第128話 流れ着いたもの

 それは、キルファが諸島に着いた日の出来事。



 観光組合とやらが提供してくるの飲食物を口にしたり、それが気に入らなかったからと海に潜って自分で魚を獲ったり、そのお陰で満腹になったからと久しぶりに彼女が満足するまで惰眠を貪ったり──。



 割と充実した休暇初日を過ごした、その夜の事。



「──……っあ〜、目ぇ冴えてんな……あ?」


 昼間に睡眠を取りすぎたせいか晩飯も食べ終えたというのに寝つく事ができておらず、その気晴らしにと穏やかな波の音だけが響く砂浜ビーチを散歩していたキルファの視界に、の何かの姿が映った。


「……こいつ……」


 波打ち際に倒れ伏すように流れ着いていたと見えるそれは、【武闘国家】に住む彼女にとって決して馴染み深いものではなかったが、かといって何も知らない存在というわけではなく、ゆえに彼女は躊躇なく近寄ってしゃがみこみ、うつ伏せのそれをひっくり返す。


 一見すると、ただ痩せ型な人間の男性のようにも思えるものの、よく見れば彼の身体にはところどころに海水で錆びついたのだろう鉄製の兵器じみた部品が取り付けられており、キルファは彼の正体を確信した。


(やっぱ北の機械兵か。 何だってこんなとこに──)


 機械兵──ヴィルファルト大陸の北方、常夏ならぬ常の国である【機械国家】北ルペラシオ独自の技術で生み出された、ある意味ではとも称される兵。


 もちろんの事、強いからとか数が多いからとかいう陳腐な理由で不死などと称されているわけではなく。


 彼らは基本的に自らの意思を【機械国家】の技術者の手によって消されている為、圧倒的強者に対しての抗えぬ恐怖に苛まれる事もなければ、たとえ戦いの最中に身体の大部分を失っても、それどころか命が潰えてもなお機械が身体を動かし戦いを続けさせられる。


 もはや生物としての原形をとどめないほどまで破壊されて初めて活動を停止するかどうかという、その狂気的な事実も込みで『不死』と称されているらしい。



 ただ、そこにはもう一つ狂気的な事実があった。



(こいつは……だな。 無理やりか、それか自主的にかは知らねぇが相変わらず馬鹿な事やってやがる)


 機械兵には俗に『先天型』と『後天型』と呼ばれる区分があり、それが前者であれば全てを機械で造られた身体に『後天型を造る過程で余った生物の皮膚』を貼りつける事で完成する人造兵器であるのに対して。


 後者の場合は、あらかじめ技術者の下に用意された人間や獣人、霊人や動物、果ては魔物といった生物に手術を施して意識を消失させ、【機械国家】の為だけに文字通り命を費やすように改造された──


 その非人道的な行いは、『我々には聖女様こそが全てであり、それ以外は取るに足らない』という独自の考えを持つ【教導国家】、セントレイティアを除いた三つの国から小さくない批判を受けてはいるものの──。


 薮を突いて蛇を出す──ではないが、機械兵を抜きにしても北の地には魔素が殆ど存在せず、それを分かっているからか彼らは自分たちの地の利を捨てない。


 かたや魔法に頼り切りになってしまっている大部分の【魔導国家】の者たちや、かたや機械に力で劣る大部分の【武闘国家】の者たちでは歯が立たないのだ。


 尤も、【六花の魔女】や【始祖の武闘家】といった魔族との戦いすら生き抜いた猛者ならば別だろうが。


 そんな機械兵の事情自体は重々承知していたキルファが、『どうすっかね』と彼の処遇を考えていた時。


『──!!』


 突如、『カッ』という音が聞こえてきそうなほどの勢いで、やけに光沢のある赤い目を見開いたかと思えば、その機械兵は『バチバチ』と火花散る機械化した右腕を伸ばしてキルファの首に爪を立てんと試みた。


「っと」


 しかし、キルファは一歩も踏み込む事なく『ふわっと』五歩分ほどの所まで後退しており、スタークには備わりきっていない技量が身についていると分かる。


「……息があんのは分かってたんだがな。 お前に戦う意思がねぇなら放っとくのもありかなって思っ──」


 それから、キルファが間髪置かずに『死んではいなかった事』を看破していたと語るとともに、そこに戦いの意思がないなら──まぁ機械兵である以上ありえない事だが──このまま放置するのも選択肢の一つだったと明かそうとしたのだが、そんな彼女の言葉は。


『──……が、ガガ「や、めろ……! 入って、くるなぁ……!」攻撃対象ヲ、発見シマシタ。 直チニ交戦ヲ開始シ「……うるせぇ、うるせぇんだよ!! これは俺の身体だ!! 機械程度に好き勝手」……異常ヲ確認』


「……あぁ?」


 肉声と機械音が混ざり合う──どころではない、あまりに非現実的にかけ離れた二つの声のぶつけ合いに遮られてしまい、キルファは思わず疑問の声を出す。



 とはいえ、この状況を理解できないわけではない。



(素体になったやつの意思が残ってて……それが機械とせめぎ合ってんのか? あの身体の主導権を巡って?)


 その機械兵の素体となった人間などの意思が強く残っていた場合、機械兵として存在する事自体を拒絶しようとする例があると知っていた為、特に動揺する事もなく冷静に目の前で機械に抗う彼を見つめていた。


 しかし、このままでは事態が好転しないとも分かっていた彼女は、『はぁ』と短い溜息をこぼしてから。


「──おい、お前……聞こえてるか? 人間の方だ」


「!」


 言葉を発せられるなら、こちらの言葉も理解はできるだろうと踏んで声をかけると、その機械兵は赤い目を彼女に向けてから、ノイズのような音を出しつつ。


『回路ニ異常アリ、回路ニ異常ア「ぐ、あぁ……聞こえ、てる……いきなりで悪ぃが」研究所ラボニ報告ヲ「お前、強ぇよな……? 俺を、殺してくれ──」シマス』


「強ぇのは……まぁ、そうだが。 穏やかじゃねぇな」


 意思が残っている事を回路の異常だと判断したらしい機械の音声に構う事もなく、お世辞にも聞き取りやすいとは言えない声で『殺してくれ』などと唐突に曰う機械兵に、キルファはいまいち要領を得ない様子。


 すると、その機械兵は海水で濡れたせいで顔に張りついていた長い白髪を掻き分けてから、どう見ても半分以上は機械に侵蝕された生気のない顔を露わにし。


「俺の、名は……“ヴィセンテ”『研究所ラボヨリ認可ガ下リマシタ。 再起動ヲ』……十五年前、並び立つ者たちシークエンスの序列二十二位だった『一分後ニ』──元、魔族だ」


「……はぁっ!? 並び立つ者たちシークエンスだぁ!?」


 ヴィセンテ──と掠れた声で名乗る機械兵が自らを転生した並び立つ者たちシークエンスの一体だと明かした事によって、ここで初めて彼女は大きく表情を崩してしまう。


(転生……? 何の事だ、はこれを知ってんのか)


 何せ、キルファの両親は並び立つ者たちシークエンスの序列十位として称号を授かる事になる魔族、【破壊分子ジャガーノート】のジェイデンに敗北し、そして殺害されているのだから。


 ティア──という昔に使っていた聖女への呼び名を思わず口にしてしまうのも無理からぬ事だったのだ。


『五十八、五十七、五十「俺たち、は、魔王様のお力で、転生した……だが、転生先に人間を選んでも、どういう人間に転生できるかは──『四十四、四十三』


「……無作為ランダムだったわけか。 そりゃあ不運なこって」


 無慈悲にもヴィセンテの意識を消す為の再起動までのカウントダウンが始まる中、スタークはもちろんフェアトでさえ知らない『転生先の詳細』についての事実を彼が明かすも、そんな事は彼女にとってあまりに興味のない話であり、すんっと表情から色が抜ける。


 当然ながら、キルファの表情の変化などに構っている余裕などないヴィセンテは段々と薄れていく意識の中で、とにかく会話を途切れさせない事だけを考え。


「だから俺は、俺を殺して解放してくれるやつを『三十二、三十一』【率先躬行ヴァンガード】の力で探した。 他のやつらじゃ駄目だったが、お前『二十六、二十五』なら」


 カウントダウンを憂慮しているのか少しだけ早口になった彼の説明にはなかったが、【率先躬行ヴァンガード】という称号は自分の周囲に自分よりは劣るが決して弱くはない兵隊を召喚する力を授かるものであると同時に、その力が届く範囲にいる味方を強化する力があり──。


 また、それとは別に副次的な効果として【サーチ】なしに強者を感じ取る力もあったらしく、それを買われ鉄砲玉として名もなき同胞たちと出撃する事もあった。



 だからこそ、ヴィセンテは辿り着いたのだ。



 絶賛休暇中の、【始祖の武闘家】の下に──。



「……言いてぇ事ぁ分かった。 だがなぁ──」


 もちろん、そんな事実は知る由もないキルファだったが、ヴィセンテが伝えたい内容自体は理解できたようで、とりあえず納得したかのように見えたものの。


「……お前も男なら何もかも人任せってのがよくねぇのは分かんだろ? あたしが受け止めてやっから──」


 自分を世界一の武闘家だと自負しているからこそなのか、キルファとしては男のくせに自分の終わり方を委ねんとしている彼のやり方が気に食わず、その感情に身体が倣っているが如く彼女の姿が


「──本気で、抗え。 いいな?」


「……!」


 底冷えするような低い声音とともに手招きし始めた時にはもう、キルファの姿は先程までとは何もかもが違う獣じみた──いや、まさしく獣人の如き姿へ変化しており、それを見たヴィセンテは目を剥いていた。



 その姿こそ、ジェノム流が一子相伝であるが所以。



 人間としての限界を超える為、『人間と子を成す事ができる種族』の血を取り入れ続けてきたジェノム家の者たちは、いつしか己の身体に先祖たちから受け継いだ種族の力を再現する事ができるようになり──。


 武術を学び、そして扱える全ての種族の力が集結しているという事実からか、その流派より前に隆盛した武術もあるだろうに、ジェノム流こそが全ての始まりだと──【始祖の流派】だと云われるようになった。


 頭頂部の髪が変化した耳、強くしなやかな手足が変化した鋭い爪、腰の一部が変化した鞭の如き尻尾も。


 あくまで人間としての要素を強く残す虎獣人と化した彼女の姿もまた、ジェノム流の後継者の証だった。


 もちろん、なろうと思えば森人エルフ鉱人ドワーフを始めとした霊人にも、そして限りなく人間に近い性質を持つ魔物の一種、【鬼種きしゅ】にも変化する事ができるのだとか。


 一方、何とも挑発じみた宣戦布告を受けたヴィセンテは、すでに塞がりかけていた視界の先で姿を変えた彼女に対して負けじと構えつつ微かに笑みを湛えて。


「……はっ、いいぜ! 『十、九、八、七』やってやろうじゃねぇか! 【率先躬行ヴァンガード】、解放! 来い、雑魚ども! 『三、二』最期の『再起動開始』大仕事だ──」


 カウントダウンが十を切る中、覚悟を決めて右の機械化した腕を高く掲げると同時に、ヴィセンテの周囲には機械化の影響か見るからに鉄製の小さな魔族のような兵隊が数十体ほど出現したものの、それを最期に再起動が完了した事で彼の意思は完全に──消えた。


 だが、それでも【率先躬行ヴァンガード】は効力を失っていないし、その力で喚び出された兵隊たちも、そして何より完全な機械兵と化した彼自身も止まってはいない為。


「……休暇って何なんだろうな」


 そんな彼女の呟きが、ヴィセンテや兵隊たちのノイズ混じりの怒号にかき消されたのも無理はなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「──……てな事があったんだよ。 いやぁ疲れたぜ」


 ほんの二日前の、そこそこ壮絶である筈の自分の身に起きた出来事を、さも他人事かのように『せっかくの休暇だってのになぁ?』とボヤく彼女の表情は、あの辺境の地で見たいつもの表情と何一つ変わらない。


 だが、そんな彼女と対照的に双子の表情は決して明るくなく、むしろ真剣味を増したものとなっており。


(なるほど、まぁ倒したのが師匠ってんなら納得だ)


 メモに訂正線が刻まれていた序列二十二位を倒したのは誰なのかという疑問が解消された事で、スタークが『うんうん』と得心がいったという風に頷く一方。


「……並び立つ者たちシークエンス、って言ったんですか?」


「あぁ、そう言ってたな」


 考えや言葉を纏める事の苦手な姉に代わり、フェアトが再確認するべく控えめに疑問の声をかけるも、キルファからの解答の内容は再確認する前と全く同じ。


(……もしかしなくても、この人──)


 その反応を見たフェアトは、もしや彼女はフルールと違いレイティアから何も聞いてないのでは──と半ば確信して、その事についても問おうとしたのだが。


「ねぇ。 その、並び立つ者たちシークエンスって一体──」


 そんな彼女の問いかけに先んじて、つい先程から双子やキルファが口にしていた並び立つ者たちシークエンスとは何なのかと問うべくして、アルシェが割って入ってきた。


 何せ彼女は今年で二十四歳であり、まず間違いなく並び立つ者たちシークエンスなど知りようもないほど当時は幼かったのだろうし、それも仕方ないといえばないものの。


「アルシェさん」


「え、あ、何?」


 今は、それどころではない──そう考えたフェアトは真剣な表情と声音でアルシェの声を遮って、その声に反応したアルシェがフェアトの方へと振り向くと。


、できるだけ早めに対処しないと流されてしまうと思うんですよ。 さっきの冒険者さんたち、アルシェさんの言っていた通り呼んできてもらえますか?」


「あ、あぁ、そうよね! ちょっと待ってて!」


 未だに夥しい数の肉片が漂い、それらを啄むように食んでいる小魚の姿も確認できる海の方へ視線を向けたフェアトが先程のアルシェが言っていた事を口にして一旦この場から去ってもらおうとし、そこまでは読めなかったアルシェは素直に冒険者を呼びに行った。



 そして、アルシェが完全に視界から消えた頃──。



「……キルファさん。 ここからは私たちが諸島ここにいる理由──延いては、あの地を離れた理由を話します」


「……あぁ、頼む。 気になっちゃあいたからな」


 あまり口外したくはない、フェアトたちが抱える事情についてを数分間という短い時間で簡潔に伝える為に一歩前に出ると、そんな彼女の様子に何かを感じ取ったのか、キルファも釣られて真剣味を帯びていき。


「実は──」


 フェアトが流暢に事情を語る中、両親の仇も現世に蘇っていた事や、その魔族を双子が倒した事、自分たちの武具に化けている竜の事などを明瞭にした後、遠くで手を振りながら帰ってくるアルシェが連れ戻ってきた冒険者たちが始祖の武闘家に握手を求めたり、スタークたちに改めて感謝したりと色々あったが──。



 ──それは、また別のお話。

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