28嫁 メイド長 ヒンメル=ユニヴェール(4) お座敷遊び
「なんや、色々あったんやな。まあ、人に歴史ありや。とりえず食いや。京都で一番の寿司やで」
ドウジマはそう言って、ジャンとハンメルに、白米の上に魚の切り身を載せた料理を勧めてくる。
「あら珍しい。堂島はんはいつもケチって仕出しなんて頼まはらんのに」
「バラすなや! ワイかて命の恩人の前ではかっこつけたいんやで!」
白塗りの女の言葉に、ドウジマは苦笑する。
「ありがとうございます。俺、寿司大好きなんです。――うわっ。このマグロすごいですね。舌の上でとろけるようです」
「せやろ? せやろ?」
「ほら。師匠もせっかくだから、このイクラの軍艦巻きを食べたらどうだ」
黒い海藻の囲いの中に白米。その上に、モンスターの卵にも似た、オレンジ色の小さな粒が乗っている。
個人的には食欲をそそられる見た目ではないが、主に勧められるがまま、ヒンメルはその『イクラのグンカンマキ』とやらを口にした。
(――!)
「確かに美味ですね」
オレンジ色の宝石が口の中でプチプチとはじけ、えも言われる美味を演出する。
もっとも、日頃質素な食事をするように努めているから、余計にそう感じるだけかもしれないが。
「おっ。師匠が素直に食事を誉めるなんて珍しいな」
「坊ちゃまは私をなんだと思っていらっしゃるんですか。私だって誉めるべきものは褒めますよ」
ヒンメルは別に意地悪をしている訳ではない。
ただお世辞を言えない性分なだけだ。
「気に入ってもろうたみたいでなによりや。とりあえず京都の美味いもんを片っ端から頼んどいたから、楽しんでいってくれや!――ほら、どんどん持ってきて!」
「これフグですか? すごいですね!」
「どうせすぐに食べてしまうものを。何と贅沢な」
透き通るような透明な魚の切り身や、芸術的に美しい花びらを模した菓子など、色とりどりの豪勢な食事が宴席を彩る。
料理の多くは全体的に薄味で繊細な味付けの料理が多く、ハンメルの好みにも合致していた。
ジャンから勧められるということもあってか、柄にもなく量を食べたヒンメルは、すぐにお腹いっぱいになった。
「おっしゃ! なんやだいぶ盛り上がってきよったな。そろそろ、外人さんに本物の御座敷遊びっちゅうやつを教えたろか!」
テンションを上げたドウジマが、立ち上がって手を叩く。
「何にしおすか? 金毘羅船船でもしおす?」
「なんや、大の大人が寄り集まってそんな素人みたいなのもつまらんな。どうせやったらもうちょっと艶っぽいやつにしようや」
「ほな。『蒸気ゃ』なんてどないおす」
「おっ。ええな」
「『蒸気ゃ』とはなんですか?」
「百聞は一見に如かずや。まあ見とき。ほら、ミュージックスタートや」
ジャンの問いに、ドウジマは指を鳴らして合図する。
「ほな始めおすえ」
白塗りの女が、弦楽器を爪弾つまびき、朗らかに歌い始める。
『蒸気ゃ波の上、汽車鉄の上。雷さんは雲の上。浦島太郎~は、太郎は――』
「と、ここでじゃんけんや。ほら、いっせーのの、インジャンホイ」
「ホイ」
ドウジマと白塗りの女が拳を突き合わせる。
ドウジマは握りこぶしを、白塗りの女は平手を突き出した。
チキュウ文化に詳しくないヒンメルもさすがにじゃんけんについては知っていた。
要は魔法のでいうところの、火と水と風のような、三すくみの属性バトルだ。
「勝った方が浦島太郎になる。負けた方は四つん這いの亀になって浦島太郎を背中に載せる。どうや? 簡単やろ?」
負けたドウジマは四つん這いになって、晴れやかに笑う。
「亀の上―♪ 堂島はんは肉付きがよろしおすから、乗り心地が抜群どすなあ」
白塗りの女がは客であるはずのドウジマの背中に乗って、そう勝ち誇った。
「ほんまあかんわ! ワイは昔からこういうの弱いねん」
そう言いながらどこか嬉しそうに、ドウジマは白塗りの女になされるがままにしている。
「おもしろそうですね。俺もやってみていいですか?」
ジャンが立ち上がる。
「ほな、ウチがお相手しおすー」
ジャンの隣について給仕をしていた白塗りの女が応ずるように立ち上がる。
『蒸気ゃ波の上、汽車鉄の上。雷さんは雲の上。浦島太郎は、太郎は――』
ドウジマの背中の上の乗った女が愉快に弦楽器を鳴らし、それに合わせてジャンと白塗りの女が同時に拳を突き出した。
ジャンは二本指の葉物。白塗りの女は平手。
「あっ。これって」
「あら。あんさん強おうおすなあ」
ジャンが勝った。
もっとも、それはハンメルにとっては想定の範囲内だった。
運が絡む対戦でジャンが敗北することはありえない。
彼は運の女神にも愛されている。
知っていた。
知ってはいたのだが――。
「さあ、ウチの背中に乗って歌っておくれやす」
「ええっと、ウラシマタロウは亀の上?」
「あんちゃん! そんな遠慮せんともっとがっつりいき! 舞妓はんの上に乗れる機会なんてそうそうあるもんとちゃうで!」
いざ目の前で、白塗りの女の背中に乗っかってからかわれるジャンを見ていると、何とも言えないもやもや感が胸の内に沸き起こる。
異世界人には分からないことだから仕方がないとはいえ、ヒンメルの主はそんなに軽々しく扱っていいような人物ではない。
「坊ちゃま。次は私がお相手します」
だから、ヒンメルはすかさずそう申し出た。
異世界人に無礼な振る舞いをされるくらいなら、ヒンメル自身が対応した方がまだマシというものだ。
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