Ghost In The Rain 06/13
どう、と雨の圧がかかって、イツキは前のめりに走り転げた。
逃げ場のない雨の中を、逃げ場を求めて駆けずっている。
校門を出たあたりではこんなに強くなると思わなかったのに、とは口に出さずぼやく。いま喋れば溺れそうだ。
自分で思っている以上に、イツキは焦っている。
今朝の今朝まで、彼はひどく体調を崩していた。その原因が雨に濡れたことと考えている彼からすれば、こうして雨に無防備に打たれ続ければ再発しかねない。
必死に雨宿りできる場所を探しながら走る。
それなりの通りなのに、入れそうな店が一軒たりとも見当たらない。
目に流れ込んでくる雨に視界を奪われ、走っている街並みに全く見覚えがないことにイツキは気づけない。
ありえないことだ。
イツキは午後の授業を
こんなに大きな通りを知らないことがあるだろうか。
大きな通りを走っていて、いくら雨だからといって人っ子一人、自動車一台見当たらないことがあるだろうか。
そしてそんな異常事態に気づけないことがあるだろうか。
ありえないことだ。
だが、現実として、イツキは違和感を覚えられないままに駆けずり回っている。
───そのガラス張りの店舗にも、普段のイツキだったら入らなかっただろう。
雨のフィルターで外観から何の店か分からなかったが、その店を見つけたとき、イツキは幸運だと勘違いをした。真実は全くの逆であり、彼は食虫植物に誘われた羽虫の如くに、店に踏み込むよう意識の
自動ドアにへばりつく。開く間すら惜しんで、こじあけるようにして店内に転がり込んだ。
酸欠のあまり目の前がチカチカしているイツキは、荒い呼吸が落ち着くまで多少なりの時間を要した。
店員に迷惑だろう、すぐ起きあがって、ごめんなさい、少しだけ雨宿りさせてください、そう言わなければ、そう思っても身体がついてこない。とはいえ店員だって見れば察してくれるはずだ。学生服の少年がずぶ濡れで駆け込んできて、床にへばりついて生まれたての子鹿もかくやと立つのも覚束ない有様なのだから。
……最初に気づいた違和感は、身体を支えていた左手だった。
ざりざりする。
目に流れ込んでくる水滴を
原因は床を見れば一目瞭然だ。
埃である。
一面に積もり積もった砂埃が、イツキの水分に付着して黒い汚れになっている。
泡を食って立ち上がった。こんなところに寝っ転がっていられるものか。
「うわ、最悪だ……」
つまみ上げて膝下を見分する。洗濯かごに放り込む前に汚れを流しておかないと母親に怒られること請け合いの汚れっぷりだ。うんざりして、文句の一つでも言いたくなって周囲を見渡したイツキは絶句した。
そこは、自動車の墓場。
埃まみれだったのは床だけではない。二階まで高さのある広いスペースには所狭しと自動車が並んでいるが、どれもこれも
埃だけではない。並ぶ自動車は走行に
……在りし日はカーディーラーだったのだろう。経営がたちいかなくなって夜逃げでもしたのか、今は無惨な廃車たちの墓場である。
考えれば営業中の店舗の床がああも埃まみれな時点で奇妙と思うべきだった。自動ドアが開くのを待たずに飛び込んだと勘違いしたのは、電源が落ちて自動で開かなくなった自動ドアをこじ開けて押し入っていただけだったのだ。
それと知らずに廃墟に踏み込んでしまったことに慄いていると、足音が頭上から聞こえた。
入って左手のロフトから聞こえている。高いと思っていた天井はロフトがあるからで、二階分と考えれば適正だ。
「おや? 仔猫か仔犬でも迷い込んだか」
若い男性の声。優しげで通りはいいが、こんな場所にいる時点で怪しいことは変わらない。
荒れ放題の廃店舗にいる人種など限られている。住み着いた浮浪者か、禁煙を目論んだイツキと類友の後ろ暗い人間だ。接触は避けたい。
だが存在を認知された上で、イツキの膝は全力疾走の影響でまだ笑っている。逃げられるだろうかと逡巡している間に、ロフトの手すりの上からにゅっと男性の頭が階下をのぞき込んだ。
「どっちでもなかったか。どうした少年、こんな場末に迷い込んで?」
気さくそうな青年になんと返答するのが正しいか掴みあぐねて黙り込む。もとより返事を期待していなかったのか、イツキが口を開くよりも先に、
「俺の名前は
至極楽しげな表情を貼りつけて、イツキを
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