哮を上げる魔獣へ死の宣告を告げる。振り上げられた魔獣の爪が、クロスを引き裂いたかのように見えたと思いきや、魔獣の体は一瞬にしてバラバラになってしまった。


魔獣の死を見届け、クロスは再び走り出す。途中、数匹の魔獣で憂さを晴らしつつ、姉の館へついた時には、朝日が登り始めていた。


くり抜かれたような窪みを見つけて、そのへ駆け寄ると、朝日で影となった窪みの中心には、小さな少女がうつ伏せに倒れていた。


クロスは、すぐに駆け寄って抱き寄せるが、姉の瞳には光は灯っていない。

クロスはギュッと小さな体を抱きしめ、肩を震わせる。


どれくらいそうしていただろう。

クロスは姉の体を抱えると、館へと入っていく。小さい時から2人で過ごしてきた館だ。どこに何があるかは、ほぼ把握している。


クロスは二階へ上がり、姉と2人で過ごした思い出の部屋の前に立った。ゆっくりとドアノブに手をかけて扉を開くと、懐かしい匂いが漂ってきた。


横に並んだ勉強用の二つの机。

互いの好きな本を並べた本棚。

よく居眠りをしていて怒られたソファーも、当時のまま残されていた。


部屋の反対に目を向けると、そこにはベッドが置いてある。2人でよく一緒に寝たベッドだ。



(俺の寝相が悪くて、よく蹴り落とされてたなぁ。)



姉との記憶が蘇ったクロスは、そのままベッドへと近づいて、テトラの遺体をそっと下ろした。



「姉ちゃん、ごめんなさい…いい弟じゃなくて…ごめんよぉ。」



クロスはそう言うと、テトラの体の上で泣き崩れた。窓からは風が静かにカーテンを揺らしていた。


少しの間、肩を震わせていたクロスは、スッと起き上がり、テトラに向かって小さく呟く。



「姉ちゃん、安心してよ。姉ちゃんを殺した奴は死んじゃったけど、必ず敵はとるよ。そして、バース一族の悲願を…」



そこまで言って、クロスは立ち上がる。

その目にはすでに涙はない。ただ茶色かった瞳は、いつのまにか真紅へと変化していた。


まるで、復讐の炎が揺らめく真っ赤な瞳へと。

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