ルーキー 02/14

「そうだな、まずは呼び方を知ってた方が話がしやすいか。俺たちが持っている、世界を書き換え思うがままにする異能。これを《クラックワーク》と呼称する」


「そして、《クラックワーク》を持つ人間を《クラッカーズ》と呼びます」


「あ、別に複数形じゃないからな。間違ってもクラッカーとか呼ぶなよ。間抜けだから。モグリ扱いされるぞ」


 クラックワークにクラッカーズか。造語とは思えないが、さりとて単語の意味も分からない。帰ったら英和辞書を引こう、イツキはそう思いながら沈黙することで続きを促した。


「実演してみせよう。ここに一本の煙草がある」


 手品マジックのように傳の手元に出現したそれに、イツキは眉をひそめた。


 牧はその反応の理由を知っているから、口の端だけで薄く笑う。


「イツキお前、ライター持ってるか?」


「……あるわけないだろ、高校生だぞ」


「だよな。そうすると、この煙草は吸えないってことになる」


 二本の指でつまんだまま大仰おおぎょうに振り回してみせる。見え見えに作られた声色で、


「おお困った。俺はニコチンがきれると手が震えるんだ。今すぐ吸いたい。どうしても吸いたい。吸わないと狂って死んじまう。さてどうする?」


 伏人傳という男は別にニコチン中毒者ではない。あくまで説明のために演じているだけ。この茶番に何の意味があるのかは読み取れないが、きっと最終的には説明になっているのだと信じて、イツキは渋々ながらつき合うことにした。


「どうするって……ライターはないんだろ? じゃあマッチは?」


「ない」


「ない?」


「ここにマッチはない。さてどうする?」


 じゃあその机に転がっている小箱は何だと指摘することはたやすい。だが茶番の主はそんな答えを求めていないのは分かる。マッチがという仮定で話を進めたいのか。いいだろう、付き合ってやろう。


「ライターもマッチもないなら買いに行くしかない。コンビニくらい五分も歩けばあるだろ」


「ここにコンビニはない。そうだな、こう仮定しよう。ここは一面の砂漠のど真ん中だ。さてどうする?」


 いよいよ困惑する。いったいこの問答はどこへ帰結するのか?


 牧に視線を送る。


 彼女が呆れたような目でもしていれば茶番に付き合うのはおしまいにしようと思ったが、真剣な目をしていた。


「砂漠だっつーなら、日光で火をおこせないか。そう、レンズで集めて服を燃すとか……」


「テレビで見たのか?」


「ほっとけ」


 テレビで見た。


「ならこうしよう。空は曇りで湿度も高い。しかもお前はメガネも服もない。全裸マッパだ。さて、どうする?」


「……降参だ。何も思いつかねえ。つーか砂漠で全裸マッパで煙草吸ってんじゃねえよ、それどころじゃないだろソイツ」


 傳の目がすっと細まる。酷薄こくはくな色をしていた。


「諦めるのか。その程度かよ。吸わなきゃ死んじまうっつったのはどこのどいつだか」


「俺じゃねえよ!  ……どうしろってんだ。どうせ何言ったって後出しで条件付け加えて潰してくるくせに」


 傳は煙草をくわえると上下にぶらつかせる。


「なぜ従う?」


「は?」


「どうして素直に言うことを聞くのさ。そんな道理がどこにある。『火を点けるものがない』って言われて『はいそうですか』って返した時点でお前の負けだよ、バァカ」


「あァ!?」


 大人しく会話につき合ってやったら馬鹿呼ばわりとはどういう了見だ。ここまで下に見られてはイツキとて我慢できない、席を蹴って立ち上がろうとした瞬間、


「間違ってんのはどっちだ? か、それともか」


 挿し込まれた言葉には魔力があった。


「……それは」


 世界びょうしゃの方だ。すっと胸に浮かんだのを読んだのか、傳は咥え煙草のまま歯をき出しにして笑う。


「世界さ。


 傳が中指ファックサインを立てる。煙草の先端に突きつける。


 天に糞くらえと傲然ごうぜんと突きつけた中指、その爪の先がゆらり揺らめく。


「世界が───間違ってるなら───変えるしかない」


 ゴオッとイツキの頬にまで届く熱気が渦を巻く。傳の指先から突如炎が噴出したのだ。それはオーバードーン中を赤々と照らすと、現れたときと同じく一瞬で消え去った。


 あとには先端をあぶられた細い煙が、一筋。


 満足げにぷかりと吐く傳。煙の輪がロフトの天井に消えてゆくのを呆然と見送りながら、イツキはなんとか絞り出す、


「……無茶苦茶だ。何でもありじゃないか……」


「それが《クラックワーク》で、それが《クラッカーズ》だ」

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