#10 影の正体
コランが飛びかかった先は、彼が想像していたよりもがたいが良い男だった。反撃されてしまったらコランはひとたまりもなかっただろうか、不思議なことに彼は抵抗せずに、コランの下でフルフルと小動物のように震えていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください!」
「イワンさんじゃないですか!まさか……あなたが犯人?」
ルイに呼ばれたイワンという男はこのサーカスのアクロバット担当の一人だ。彼はこのサーカス団一体が大きく力持ちだ。そんな屈強な体を持っておきながら彼はサーカス団一の臆病者である。もしかしたらルイの方がしっかりしているかもしれない。
「つい出来心だったんです……どうか許してください。」
出来心で人を殺していいはずがない。しかも殺人を犯しておいて許してくださいだなんて。
「どうして……どうして団長を……」
「イワンさんに限って、どうして……」
双子は混乱していた。確かに、力だけを見れば彼は素手でも人を殺せそうだが、その気弱な性格からして人を傷つけることすらままならなそうなのに。そんな彼を団長は怒らせてしまったのだろうか。
「え、あれ……団長??」
団長という言葉に彼は少し動揺していた。
「とりあえず団長を殺した動機を聞こう。後ライオンをどうやって黙らせたのかも。」
コランはイワンを押さえつけたままの状態で聞いた。
「団長殺しの犯人!!違います、僕は団長を殺してなんていません。僕はただ……マリーさんの私物をこっそり盗っていたんです!!」
「えっ?」
困惑した3人の声が揃った。
「お前が団長を殺した犯人じゃないのか?バレちゃいけないと思ったから俺たちをつけてきたんじゃないのか?」
冷静なつもりだったコランも困惑し始める。
「僕は殺してないです!!お互い何か誤解をしているようなんで説明します。とりあえずコランさんは僕を解放してください!!」
イワンの悲痛な叫びが辺り全体に響き渡った。
「じゃあイワンさんは、僕たちにマリーさんのところに入った泥棒の正体がバレるのを恐れて付き纏っていたってことですか?」
コランたちはイワンの部屋へ移動して、あたらめて話を聞くことにした。ルイが状況を整理する。
「だってあなたたち3人、何か探っていたから……まさか殺人の方を追ってたなんて思いませんよ。」
警察が呼べないとはいえ、確かに人殺しの犯人を追うなんて恐ろしいこと、あえてやろうとは思わないだろう。下手をしたらこちらが殺されてしまうかもしれないのだから。
「で、あんたはどうしてマリーの部屋から物を盗んだりしてたんだ。」
コランは少し呆れ気味に聞いた。
「僕……マリーさんのことが好きで。一目惚れだったんです。でも上手に話ができる気がしなくて……だからせめて彼女の物を手元においておこうと思って……」
言葉をつまらせながらイワンは話した。
「いくら好きだからって、やっちゃいけないことがありますよ、イワンさん。」
「団長を殺した犯人じゃなかったのは良かったですが、それはそれで引きます。」
双子はイワンの行動にドン引きだった。
「もうしません。もうしませんから……盗ったものもお返しします。だからせめて、マリーさんには言わないでもらえませんか?」
コランはため息をついた。
「盗んだものは全部あるのか?」
「はい、ここに。」
彼はタンスの中にしまってあった収納箱を取り出した。その中にはマリーが使っていたであろうマスカラなどの化粧品、くしやピンなど小物があった。その中には昨日マリー失くしたと言っていた口紅と小さな香水の瓶も中に含まれていた。コランはその中から小さな香水瓶に手を伸ばした。さっきマリーと話をした時から少し気になっていたのだ。コランは香水の瓶に顔を近づける。鼻の中にフローラルな香りが漂った。どこかで嗅いだことのある香り……
「団長の香水と同じ香りだ。」
コランはさっき、団長室で嗅いだ香水の香りを思い出した。団長とマリーは同じ香水を使っている?
「やっぱりみなさんが言っている噂は本当なんですね。」
「恋人同士であれば同じ香水を使っていてもおかしくはないですからね。」
双子は口々に言う。その言葉にイワンはショックを受けているようだった。
「香水についてはもう一度確認をした方がいいかもしれない。とりあえず、盗品はお前たちに預ける。彼女に返してやってくれ。犯人を彼女に言うか言わないかはお前たち任せる。」
こちらの件こそ、このサーカス内の問題だから、彼らに任せる方がいいだろうとコランは判断したのだ。
「お前は昨日もマリーの部屋に忍び込んでたんだよな?それは何時くらいだ?そして何か不審な物を見たりはしていないか?」
事件についてもう少し情報が欲しい。コランはイワンに質問した。
「昨日マリーさんの部屋に忍び込んだのは22時ごろです。その時は何も変なものは見ませんでしたし、誰ともすれ違ってません。でも昨日僕、トイレに起きたんです。23時40分くらいだったと思います…その時、誰かがワゴンのような物を押しているのを見ました。マジックショーで使う、人が寝そべることができるやつだったと思います……誰が何を運んでいたかまではわからなかったですが。」
イワンが見たのはおそらく、犯人が団長を団長室からライオンの檻の前に運んでいたところだろう。
「お腹の調子が悪くて、しばらくトイレにこもっていました。どのくらい時間が経ってたかは分かりませんが……部屋に帰る途中で、林のところで何か、大きなものがゴソゴソしているのが聞こえました。僕は怖くなって確認もせずにすぐに部屋に戻ってしまいましたが。」
そのゴソゴソしていたのが団長を殺した犯人だったとしたら、団長を殺した後、凶器になったトロフィーをそこに隠していたのかもしれない。その場所を調べたら何かわかるはずだ。
「エリは先にマリーに持ち物を返しに行ってくれるか?香水のこともできたらさりげなく聞いて欲しい。ルイは私と一緒に、テントの外を調べよう。なくなったトロフィーはもしかしたらそこにあるかもしれない。」
2人はうなずくと、エリは収納箱を持ってマリーのところへ、ルイはコランについて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます