老い、老い、マジかよ!?

King doragan

第1話 牛乳

 「私の牛乳まだですか?」まただ!俺は何でこんなところで働いてるんだろう?

「聞いてらっしゃいますか! 牛乳~ワタクシが頼んだ、ぎゅう~にゅう~。」

 ハルキが軽い気持ちで働き始めた特別養護老人ホーム、通称「特養」で起こりえる日常は全てが、驚きの連続だ。

二階堂さんは明治生まれの、いつも着物を着ている頭にお団子を乗せた小柄の凛としたおばあちゃんだ、あくまで見た目は・・・

「さっきも言ったけど、もう自分の分は朝、飲んだよ。」ハルキが、この台詞を言うのは今日すでに15回目だ。

 「可笑しいはねぇ~、本当に飲んだ?」と言って自分の居室の方へ歩いていく。認知症の基本的な症状、短期記憶障害だ。頭では分かっているが、なかなか同じ事を繰り返し言う事もエネルギーが必要であり、忙しい時は苛立ちも覚える。特に見た目がしっかりしているとその認知症を感じさせない風貌が違和感を持たせ尚更だ。実際、返答にもそれが表れる。最初の方の問いかけでは、「飲みましたよ。」だが8回過ぎると「飲んだよ。」に変わっていた。

 本当にやりたくて始めた仕事ではない。高校三年生の時、ハルキが進路を決めかねていた際、叔母さんに薦められて介護の専門学校に進んだのが、そのきっかけだった。

 「多良君(ハルキ)、駄目だよ。こういう時は受容、受容しないと。もう一ヶ月でしょ」通りがかった男がすれ違いざまに声を掛けた、園長だ。「すみません。気をつけます。」去っていく後姿を見ながら頭を下げた。

「チッ、親の七光りの二代目園長先生は現場を知らないくせに。」って、心の中で思ったろ?

 と後ろから声を掛けられ、ハルキはビクッとした。生活相談員の龍一さんだ。「何、びびってんだよ。」龍一は、笑いながらハルキをからかった」。

 「ビビッて無いですけど、焦りましたよ。リュウさん。」ハルキは茶目っ気たっぷりに龍一に近づいていった。

 「ハル、一応園長の言ってる事正しいから。教科書通りだけどな。それに一ヶ月経ったんだから、しっかりな。」ハルキがやりたくもない仕事を続けられている大きな理由がリュウの存在だ。

世間の印象は往往にして介護業界は地味なイメージがあり、ハルキ自身も、イケテル人が居ないという先入観だったが、リュウは違った。イケテルかイケテナイかはともかく、長髪に波乗りで日焼けした浅黒い肌、服装や乗ってる古い車までが何か雰囲気を感じさせていた。また、職場で他の職員とつるむこと無く、距離を取っているところもハルキには大人の格好良さを感じていた。

ハルキの親はハルキが母親のお腹の中にいる時に離婚している。それでも幼いころから人の輪の中心にいたハルキは、友達も多く社交的な性格は高校に入学してからも変わりなかった。それが災いしてか、遊びやバイトに精を出し結果、所謂落ちこぼれな生徒であった。

 「リュウさん、飲み連れてって下さいよ。俺、一ヶ月続いたし。」思い切ってハルキはリュウに言ってみた。

 「頑張ったし、良いかな。行こうよ。」リュウの二つ返事にハルキは喜んだ。そこに二階堂さんが、また現れた。リュウは二階堂さんが牛乳という前に、「二階堂さん、牛乳飲みました?」とリュウから聞いた。「飲んでないのよ~牛乳!」そう言うとリュウはおもむろに「良かった、間に合って。お医者さんから今飲んでる薬はお腹が緩くなるから今日は牛乳控えてって言われてた。」と言って二階堂さんの肩に手を乗せた。「本当、嘘でしょう?」という二階堂さんの手を取り、「医務室に確認しに行きましょう。」と手を繋ぎながら医務室へ向かいだした。二階堂さんは、「あなた手が、あったかいねぇ~」と言いながら笑顔でリュウの手を両手で包み込んだ。

 「老い、老い、マジかよ。俺があんなに手こずってるのに。でも、やっぱりリュウさん、かっけ~。」ハルキはリュウの対応を賞賛しつつも、この一ヶ月、自分の中で芽生える不思議な感情も感じ始めていた、入居者の笑顔だ。二階堂さんも、あんなに険しく、怒り、切ない表情から、対応が上手く言った時に心の底から湧き出る笑顔に変わる。俺は最近、そんな笑顔したかな?ハルキはそんな事を考えながらも、おむつ交換に向かった。

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